No.0251


 ブログ「君の名は。」で紹介したアニメ映画が大ヒットを続けています。累計動員数700万人、累計興行収入100億円突破も目前で、実現すれば宮崎駿アニメ以来の初快挙となります。今や、新海誠監督は「時の人」ですね。

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新海誠作品のDVD


 彼の旧作のDVDをアマゾンに注文していたのですが、人気沸騰のためか、届くまでにかなり時間がかかりました。ようやく数日前に全作品が揃ったので、22日の「秋分の日」は自宅の書斎にこもって、一気に固めて鑑賞しました。ひとり「新海誠まつり」です!

 新海誠監督は1973年、長野県南佐久郡小海町生まれ。長野県野沢北高等学校を経て、中央大学文学部在籍中にアルバイトとして日本ファルコムで働き、大学卒業後の1995年に正式に入社。同社のパソコンゲームのオープニングムービーを制作しながら、自主制作アニメーション作りに励みました。1998年に「遠い世界」でeAT'98で特別賞を、2000年に「彼女と彼女の猫」でプロジェクトチームDoGA主催の第12回CGアニメコンテストでグランプリを獲得しました。現在は日本ファルコムを退社し、コミックス・ウェーブ・フィルムに所属しています。

 2002年、監督・脚本・演出・作画・美術・編集などほとんどの作業を1人で行った約25分のフルデジタルアニメーション「ほしのこえ」を発表。2004年、初の劇場長編作品となる「雲のむこう、約束の場所」を発表。2007年、連続短編アニメーション「秒速5センチメートル」を発表。
 この3作品は、いずれも主人公である少年少女の2人の心の距離と、その近づく・遠ざかる速さをテーマとしています。
 2011年、随所に宮崎駿作品へのオマージュが散りばめられた「星を追う子ども」を発表。これ以前の作品とはかなり異なる作風で、ファンタジー要素が強くアクションシーンも多いと賛否両論でした。
 そして、2013年に「言の葉の庭」を発表しました。
 彼の全作品を通して、風景描写の緻密さ・美しさが特筆されていますが、これについて本人は、「雲のむこう、約束の場所」のDVD特典インタビュー映像で、「思春期の困難な時期に、風景の美しさに自分自身を救われ、励まされてきたので、そういう感覚を映画に込められたら、という気持ちはずっと一貫して持っている」と語っています。

 まずは「ほしのこえ」(2002)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「個人制作でありながらもクオリティの高いフルデジタルアニメーション。制作者の新海誠は本作をMacたった1台で作成したという。長峰美加子と寺尾昇は仲の良い同級生。中学3年の夏、美加子は国連宇宙軍の選抜に選ばれたことを昇に告げる。翌年、美加子は地球を後にし、昇は普通に高校へ進学。地球と宇宙に引き裂かれたふたりはメールで連絡を取り続ける。しかしメールの往復にかかる時間は次第に何年も開いていくのだった。美加子からのメールを待つことしかできない自分に、いらだちを覚える昇だったが・・・」

 「ほしのこえ」を観たわたしは、宇宙空間と地球上でメールを交換するというアイデアに感心しました。遠距離恋愛の極みと言えるでしょうが、「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」という映画のコピーも良かったです。ブログ「映画『聲の形』」で紹介した映画ではメールが「聲の形」の1つとして描かれていましたが、「ほしのこえ」で数光年先の宇宙から届くメールの文面はあまりにも切ないです。なお、この短いアニメ映画にはエヴァを連想させるロボットの戦闘シーンも登場します。

 次に、「雲のむこう、約束の場所」(2005)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「フルデジタル作品『ほしのこえ』でデビューし、国内外から高い評価を得た新海誠監督が前作同様、原作・脚本・監督・撮影・美術を自らが手がけたアニメーション。日本が南北に分断され、青森が米軍の統治下に置かれるという設定で展開される青春物語。声優陣は吉岡秀隆をはじめ『冬のソナタ』でぺ・ヨンジュンの声を担当した萩原聖人など演技派ぞろい。空間の広がりを感じるアニメーションとオリジナリティあふれる設定に注目」

