アニメ映画「この世界の片隅に」を観ました。
 ブログ「君の名は。」ブログ「映画『聲の形』」で紹介した作品のように、今年になってアニメ映画の名作が日本から続々と生まれています。この作品も絶賛されていますが、わたしにとっても今年最高の感動作でした。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「『長い道』『夕凪の街 桜の国』などで知られる、こうの史代のコミックをアニメ化したドラマ。戦時中の広島県呉市を舞台に、ある一家に嫁いだ少女が戦禍の激しくなる中で懸命に生きていこうとする姿を追い掛ける。監督にテレビアニメ『BLACK LAGOON』シリーズや『マイマイ新子と千年の魔法』などの片渕須直、アニメーション制作にテレビアニメ『坂道のアポロン』や『てーきゅう』シリーズなどのMAPPAが担当。市井の生活を壊していく戦争の恐ろしさを痛感する」

 ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「1944年広島。18歳のすずは、顔も見たことのない若者と結婚し、生まれ育った江波から20キロメートル離れた呉へとやって来る。それまで得意な絵を描いてばかりだった彼女は、一転して一家を支える主婦に。創意工夫を凝らしながら食糧難を乗り越え、毎日の食卓を作り出す。やがて戦争は激しくなり、日本海軍の要となっている呉はアメリカ軍によるすさまじい空襲にさらされ、数多くの軍艦が燃え上がり、町並みも破壊されていく。そんな状況でも懸命に生きていくすずだったが、ついに1945年8月を迎える」

 この映画を観て、わたしはもう泣きっぱなしでした。もう、冒頭の主人公の娘すずが船に乗って中島本町に海苔を届けに行くシーンから泣けました。優しくて、なつかしくて、とにかく泣きたい気分になります。日本人としての心の琴線に何かが触れたのかもしれません。舞台は広島と呉ですが、わたしの妻の実家が広島です。広島の人々の方言が亡くなった妻の父親の口調と同じで、わたしは義父のことをしみじみと思い出しました。

 「この世界の片隅に」の原作は、こうの史代さんのコミックです。
 トーンを極力使わない絵柄で、日常生活を主なテーマとした様々なタイプの作品を執筆している漫画家です。活動範囲は児童書から青年誌まで広範囲に及び、イラストレーターとして書籍の挿絵を担当する他、同人誌での活動も行なっています。座右の銘は「私は常に真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」(ジッド)だとか。

 こうの史代さんには、2004年に刊行された『夕凪の街 桜の国』(双葉社)という代表作があります。第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。田中麗奈主演で映画化され、2007年7月に公開されました。「この世界の片隅に」と同じく、広島原爆を描いた作品です。わたしはDVDで鑑賞しましたが、心に沁みる感動の名作でした。

 ブログ「広島平和記念資料館」に書いたように、わたしは3年前の8月15日に広島平和記念資料館を訪れました。
 多くの来場者の間を縫い、わたしは館内をくまなく見学しました。見学しながら、わたしは人類の「業」について考えました。
 人類はどこから来たのか。人類とは何なのか。人類はどこに行くのか。
 そんなことを考えました。アメリカが原爆を日本に投下した時点で、人類の歴史は一回終わったのではないのか。そんなことも考えました。館内には英語で話している白人もたくさんいました。彼らは、ここで何を感じたのでしょうか。出来るものなら、彼らの本音を聞いてみたかったです。

 また、ブログ「原爆ドーム」に書いたように、猛暑で放心状態になりながら、わたしは原爆ドームをじっと眺めました。もちろん人類史を代表する愚行の象徴なのですが、このような建物が当時の状態のままで保存されていることは、本当に凄いと思います。なんだか神々しく思えてきました。もはや神殿の雰囲気さえ醸し出しています。そう、人間の愚かさとサムシング・グレートの実在を感じさせてくれるのです。戦後、どれほど多くの人々が原爆ドームを訪れ、写真を撮影し、スケッチをし、眺め、何かを考えたことでしょう。その想念の巨大さを思うだけで、眩暈してしまいます。

 「この世界の片隅に」を製作した片渕須直監督は、「マイマイ新子と千年の魔法」という素晴らしいアニメ映画を作り、2009年に公開しました。高樹のぶ子の自伝小説『マイマイ新子』が原作ですが、この映画は文部省特選作品となりました。一見してスタジオジブリの作品風ですが、じつはスタジオジブリ「魔女の宅急便」のスタッフが参加しています。そう、片渕監督は何を隠そう、宮崎駿監督の「魔女の宅配便」で監督補を務めていた人なのです。

