2008年の日本映画「おくりびと」を久々にDVDで観賞しました。
 ここのところ、次回作である『死を乗り越える映画ガイド』(『死が怖くなくなる映画』を改題)という本を書いていたのですが、「おくりびと」についての感想をきちんと書いていなかったことに気づき、改めて観直したのです。
 ブログ「おみおくりの作法」ブログ「サウルの息子」で紹介した映画と並んで、世界の三大「葬儀映画」と呼べる名作であると改めて思いました。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「ひょんなことから遺体を棺に納める"納棺師"となった男が、仕事を通して触れた人間模様や上司の影響を受けながら成長していく姿を描いた感動作。監督には『壬生義士伝』の滝田洋二郎があたり、人気放送作家の小山薫堂が初の映画脚本に挑戦。一見近寄りがたい職業、納棺師に焦点を当て、重くなりがちなテーマを軽快なタッチでつづる。キャストには本木雅弘、広末涼子、山崎努ら実力派がそろい、主演の本木がみせる見事な納棺技術に注目」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つける。面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されるが、業務内容は遺体を棺に収める仕事。当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく」

 この映画についての思い出は尽きません。わたしが一般社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の広報委員長を務めているときに全面的にサポートした映画でした。そのとき、モントリオール世界映画祭のグランプリを獲得するという嬉しいニュースがありました。さらには、日本映画を代表して第81回アカデミー賞の外国映画部門賞に出品されることにもなりました。それが本当に受賞したときの驚きと喜びはよく記憶しています。

 じつに、日本映画界初の快挙でした。わたしが社長を務める冠婚葬祭会社ではこの映画の前売券を大量購入し、ほぼ全社員で鑑賞しました。また、周囲の親しい方々にもチケットをお配りしてきましたので、このときの快挙の感動はひとしおでした。「日本人は、いや世界中どこでも同じだが、死を忌み嫌う傾向がある。企画をいただいたときは不安だった。しかし、実際に(映画で扱っている)納棺師の仕事をみて、これはやらなければいけないと感じた」という滝田洋二郎監督の受賞コメントを聞いて、涙が出ました。
 「おくりびと」は、「死」という万人に普遍的なテーマを通して、家族の愛、友情、仕事への想いなどを直視した名作です。最も興味深く感じたのは、納棺師になる前の主人公の仕事がチェロ奏者という音楽家であった点でした。

 孔子は「礼楽」というものを重視しました。
 「礼」の重要性を唱えた孔子はまた、大の音楽好きでもあったのです。
 『論語』には「楽は同を統べ、礼は異を弁(わか)つ」という言葉があります。楽すなわち音楽は、人々を和同させ統一させる性質を持ち、礼は、人々の間のけじめと区別を明らかにするといいます。つまり、師弟の別、親子の別というように礼がいたるところで区別をつけるのに対して、音楽には身分、年齢、時空を超えて人をひとつにする力があるというのです。

 孔子は「礼楽」というコンセプトを打ち出すことによって儀礼と音楽が不即不離の関係であることを訴えたわけですが、葬儀という儀礼にも音楽が欠かせません。わが社では、葬儀で流す弦楽四重奏の音楽をはじめ、グリーフケア・サロンなどでもクラシック音楽による癒しを重視しています。
 特に、マスカーニ「歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲」、エルガー「弦楽合奏のためのエレジー」「弦楽セレナーデ 第二楽章」、チャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」、バッハ「G線上のアリア」などをよく流します。いずれも、聴く者の魂をその最深部から癒してくれる力を持っています。葬儀の場で、これらの名曲が弦楽四重奏で演奏されるとき、セレモニーホールは密度の高い芸術空間と化します。

 作家・評論家の澁澤龍彦は、「楽器について」という秀逸なエッセイにおいて、「芸術」そのものの本質を語っています。
 まず澁澤は、オランダの文化史家であるホイジンガの名著『ホモ・ルーデンス』を取り上げます。この本で「人間の文化は遊びとともに発達した」と主張したホイジンガは、「音楽は人間の遊戯能力の、最高の、最も純粋な表現である。そこには何ら実利的目的はない。ただ快楽、解放、歓喜、精神の昂揚が、その効果として伴っているだけである」と述べています。
 これに対して澁澤は、「まことにホイジンガのいう通り、音楽ほど純粋な芸術はなく、それは私たちを日常の現実から救い上げて、一挙に天上の楽園に運んでくれるものだろう」と感想を記しています。