 「雲のむこう、約束の場所」を観たわたしは、新海監督のイマジネーションの豊かさに感心しました。もともと、わたしはSF作家というのは人類における想像力のチャンピオンであると思っているのですが、ジュール・ヴェルヌ、H・G・ウェルズ、アーサー・C・クラーク、小松左京らの先人たちに負けずに、新海監督のイマジネーションの翼はどこまでも羽ばたいていきます。パラレル・ワールドのことを「宇宙が見ている夢」と表現しているのもロマンがあって素敵ですね。新海監督は現代の「SF詩人」であると思いました。

 続いて、「秒速5センチメートル」(2007)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

 「国内外で高い評価を受けた前作『雲のむこう、約束の場所』から2年、新海誠監督の待望の最新作。誰もが通り過ぎゆく日常を切り取った、切なくも美しいラブストーリー。一人の少年を軸に、ヒロインとの再会の日を描いた『桜花抄』、別の人物の視点から描く『コスモナウト』、そして彼らの魂のさまよいを切り取った『秒速5センチメートル』という三本の連作アニメーションからなる本作。映像の美しさに定評のある新海監督の、光や風、天や草木などの自然描写は極上」

 「秒速5センチメートル」を観たわたしは、何度も泣きました。これほど切ないアニメ映画を初めて観ました。愛する人と遠く離れる寂しさ、愛する人と別れる悲しさ、そして人間として生きていくことの孤独・・・それらのすべてが見事に描かれています。桜が散るシーン、雪が降るシーンも心に沁みます。この作品は、ある意味で「君の名は。」と対になる作品のように思います。ラストに流れる山崎まさよしの「One more time,One more chance」もしみじみと胸に沁みました。何度も観直したい映画です。新海監督の全作品の中で、「秒速5センチメートル」が一番好きです。

 続いて、「星を追う子ども」(2011)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』などで熱烈なファンを獲得した新海誠監督が手掛ける、孤独な少女の冒険の旅をファンタジックに描くアニメーション。ヒロインがたどる未知の場所への冒険を通して、この世界の美しさや輝きを紡ぎ出す。音楽を担当するのは、これまでの新海作品にも印象的なメロディーで彩りを添えた天門。何げない言葉や風景が繊細に溶け合い、観る者を癒やす独特の世界観に魅了される」

 じつは、「星を追う子ども」を観たのは1ヵ月近く前です。
 偶然、GYAO!で観たのです。最初の数分だけ観ようと思ったのですが、映像の美しさと物語の面白さに引き込まれて、ついつい最後まで観てしまいました。最初はてっきり、ジブリ作品かと思いました。おそらくは、ジブリの「天空の城ラピュタ」や「もののけ姫」などから強い影響を受けているのでしょう。『古事記』の黄泉の国神話、アガルタ地下世界伝説なども登場し、物語も興味深かったです。エンディングに流れる「ハロー・グッバイ・アンド・ハロー」という歌の中に「君のいないこの世界にハロー」という歌詞が出てきますが、まさにグリーフケアの核心だと思いました。「そうか、もう君はいないのか」から「君のいないこの世界にハロー」へ・・・・・・グリーフケア・アニメというべき内容の素晴らしい作品でした。

 続いて、「言の葉の庭」(2013)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「『秒速5センチメートル』や『星を追う子ども』で知られる新海誠が原作と監督と脚本を手掛け、繊細なタッチで描くアニメーション。現代の東京を舞台に、男子高校生と生きることに不器用な年上の女性の淡い恋の物語を丁寧に紡いでいく。主人公の声を担当するのは、数々の作品で声を担当してきた入野自由と花澤香菜。万葉集や日本庭園などを題材に描かれる、情感豊かな映像に引き寄せられる」