 「マイマイ新子と千年の魔法」の主題歌は、コトリンゴの「こどものせかい」です。ブログ「癒しのコトリンゴ♪」に書いたように、わたしはコトリンゴの大ファンです。本名は三吉里絵子という女性ですが、わたしは日本が誇るアーティストの1人と思っています。彼女の曲を聴くと、とても癒されます。1978年に大阪に生まれた彼女は、5歳でピアノを始め、7歳で作曲をするようになったそうです。大阪、福岡、名古屋と転居して、高校卒業後は神戸の甲陽音楽学院に入学しました。卒業後は特別奨学生としてバークリー音楽大学に留学しました。そして、そこでジャズ作編曲科やピアノ演奏科を専攻しています。

 その後、三吉さんは学位を取得すると2003年にニューヨークに生活拠点を移し、05年の秋より自宅で曲作りを始めました。06年3月、自作のデモテープを坂本龍一氏のラジオ番組「RADIO SAKAMOTO」(J-WAVE)のオーディション宛に送りました。友人の勧めによるものでしたが、それが坂本氏の耳に留まりました。そして同年11月、コトリンゴとして、「こんにちは またあした」でデビューすることになります。わたしは、坂本龍一氏が彼女を気に入った理由が何となくわかります。というのも、コトリンゴの声は坂本氏の夫人である矢野顕子さんにそっくりだからです。「おいでよ」という曲など、矢野さんの「ごはんができたよ」に通じるものがあります。矢野さん以外では、「黒のクレール」などを歌った大貫妙子さんにも似ています。

 「コトリンゴ」という名前ですが、自身が大好きな「小鳥」と毎日食べていた「りんご」を合わせたものだそうです。そして、「この世界の片隅に」の主題歌はコトリンゴの「悲しくてやりきれない」です。フォーククルセイダースの名曲がコトリンゴの魔法によって新しいヒーリング・ソングに生まれ変わりました。映画の内容にもぴったりの素晴らしい主題歌だと思います。

 この映画は本当に人間の「悲しみ」というものを見事に表現していました。玉音放送を聴いた後、すずが取り乱し、地面に突っ伏して泣くシーンがあるのですが、その悲しみの熱量の大きさに圧倒されました。
 そして、わたしは、ブログ「裸の島」で紹介した日本映画の名作のラスト近くで、乙羽信子演じる息子を亡くした母親が地面に突っ伏して号泣するシーンを思い出しました。そういえば、すずが水桶を2つ担ぐ「裸の島」さながらのシーンも出てきました。じつは、この「裸の島」のリメイクを互助会業界で作ろうかという話があるのですが、実写ではなくアニメ化もいいかもしれないと思いました。もちろん、監督は片渕須直氏にお願いしたいです。

 そして、なんといっても「この世界の片隅に」の最大の魅力は、主人公すずの人間性です。子どもの頃から「ぼーっとしている」彼女は18歳で嫁入りし、さまざまな試練に遭いながらも明るく前向きに懸命に生きていきます。彼女が失敗したときの「いやー」といった表情はとても可愛いのですが、そんな天真爛漫な彼女から次第に笑顔が消えていくさまは見ていて辛かったです。ときどき、すずの性格がわたしの長女とダブり、わたしは自分の娘が地獄の如き経験をしている錯覚にとらわれ、胸が痛くなりました。

 すずの声を担当したのは、能年玲奈から改名した女優・のん(23)です。
 彼女はわたしの長女と同い年なのですが、すずのキャラクターに完全にマッチしていました。これほど主人公と声優のキャラが一致したのは、日本アニメ史上でも一番ではないでしょうか。現在、のんは芸名を変えて活動しています。かつてNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」でタッグを組んだ、宮藤官九郎が2019年の大河ドラマの脚本を担当することが決定。ヒロインにのんを待望する声も早くもあがっているそうです。実現の可否はわかりませんが、「この世界の片隅に」での声優ぶりから、わたしは彼女が「ものすごい才能を持った女優」であることを再確認しました。

