日本映画「めがみさま」を観ました。17日に開催された「第9回AKB総選挙」で3位に輝いたSKE48の松井珠理奈とともに「W松井」として活躍した松井玲奈、人気グラビアアイドルの新川優愛がW主演しています。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。

「『名古屋行き最終列車』シリーズなどの松井玲奈と、『全員、片想い/嘘つきの恋』などの新川優愛が主演を務めたヒューマンドラマ。精神をむしばまれたヒロインが、セラピストとの出会いを通してはい上がろうとする姿を浮き彫りにする。ある一つの地域を発信地として公開される『Mシネマ』の第2作として、『gift』などの宮岡太郎監督がメガホンを取る」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「郊外で暮らす理華(松井玲奈)は母親の過度な干渉に悩み、勤務先でもいじめられて生きる気力を失っていた。彼女は自殺しようとするが、自分と同様の状況から抜け出したセラピストのラブ(新川優愛)と出会う。ラブの言葉に最初は心酔する理華だったが、ある事件を境に二人の関係がきしみ始める」

 「めがみさま」は松井玲奈が熱演(怪演?)で、見応えがありました。
 新川優愛はとても美しく、セクシーで、非常に魅力的でしたね。
 2人ともこの映画で女優としての株を上げたのではないかと思います。
 ただ、物語の設定そのものに無理があって、わたしは破綻していると感じました。ネタバレになるのでこれ以上は言えませんが、この設定で行くのなら、もっとディティールにリアリティを持たせる必要がありました。
 現状のままでは辻褄の合わないシーンが多過ぎます。

 この映画には、信奉者たちから「めがみさま」と呼ばれる女性セラピストが登場しますが、彼女の発言は説得力があるようでいて、じつはズレまくっています。その趣旨は「我慢はしない」「自分のしたいようにする」「他人のことより、自分が一番大事」というもので、エゴイズム大全開。要するに、自己中を開き直って、わがままに生きることが幸せへの道と言っているわけです。

 ラブは自分に敵対する人々に過激な報復を行い、自身の信奉者たちにもそれを薦めます。そんなセラピスト・ラブの極論に次第に疑問を感じ始めた理華は、ラブに批判的な雑誌記者の女性への仕打ちをきっかけに、ついに彼女との訣別を決意するのでした。理華は、最後にラブに対して「自分だけのことを考えているんじゃダメでしょ。人間は社会の中で生きているんだから、人とうまく関わることも大事でしょ」といった内容の発言をします。


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人間関係を良くする17の魔法』(致知出版社)


 わたしは、理華のラブに対する発言を聴いて、儒教の祖である孔子の考えと同じであると思いました。孔子は「社会の中で人間がどう幸せに生きるか」を考えた人であり、彼が開いた儒教とは大いなる人間関係学であると言ってもよいでしょう。そして、儒教が重んじる「礼」とは他者を思いやる心としての「人間尊重」そのものなのです。詳しくは、拙著『人間関係を良くする17の魔法』(致知出版社)をお読み下さい。

 また理華はラブに対して、「自分を『めがみさま』なんて呼んでくれる人だけを周囲に置いて、いい気になってるだけじゃないの。自分を否定する人間は排除して・・・そんなのおかしいよ!」と批判の言葉を投げかけます。
 世の中には、信奉者から集めたお金で海外などで豪遊し、ブランド品を買い漁っている女性のセラピストや霊能者も多いと聞きます。それが本当だとしたら、彼女たちもまた、「欲しいものは欲しい」「他人のことは関係ない」「自分が一番大事」と思っているのでしょうか。 そうだとしたら、「女神」などではなく、「魔女」だと思いますけどね。


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法則の法則』(三五館)


 いま、「魔女」と言いました。そう、「欲しいものは欲しい」「他人のことは関係ない」「自分が一番大事」という考え方は、じつは魔術と深く関わっているのです。魔術とは何かというと、人間の意識つまり心のエネルギーを活用して、現実の世界に変化を及ぼすことです。魔術には二種類あります。
 心のエネルギーを邪悪な方向に向ける「黒魔術」と、善良な方向に向ける「白魔術」です。そして、「黒魔術」で使われる心のエネルギーは「呪い」と呼ばれ、「白魔術」で使われる心のエネルギーは「祈り」と呼ばれます。そして、拙著『法則の法則』(三五館)で詳しく説明したように、「引き寄せの法則」などに代表される「欲しいものは欲しい」という心のエネルギーは限りなく「呪い」に近いものなのです。なぜなら、「欲しい」とは自らの現状を否定し、宇宙に呪いをかける黒魔術にほかならないからです。

 「めがみさま」は新興宗教の話ではありませんが、わがままな普通の女性が「教祖」になっていくプロセスを興味深く描いています。実名は書きませんが、こんなふうに「教祖」になった女性は実在します。それにしても、実際に騙される人々が多いことに驚かされます。現代社会の「心の闇」の巨大さを思い知らされますね。「めがみさま」に登場する理華も、ラブに批判的な女性記者も、ともに精神安定剤を常用していました。
 それほど、今の日本人の心は病んでいるのでしょうか。


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ハートフル・ソサエティ』(三五館)


 拙著『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「ハートレス・ソサエティ?」では、日本人の自殺の問題を取り上げました。日本における自殺は主要な死因の1つであり、10万人あたりの自殺率は20・9人です。この数字は、経済協力開発機構(OECD)平均の12.4人と比べても大きい値です(2014年)。自殺率のピークは1990年代でしたが、その後2000年から2011年の間に6.3%減少しました。しかし未だOECD平均に比べて数値が高いため、OECDは「明らかに要注意である」と勧告しています。