 「言の葉の庭」は、とにかく新宿御苑をモデルにしたと思われる日本庭園の美が強く印象に残ります。特に、木々の緑の描写が素晴らしく、かつてこれほど緑を美しく描いたアニメーションはないのではないでしょうか?
 東京のど真中にこれほど広大で緑豊かな庭園が存在するのは本当に素晴らしいことだと思います。新宿御苑に行きたくなりました。
 しかし、ハイレベルな自然描写に比べて、登場人物の描き方はちょっと中途半端な気がしました。男子高校生にも年上の女性にもなかなか感情移入ができません。万葉集の和歌も中途半端な使い方で、「もったいないな」と感じました。「言の葉」をタイトルに冠するのならば、もう少し、和歌をうまく使うべきであったと思いました。大江千里の名曲を秦基博がカバーした主題歌「Rain」は良かったです。新海監督は、大江千里の大ファンで強い影響を受けたそうですが、彼の映画に使われる曲はどれも繊細で、作品の世界観によくマッチしていると思います。

 そして、「君の名は。」(2016)です。
 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
 「『星を追う子ども』『言の葉の庭』などの新海誠が監督と脚本を務めたアニメーション。見知らぬ者同士であった田舎町で生活している少女と東京に住む少年が、奇妙な夢を通じて導かれていく姿を追う。キャラクターデザインに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』シリーズなどの田中将賀、作画監督に『もののけ姫』などの安藤雅司、ボイスキャストに『バクマン。』などの神木隆之介、『舞妓はレディ』などの上白石萌音が名を連ねる。ファンタスティックでスケール感に満ちあふれた物語や、緻密で繊細なビジュアルにも圧倒される」

 「君の名は。」は、1組の男女がめぐりあうまでの壮大な、あまりにも壮大な物語です。瀧と三葉の出逢いは「奇跡」という他はありません。しかし、わたしは思うのです。結婚相手と出逢うということそのものが奇跡にほかならないと・・・・・・。そもそも縁があって結婚するわけですが、「浜の真砂」という言葉があるように、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性のなかからたった一人と結ばれるとは、何たる縁でしょうか!

 「君の名は。」を観て、わたしは神道研究の第一人者である「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生向きの作品だと思いました。なぜなら、神社が異世界に通じるパワースポットであることをよく表現しているからです。この映画の主人公である三葉の実家は「宮水神社」という神社であり、彼女は巫女です。妹は「四葉」です。
 三葉と四葉の姉妹に対して、祖母が「むすび」について語る場面があり、「『むすび』は、神と人を結び、人と人を結び、時と時を結ぶ」と言います。宮水神社の女たちは組紐を作りますが、一葉は「組紐はつながったり、ねじれたりして、時間と同じ」とも言います。「むすび」というキーワードが登場し、わたしは非常に感激しました。わが社の社名である「サンレー」には「産霊(むすび)」という意味があります。神道の言葉ですが、結婚という営みの核心をなすコンセプトと言ってもよいでしょう。新郎新婦という2つの「いのち」の結びつきによって、子どもという新しい「いのち」を産むということですね。「むすび」によって生まれるものこそ、「むすこ」であり、「むすめ」です。

 わたしは、Shinの名で、鎌田先生(Tonyさん)と満月の夜に「ムーンサルトレター」というWEB往復書簡を交わしています。
 その第136信で「君の名は。」を取り上げ、「たいへん素晴らしい傑作でした。新海誠監督は、引退した宮崎駿監督に代わって、今や日本アニメ界を代表する存在となった感があります。神社が重要な舞台で、『産霊』がテーマです。主人公の女の子は巫女であり、もう『100%、Tonyさん向きの作品』ではないかと思います」と書きました。

 しかし、鎌田先生の反応は意外なものでした。わたしの熱い勧めによって「君の名は。」を観たという鎌田先生は「残念ながら、わたしの感想は、『イマイチ。』、でした」として、レターに以下のように書いています。

 「一番のネックは、見知らぬ高校生の少年少女が、彗星来訪の影響からか、夢の中で転換するのはファンタスティックで面白く、カルデラ湖の中の島の巨石聖地もそれなりによいのですが、最後の最後で再会できる時間転換のメカニズムがわかりませんでした。その不明確さによって、全体の複式夢幻能的なファンタジーが泡のごとく消滅してしまう頼りなさの中に落ち込んでいきました。この『夢幻物語アニメ』を楽しむどころか、『なんだよ~、これは!』という腹立たしい思いで映画館を出たことは事実です」