 18歳で嫁入りしたすずですが、夫は気の優しい人でした。
 相手の顔も知らずに結婚したすずは、嫁入りした後に、夫に恋をしていきます。このあたりがまたわたしの涙腺を崩壊させたのですが、2人の娘を持つ父親として、わたしは「女の子というのは、結婚したら名字も変わるし、知らない土地で生活しなければならないのだ」という事実を改めて思い知りました。そして、わたしの本名である「佐久間」という新しい名字に変わって、誰も知り合いのいない小倉にお嫁に来てくれた妻に対して、心からの感謝の念が湧いてきました。感謝のしるしとして、豚まんをお土産に買いました。

 「この世界の片隅に」というタイトルは、映画のラスト近くで、すずが夫に向かって「ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」と言うシーンから来ています。そう、この映画は「出逢いは奇跡」ということを表現しているのです。その意味で、ブログ「君の名は。」で紹介した映画の世界にも通じます。「君の名は。」は、1組の男女がめぐりあうまでの壮大な、あまりにも壮大な物語です。主人公である瀧と三葉の出逢いは「奇跡」という他はありません。しかし、わたしは思うのです。結婚相手と出逢うということそのものが奇跡にほかならないと・・・・・・。
 現在、この地球上には60億人を超える人々が生きています。日本だけでも1億2000万人ですから、大変な数です。「浜の真砂」という言葉がありますが、まさにわたしたちは広大な浜辺の一粒の砂です。その一粒が、別のもう一粒と縁によって出会ったのです。数万、数十万、数百万人を超える結婚可能な異性の中からたった1人と結ばれるとは!

 『結魂論~なぜ人は結婚するのか』の最後には「宇宙の中心で、結婚をさけぶ――あとがきに代えて」という一文があります。
 そして、その最後には以下のように書かれています。

「私たちは、20世紀の半ばすぎに銀河系太陽系第三惑星の地球上の日本列島に、ミミズでもオケラでもアメンボでもなく人間として生まれてきて、出会い、結婚した。無限なる『時間』の縦糸と、無限なる『空間』の横糸が織りなす『縁』という摩訶不思議なタペストリーの上で、二人は出会って結婚した。この世に奇跡があるなら、これ以上の奇跡があるでしょうか。もちろん、私たち夫婦だけの話ではない。すべての結婚は奇跡なのです。 今の地球上に限定してみても、60億人のなかの1人と、別のもう1人が、はじめから2人しかいなかったかのように結ばれること。
この奇跡をそのまま驚き、素直に喜び、心から感謝する。そして奇跡を獲得し宇宙の中心に立つ2人は、手をつないでさけぶのです。
『私たちは出会った!』そして、『私たちは結婚した!』と」
そう、「この世界の片隅に」は「この世界の中心で」でもあるのです。

 そして、号泣必至の感動のラストシーンを迎えます。
 ネタバレになるので詳しくは書けませんが、どんなに過酷な運命に翻弄されようとも、「生きる」ということの大切さをひしひしと感じました。そして、他人への優しさこそが自分をも救うのだということも。わたしはこの映画を観終わって、「すべての文学もコミックも映画も、メッセージは2つでいい」と思い至りました。その2つとは「生きろ!」ということ、そして「優しくあれ!」ということです。これ以外に、大事なメッセージなど存在するでしょうか?

 最後に、映画評論家の町山智浩氏もこの映画に感動されたようで、「今年の町山賞をあげたいと思います」と言われていました。また、すずの声を担当したのんに言及し、「あまちゃん」が3・11に向かって突き進んでいく物語なら、「この世界の片隅に」は8・6に向かって突き進んでいく物語だと指摘していました。さらには、現代人はみんな「戦争は良くない」と言うけれど、それは後づけの考えでしかなく、戦争当時はみんな与えられた状況の中で生きるのに精一杯で「反戦」などというイデオロギーとは無縁であったとも述べていました。当時は、身内が戦死して泣くことも反戦につながりました。愛する人を亡くした人が泣けない時代こそ、悲しくてやりきれない時代です。

 町山氏の発言にはすべて共感しましたが、わたしは一方的に彼をライバル視しており、『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)を書くときも、彼の映画評論を意識していました。というわけで町山賞に対抗するわけではありませんが、わたしも今年から一条賞を設立して、記念すべき第1回目のグランプリを「この世界の片隅に」に贈呈したいと思います。
 『死を乗り越える映画ガイド』の続編でも必ず紹介したいです。これほど、「死を乗り越える映画」の称号にふさわしい作品はありません!

  • 販売元:双葉社
  • 発売日:2008/01/12
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