 ヨーロッパの中世の宗教画には、かわいい天使たちが手にいろんな楽器をもって音楽を奏でている場面が描かれています。現代日本の結婚式場やチャペルのデザインなどにも、よく使われていますね。澁澤は、その天使の楽器について、さらに「天上」というキーワードを重ねて、「たしかに最高の音楽は、いわば天上的無垢、天上的浄福に自然に到達するものと言えるかもしれない。アンジェリック(天使的)という言葉は、たぶん、音楽にいちばんふさわしい言葉なのである」と述べています。英語でもフランス語でもドイツ語でも「遊ぶ」という言葉と「演奏する」という言葉は同じです。英語では「プレイ」ですが、日本語でも「遊ぶ」という表現は、古くは「神楽をすること」あるいは「音楽を奏すること」という意味に用いられました。

 ここで、わたしが思い浮かべるのが、他ならぬ「おくりびと」です。繰り返しますが、納棺師になる前の主人公はチェロ奏者でした。チェロ奏者とは音楽家であり、すなわち、芸術家です。そして、芸術の本質とは、人間の魂を天国に導くものだとされます。素晴らしい芸術作品に触れ心が感動したとき、人間の魂は一瞬だけ天国に飛びます。絵画や彫刻などは間接芸術であり、音楽こそが直接芸術だと主張したのは、かのヴェートーベンでした。すなわち、芸術とは天国への送魂術なのです。

 拙著『唯葬論』の「芸術論」にも書きましたが、わたしは、葬儀こそは芸術そのものだと考えています。なぜなら葬儀とは、人間の魂を天国に送る「送儀」にほかならないからです。人間の魂を天国に導く芸術の本質そのものなのです。「おくりびと」で描かれた納棺師という存在は、真の意味での芸術家です。そして、送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりえるのです。
 「遊び」には芸術本来の意味がありますが、古代の日本には「遊部(あそびべ)」という職業集団がいました。これは天皇の葬儀に携わる人々でした。やはり、「遊び」と「芸術」と「葬儀」は分かちがたく結びついているのです。「おくりびと」は、葬儀が人間の魂を天国に送る「送儀」であることを宣言した作品です。人間の魂を天国に導くという芸術の本質を実現する「おくりびと」。送儀=葬儀こそが真の直接芸術になりうることを「おくりびと」は示してくれました。わたしは、そのように考えています。

 さて、「おくりびと」の原案とされているのがブログ『納棺夫日記』で紹介した青木新門氏のロングセラーです。「おくりびと」が公開される16年も前に俳優の本木雅弘氏がこの本を読んで感動し、ずっと映画化の構想を温めていたとか。著者の青木氏は、富山にある冠婚葬祭互助会の葬祭部門に就職し、遺体を棺に納める「納棺夫」として多くの故人を送られてきました。ちなみに「納棺夫」とは青木氏の造語で、現在は「納棺師」と呼ばれています。

 死をケガレとしてとらえる周囲の人々からの偏見の目に怒りと悲しみをおぼえながら、青木氏は淡々と「おくりびと」としての仕事を重ね、こう記します。

「毎日、毎日、死者ばかり見ていると、死者は静かで美しく見えてくる。それに反して、死を恐れ、恐る恐る覗き込む生者たちの醜悪さばかりが気になるようになってきた。驚き、恐れ、悲しみ、憂い、怒り、などが錯綜するどろどろとした生者の視線が、湯灌をしていると背中に感じられるのである」

 まるで宇宙空間から地球をながめた宇宙飛行士のように、著者は視点を移動して「死」を見つめているのです。「生」にだけ立脚して、いくら「死」のことを思いめぐらしても、それは生の延長思考でしかありません。また人が死の世界を語っても、「それは推論か仮説でしかないであろう」と青木氏は述べます。納棺という営みを通じたからこそ、「生」に身を置きながらも「死」を理解できたのでしょう。そこからは、「詩」が生まれます。作家の吉村昭氏が「人の死に絶えず接している人には、詩心がうまれ、哲学が身につく」と序文に書いていますが、まさに至言です。『納棺夫日記』は、「死」という未来をもつ者が読むべき一篇の美しい「詩」のような本です。