 なんと、この名画を立腹しながら映画館を後にされたとは!
 さらに、鎌田先生は続けて以下のように書いています。

「こんなことを書くと、ファンの方に叱られるかもしれないし、またその時間転換も実はこれこれのメカニズムで起っているのだという次元錯綜・接続の根拠があるのかもしれませんが、わたしには不可解で、不愉快でした。『むすび』についての説明も、『宮水神社』の伝承も、町長をしている婿養子の三葉の父親も、しぶしぶ巫女を務めている三葉と妹の四葉についても、イマイチ、ピンとは来ませんでした」

 うーん、なかなか厳しいですねぇ。
 でも、良かった点もあったとして、鎌田先生は述べます。

 「観てよかった点は、ありえないようなカルデラ湖と町でした。このカルデラ湖は諏訪湖と諏訪市の上諏訪の湖岸通りや対岸の岡谷市などがモデルのようですが、1回観ただけでそうだとわかりました。しかし、映画のように美しいコンパクトなカルデラ湖の町はこの地上には存在しないのではないでしょうか。そんな美しい湖と町でしたね。その湖と町の造形は、素晴らしいと思います」

 少し安堵しましたが、続けて鎌田先生は以下のように書いています。

「が、全体に作りに深みや幽玄が感じられず、底の浅さ感が残りました。宮崎駿監督の『となりのトトロ』や『もののけ姫』や『風の谷のナウシカ』には、ディテールの深みと幽玄と聖なる場所の説得力が感じられます。なので、『聖地感覚』という観点からすれば、『君の名は。』を物足りなく思ったことは事実です。申し訳ありません。せっかくの感動に水を差すような感想しか書けなくて」

 なるほど、たしかに厳しい見方ではありますが、「君の名は。」を観てこのように感じる方もいるというのは興味深いです。なにしろ、鎌田先生といえば、最も早く宮崎駿アニメの価値を見いだし、大学の講義で「風の谷のナウシカ」をテキストにして神道を語っていた方ですから。アニメの見方に対する矜持というものがあるでしょうし、何よりも宮崎アニメへの深い愛情を感じます。「いくら『君の名は。』が大ヒットしようが、ワシの目はごまかせんぞ!」といった頑固爺の面目躍如といったところでしょうか。(苦笑)
 もちろん、わたしも宮崎アニメに代表されるスタジオジブリの作品は大好きですし、全作品を観ています。DVDもすべて買いました。そういえば、スタジオジブリの長編劇場用映画作品(全21作品)の人気投票「スタジオジブリ総選挙」 の投票結果が9月6日に発表されましたが、「千と千尋の神隠し」が堂々の1位に輝きましたね。

 鎌田先生の言われるように、新海作品には突っ込みどころが多いです。
 「君の名は。」の時空転換の説明不足もそうですが、わたしは「秒速5センチメートル」に登場する中学1年生の少年少女が、栃木県の田舎の農家の納屋の中で一夜を明かしたことが気になりました。その夜は大雪だったにもかかわらず、です。でも、そんなことを言えば、宮崎作品にだって説明不足や「ファンタジーが泡のごとく消滅してしまう頼りなさ」も感じることが多々あります。それぐらい、SFやファンタジーというのは物語の整合性を保つのが困難なジャンルだと言えるでしょう。

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仲良く並んだ宮崎アニメと新海アニメのDVD


 しかし、新海監督はまだ43歳の若さです。「君の名は。」の大ヒットによって、今後の製作環境は格段に良くなるでしょうし、クリエーターとしてもこれから脂が乗ってくるところ。本当に楽しみです。手塚治虫にはじまって、宮崎駿を経て、新海誠を生んだ日本アニメ。これからも、ぜひ極上のエンターテインメントを世界中に発信してほしいものです。そして、SF詩人としての新海監督には、時間を超え、空間を超え、そして死を乗り越えていくようなアニメ映画を作り続けてほしいと思います。