アニメ映画「メアリと魔女の花」を観ました。
 米林宏昌監督の最新作ですが、宮崎駿監督や高畑勲監督が引退した今、米林監督がいてくれて本当に良かったと思います。

 ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。


「『借りぐらしのアリエッティ』などの米林宏昌監督がスタジオジブリ退社後、プロデューサーの西村義明が設立したスタジオポノックで制作したアニメ。メアリー・スチュアートの児童文学を基に、魔女の国から盗み出された禁断の花を見つけた少女の冒険を描く。少女メアリの声を務めるのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』やNHKの連続テレビ小説『とと姉ちゃん』などの杉咲花。脚本を『かぐや姫の物語』などの坂口理子、音楽を『思い出のマーニー』などの村松崇継が手掛ける」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。


「無邪気で不器用な少女メアリは、森で7年に1度しか咲かない不思議な花"夜間飛行"を見つける。この花は、魔女の国から盗み出された禁断の花だった。一夜限りの不思議な力を得たメアリは、魔法大学"エンドア"への入学を許されるが、あるうそをついたことから大事件に発展してしまい・・・・・・

 わたしのブログ記事「借りぐらしのアリエッティ」「思い出のマーニー」で紹介した2本のアニメ映画に続いて発表した米林監督の3作目は「魔法」がテーマでした。主人公のメアリはジブリ映画でわたしが一番好きな「魔女の宅急便」の主人公キキと同じくホウキにまたがり黒ネコを連れています。でも、メアリはキキのように代々受け継いできた魔女ではありません。

 キキと違って、メアリはごく普通の女の子に過ぎません。
 そんなメアリが魔法大学エンドアを訪れます。その敷地内では奇想天外な描写が次々と起こるわけですが、この魔法大学は普通の人間を魔法使いに育てる場所のようです。これは、『ハリー・ポッター』シリーズの「ホグワーツ魔法魔術学校」を連想します。同シリーズが全世界で3億冊も読まれた歴史的ベストセラーになった最大の要因として、「ホグワーツ魔法魔術学校」の存在があると思います。魔女や魔法使いになるために教育を受けなければならないという設定は説得力があります。

 『ハリー・ポッター』シリーズが現れるまで、ファンタジー文学に登場する人物はふつうの人間と魔女・魔法使いとに二分されていました。作者のJ・K・ローリングは、ふつうの人間でもいくばくかの才能があり、良い教育を受けることができれば、魔女や魔法使いになれるという設定を考案しました。まるで、スポーツ選手や芸術家になるのと同じように。これこそ、ファンタジー文学にとって大きな躍進でした。しっかりした教育を受けていない、あるいは訓練を怠った魔女・魔法使いは、ただの人間にすぎないのです。

 さて、魔法大学エンドアではエレベーターも使われています。


 「エレベーターがある!」と叫ぶメアリに対して、学長であるマダムは「それは電気で動いているのよ。電気も魔法なの」と言うのでした。
 これまで人類の前には、さまざまな「魔法」が登場しました。たとえば、飛行機も電話も映画も、いずれも人類の文明や文化にとてつもない大きな影響を与えた発明であり、それはほとんど「魔法」に等しいものでした。

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   『ハートフル・ソサエティ』(三五館)


 では、人類史上最大・最高の発明とは何でしょうか。
 石器・文字・鉄・紙・印刷術・拡大鏡・テレビ・コンピュータといった大物の名が次々に頭のなかに浮かびます。なかには動物の家畜化、野生植物の栽培植物化といった答もあるでしょうし、都市、水道、民主主義、税金、さらには音楽や宗教といった答もあるでしょう。その答は、人それぞれです。でも、『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の「超人化のテクノロジー」にも書いたように、現代の私たちの社会や生活に最も多大な影響を与えているという意味において、人類最大の発明は電気であるとわたしは思います。

 そう、人類最大の発明すなわち「最大の魔法」とは、電気なのです。より正確に言うなら、電気の実用化です。たしかにコンピュータは人類史上においてもトップクラスの大発明でしょう。しかし、テクノロジーの歴史の研究者が決ってもちだす効果的な質問は「ある1つのものが開発されるには、何を知る必要があったか」というものです。たとえば、シリコンチップの発明がなかったなら、現在あるようなパワーと順応性ともったデスクトップ・コンピュータ、さらにはノート型パソコンは生まれなかったはず。次々とあらわれるテクノロジーをこうした姿勢で見ていけば、必要とされる技術が扇状に拡がることになります。