 自殺者の内訳を見ると、圧倒的に中高年男性の自殺が多いことがわかります。そして、その最大の原因は「うつ病」とされています。本来なら、50代、60代の男性は、さまざまな人生経験を積み、職場でも家庭でも頼りになる存在として若い人々から尊敬され、成熟の時期を迎えているはずです。ところが、長引く不況や、将来が見通せない社会状況を色濃く反映し、不況による倒産やリストラなどが引き金になって「うつ状態」に陥り、やがて自殺に踏み込んでしまう例が跡を絶たないのです。

 自殺の直接の原因としては、健康問題や経済苦、人間関係・仕事上でのトラブルなどがあげられている。しかし、『うつと自殺』を書いた心療内科医の筒井末春氏によれば、自殺者のなかには「うつ病」の典型的な症状を見せていたにもかかわらず、周囲も当の本人もそれに気づかなかったケースが少なくないといいます。トラブルに立ち向かう前に、またはその真っ只中で、うつ病に足元をすくわれ、自殺という最悪の形で命を失ってしまうのです。

 うつ病以外にも、アダルトチルドレン、買い物依存症、拒食症に過食症、燃え尽き症候群などなど、心の不調を感じる日本人は増加しているが、アメリカなみに専門家のカウンセリングを受けるのも珍しくなくなってきている。日本だけに限らず、先進国では、特に1980年代以降、心理学的なものの見方、精神分析的な人間観が一般化されつつあります。動機の不明な凶悪犯罪や、特異な社会現象が起きると、マスコミは心理学者や精神科医にコメントを求めます。法廷では精神科医による精神鑑定が重要な争点となります。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、あるいは人格障害といった心理学用語が、生活情報や芸能ニュースにまで浸透している現状があります。「片づけができない女はADHDだ」とか、「夫の暴力で、あの人気タレントがPTSDに」といった具合ですね。

 若者のあいだでは、カウンセラーやセラピストが憧れの職業となっており、「臨床心理士」の資格に人気が集まっているようです。「癒し」「ストレス」「トラウマ」などは小中学生でも使うキーワードになりました。
 こうした一連の流れについて、社会学者の森真一氏は「心理主義化社会」と呼び、精神科医の斎藤環氏は「心理学化する社会」と呼んでいます。その根底には、他者や自分自身をコントロールしたいと欲望があり、人の心というものに強い関心が向けられているということでしょう。

 何よりも、「マインド・コントロール」という心の管理技術にほかならないカウンセリングが流行し、大学でも、教育心理学、宗教心理学、歴史心理学、経済心理学、工業心理学といったように多くの学問と心理学とが結びついた講座が大変な勢いで増えています。学問の世界においても、心理学ブームということが言えるかもしれません。まさに現代は、人々が「心」を意識する、いわば「ハート・コンシャス」な時代です。
 しかし、それが心の病いや心の貧しさばかりを思い起こさせ、心の豊かさというものに結びついていないのも事実でしょう。ハート・コンシャスな人々が形成する社会は、ハートレス・ソサエティなのでしょうか。

 心理学を現在のような花形学問にした最大の功労者といえば、もちろんジークムント・フロイトです。しかし、イギリスの文学史家リチャード・ウェブスターはフロイトについて、「西洋文明最大の愚行の一つと見なされることになった、複雑なえせ似非科学の創造者」と述べています。また、ノーベル生理学・医学賞受賞者ピーター・メダワーは、心理療法を「20世紀で最悪のペテン」と評しました。さらにドイツの科学ジャーナリストであるロルフ・デーケンは、「フロイトはマルクスよりも多大な損害を人類に与えた」と言い切っています。

 ロルフ・デーケンはベストセラー『フロイト先生のウソ』の著者で、心理学過剰の現代文明社会に対して痛烈な批判を展開しています。
 人生の不首尾や対人関係の困難、問題ある人格性の原因を、幼児期のトラウマや「抑圧された記憶」に求める風潮は、これまで、個人の責任逃れの格好の口実になってきました。自分の人生がこのように不本意なものになったのは、親のせい、家庭のせい、学校のせい、社会のせい、あるいはエイリアン(異星人)にさらわれて心に傷を負ったせいとされます。

 厄介なことに、社会の心理学化は人々の「自分さがし」への志向を助長する一方で、何事も「自分のせいじゃない」とする、まったく相反した症候を正当化したと言えるでしょう。このような傾向は、特にアメリカで80年代半ばから顕著になり、さまざまな形で批判され、警鐘が鳴らされるようになりました。まさに現代の日本の状況に重なっています。わたし自身は、「何が自分さがしだ!」と自分大好き人間を冷笑していますけどね。(笑)

 もちろん、フロイトのみならず、ユング、アドラー、マズロー、エリクソンなど、心理学を築いた人々は多くおり、きわめて意義のある仕事をしてきたと、わたしは思います。心理学や精神分析のすべてが似非科学とは決して思いません。しかし、心理学過剰の時代において、心理学者や精神科医やカウンセラーやセラピストこそが「心」の専門家で、あらゆる問題を解くことができるという幻想を人々が持つことは、やはり危険でしょう。
 そう、「心の社会」とは、決して心理学化社会ではないのです。
 もちろん、スピリチュアル社会でもありませんけどね・・・・・・。

 最後に、「めがみさま」を観て、女優・松井玲奈の演技力に感銘を受けました。ぜひ、前作「gift」も観たくなりました。「gift」は家族も友人もいない孤独な男女を主人公にしたロードムービーだそうです。自分の身勝手から妻と娘を捨てた過去に苛まれ続けている会社会長・篠崎(遠藤憲一)が「お前の100時間を100万円で買ってやる」とキャバ嬢・沙織(松井玲奈)を買い、娘への贈り物=giftを届ける旅に同行させる話だとか。面白そう!