 それにしても悲しいのは、「死」をタブーとするあまりに生まれるもの、「葬」にたずさわる人々への差別と偏見です。青木氏は、こう書かれています。

「職業に貴賎はない。いくらそう思っても、死そのものをタブー視する現実があるかぎり、納棺夫や火葬夫は、無残である。」「昔、河原乞食と蔑まれていた芸能の世界が、今日では花形になっている。士農工商と言われていた時代の商が、政治をも操る経済界となっている。そんなに向上しなくても、あらゆる努力で少なくとも社会から白い眼で見られない程度の職業にできないものだろうか。」「恐らく葬送という行為は、今後も人類があるかぎり、形が変わっても続いてゆくだろう。そうであるなら何とかすべきである。」「自分の父や母が、日ごろ白い眼で見られている者の世話になって人生の最後を締めくくるのも、おかしな話である。」まったく、同感です。

 以前、劇団四季のミュージカル『ウィキッド』を観て、差別や偏見は政治的に作られるものであることを改めて強く感じました。「誰も知らない、もう一つのオズの物語」であるこの作品は、『オズの魔法使い』に登場する「悪い魔女」と「善い魔女」の誕生秘話です。美しいルックスで皆から愛されるグリンダと、生まれつき緑色の肌を持ち周囲から差別され続けてきたエルファバ。この二人が世の中から「善」と「悪」というレッテルを貼られる物語でした。

 「おくりびと」に話を戻しましょう。
 アカデミー賞受賞で何よりも嬉しかったのは、日本の片田舎でひっそりと生きている納棺師というこの上なく地味な職業の物語が、ハリウッドでのアカデミー賞授賞式という世界一華やかな場面で評価を受けたことです。
 そして、もうひとつ嬉しかったことは、「日本文化としての葬儀の素晴らしさ」を世界中の多くの識者が認めてくれたこと。葬儀は、まさに「クール・ジャパン」でした。あの快挙で、葬祭業という職業が、青木氏が夢見た「少なくとも社会から白い眼で見られない」職業へと大きく前進したと思います。

 差別から平等へ! わたしたちは、何としても「平等」を獲得しなくてはなりません。そして、人間に与えられた最大の平等とは「死」に他ならないことに気づきます。「生」は平等ではありません。生まれつき健康な人、ハンディキャップを持つ人、裕福な人、貧しい人・・・「生」は差別に満ち満ちています。しかし、王様でも富豪でも庶民でもホームレスでも、「死」だけは平等に訪れるのです。こんなすごい平等が他にあるでしょうか!まさしく、死は最大の平等です。冠婚葬祭業を営むわが社では「結婚は最高の平和である」と並び、「死は最大の平等である」というスローガンを掲げています。

 さらに、わたしは葬祭業ほど価値のある仕事はないと思っています。 ブログ「アリよさらば!」で紹介したように、2016年6月4日に逝去したプロボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリは、黒人差別とも闘った人でした。黒人であるがゆえにレストランへの入店を拒否されると、1960年ローマ五輪で手にした金メダルをオハイオ川へ投げ捨てました。
 ベトナム戦争の徴兵を、「ベトコンは俺をニガー(黒人の蔑称)とは呼ばなかった」と明瞭な理由を公言して拒否しました。
 そんなアリは、「黒人が最も美しい」とも語っています。
 「黒人は醜くない」や「黒人も美しい」ではなく、「黒人が最も美しい」。
 これほど、誇りと信念に満ちた言葉があるでしょうか!