 これをイギリスの行動生物学者パトリック・ベイトソンは、歴史家が時代をさかのぼるにつれて、どんどん分岐していく木の根であると表現しています。根によっては、疑いもなく他より重要なもの、明らかに他より多くの可能性を与えるものがあります。ちなみにベイトソンも、過去2000年で最大の発明として「電気の実用化」をあげています。
 コンピュータにはもちろん電気が必要ですし、わたしたちの生活に欠かせないもの、スマホやエアコンや蛍光灯などの恩恵を受けられるのも電気のおかげです。さらには、飛行機・電話・映画・テレビといった大発明はすべて電気なくしては開発もありえなかったのです。

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   『花をたのしむ』(現代書林)


 その他にも、「メアリと魔女の花」にはさまざまな魔法のシンボルが登場します。まっさきに思い浮かぶのは、映画のタイトルにもある「花」です。この作品では、7年に1度しか咲かないという「夜間飛行」という香水みたいな名前の花が物語の重要な役割を果たしますが、そもそも花というもの自体が非常に「魔法」的であると思います。魔法とは、人間の意識を変容させることにほかなりません。
 そして、『花をたのしむ』(現代書林)にも書きましたが、花ほど人の意識を変える力のあるものはありません。イギリスを舞台にしたこの映画には、美しいイングリッシュガーデンが目を楽しませてくれますが、まさに「魔法の花園」です。

 なぜ、花束をプレゼントすることは人間関係を良くするのでしょうか。
 わたしたち人間は1人では生きていけません。重要なのは「人間」ではなく、「人間関係」なのです。イエスやムハンマドは「愛」を説き、孔子は「仁」を説き、ブッダは「慈悲」を説きましたが、それらすべては他者に対する「思いやり」ということ。誕生日で、快気祝いで、送別会で、贈られる花束とは、「あなたは、わたしにとって、かけがえのない人ですよ」というメッセージであり、偉大な聖人たちが求めてきた「思いやり」そのものなのです。

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   『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)


 それから、この映画には魔法の本が登場します。メアリの絶体絶命の危機を魔法の本が救ってくれるのでした。考えてみれば、「本」というのも「魔法」のシンボルではないでしょうか。『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)にも書きましたが、本ほど人間の「こころ」に影響を与えるものはありません。自分でも書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響力の大きさです。

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   『儀式論』(弘文堂)


 子ども時代に読んだ偉人伝の影響で、冒険家や発明家になる人がいます。1冊の本から勇気を与えられ、新しい人生にチャレンジする人がいます。1冊の本を読んで、自殺を思いとどまる人もいます。不治の病に苦しみながら、1冊の本で心安らかになる人もいます。そして、愛する人を亡くした悲しみを1冊の本が癒してくれることもあるでしょう。本ほど、「こころ」に影響を与え、人間を幸福にしてきたメディアは存在しません。人類の歴史を見ると、『聖書』や『コーラン』や『種の起源』や『資本論』などは途方もなく大きな影響を与え続けてきました。誠に不遜ながら、わたしはそのような人類の多大な影響を与える本を目指して、拙著『儀式論』(弘文堂)を書きました。この本などは、一種の魔法書であると思います。

 正直、メアリがピンチになるたびにホウキが飛んでくるところなどは「ちょっと、ご都合主義では?」と思ったりもしました。でも、難しいことは考えなくても、観るだけで温かい気分になれるハートフルなアニメーションでした。少女メアリは驚くべき冒険のような体験を経て、明らかに成長しました。不器用だった女の子が成長して、しっかりした大人の女性に一歩近づく物語ということでは、「魔女の宅急便」にも通じます。キキの大冒険の最後にはユーミンの名曲「やさしさに包まれたなら」が感動的に流れましたが、「メアリと魔女の花」のエンディングテーマ曲は、SEKAI NO OWARIの「RAIN」でした。
 これまた心に沁みる名曲で、わたしは一発で気に入りました。