 この「黒人が最も美しい」というアリの言葉は、わたしに多大な影響を与えました。わたしは、葬儀ほど崇高で価値のある行為はないと心の底から思っています。しかしながら、世間には葬祭業に対する偏見や差別が今も存在します。1991年に『ロマンティック・デス~月と死のセレモニー』(国書刊行会)を上梓して以来、わたしは「葬儀ほど重要な営みはない」と訴え続けてきました。その考えは、昨年上梓した『唯葬論』(三五館)に結実したのではないかと、不遜ではありますが自分で思っています。

 さて、青木氏は、ブログ『それからの納棺夫日記』で紹介した本も書かれています。『納棺夫日記』の続編となる内容ですが、その序では、『納棺夫日記』を映画化したいという本木雅弘氏に対して、映画「おくりびと」の製作を許可しながらも「原作者」との表示を頑なに拒んだ青木氏の考えが述べられています。最初に「仮題『納棺夫日記』」と表題に書かれたシナリオの初稿を読んだときの感想を、青木氏は次のように述べます。

 「読み始めて私はがっかりした。そのシナリオは納棺という職業に焦点が当てられて書かれていた。確かに『納棺夫日記』には納棺の現場が描かれている。しかしそれは、私にとっては目指すテーマのイントロに過ぎなかった。その後半の六割は、親鸞の思想を借りて宗教のことを取り上げたつもりであった。その部分が完全にカットされていた」

つまり、青木氏が最も思いを込めて書いた宗教に関する部分が完全に削除されていたというのです。青木氏は「死の実相を知るということは、必然的に宗教を知ることになり、そして、人は死んだらどうなるのか、仏教のいう往生とはどういうことなのか、そのことを知った時初めて人は安心して生きていけるものだ」と言いたかったそうです。そして、「死を恐れ、死に対して嫌悪感を抱いていては死者に優しく接することなどできないということ。すなわち生死を超えて対処しなければ、納棺夫の仕事は務まらないということ」を体験で学んだ青木氏は、そのことを同書で書いたつもりだったのです。その思いが届かないことを知り、青木氏は映画「おくりびと」の原作者であることを拒否したわけです。

 あれだけの超話題作の原作者という立場を自ら拒絶した青木氏の信念には感銘を受けますが、氏は同書で次のようにも告白されています。

 「私が著作権を放棄してでも原作者であることを辞退したのは、納棺の現場で死者たちに導かれるようにして出遭った仏教の真実が消されていることへの反抗でもあった。しかし今になって思えば、眼に見えない世界を映像化して眼に見えるようにするには、方便を用いるしかないわけで、私の言い分には無理があった」

 これは、映画公開後の青木氏の偽らざる心情でしょう。わたしも同感です。
 「おくりびと」という映画で親鸞の宗教を描くことには無理がありました。たとえ、それを織り込んだとしても、単なる宗教映画として、世界の注目を浴びることは絶対になかったと思います。なによりも、あの映画がアカデミー賞を受賞した最大の理由は、主演の本木氏の所作の美しさにあったと、わたしは思っています。まさに、「おくりびと」という映画は「眼に見える」部分で評価された作品であると言えるでしょう。

 ブログ「青木新門氏にお会いしました」で紹介したように、今年の6月6日に、わたしは富山で青木新門氏にお会いして葬儀について意見交換させていただきました。青木氏から貴重なアドバイスもたくさん頂戴しました。わたしにとって、葬儀の意味を改めて学ぶことができた有意義な時間となりました。最後に青木氏は「葬儀は絶対になくなりませんよ」と言われました。「『葬式は、要らない』じゃなくて、『葬式は、なくならない』ですよ」とも言われました。その言葉には、とても重みがありました。

 ブログ「入棺体験」で紹介したように、26日の日曜日、「サンクスフェスタ in小倉紫雲閣」が盛大に開催されました。
 全国の終活フェアなどで人気を呼んでいる「入棺体験」コーナーも設置、お客様が来る前に、自分でも試しに棺の中に入ってみました。普通サイズの棺だったので、ちょっと窮屈でしたが、なんとか体が納まりました。棺に入って目を閉じると不思議な感じで、本当に自分が死んだような気がしました。わたしは「これまでの人生に悔いはないか」と振り返り、自分の人生をフラッシュバックしてみました。すると、いろんな想いが次から次へと思い浮かんできました。亡くなった方の気持ちが想像できたように思います。

  • 販売元:セディックインターナショナル
  • 発売日:2009/03/18
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