No.0303
映画「ドリーム」を観ました。宇宙開発の新時代を切り開いた、NASAの偉大なる3人の女性の物語です。マーゴット・リー・シェタリーのノンフィクション小説『Hidden Figures』を原作とする伝記映画ですが、大変感動しました。2017年第89回アカデミー賞3部門(作品賞、助演女優賞、脚色賞)ノミネート、第23回全米映画俳優組合賞のキャスト賞受賞など高い評価を受けている作品ですが、今年の「一条賞」の最有力候補作でもあります。
アメリカの最良の部分が表現されている映画だと思いました。
ヤフー映画の「解説」には以下のように書かれています。
「人種差別が横行していた1960年代初頭のアメリカで、初の有人宇宙飛行計画を陰で支えたNASAの黒人女性スタッフの知られざる功績を描く伝記ドラマ。NASAの頭脳として尽力した女性たちを、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などのタラジ・P・ヘンソン、『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などのオクタヴィア・スペンサー、『ムーンライト』などのジャネール・モネイが演じる。監督は『ヴィンセントが教えてくれたこと』などのセオドア・メルフィ。ミュージシャンのファレル・ウィリアムスが製作と音楽を担当した」
また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。
「1960年代の初め、ソ連との宇宙開発競争で遅れを取っていたアメリカは、国家の威信をかけて有人宇宙飛行計画に乗り出す。NASAのキャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)は、差別や偏見と闘いながら、宇宙飛行士ジョン・グレンの地球周回軌道飛行を成功させるため奔走する」
この映画に描かれている事実を、わたしは知りませんでした。舞台は、1961年のバージニア州ハンプトンです。アメリカ南部においては、依然として白人と有色人種の分離政策が行われていました。差別を描いたシーンというのは、いつ見ても心が痛みます。優秀な黒人女性のキャサリンは、同僚のドロシーとメアリーと共にアメリカ南東部のラングレー研究所で計算手として働いていました。
ソ連の人工衛星打ち上げ成功を受け、アメリカ国内では有人宇宙船計画へのプレッシャーが強まっていました。そんな中、キャサリンは上司のミッチェルからスペース・タスク・グループでの作業を命じられます。グループ初の黒人でしかも女性スタッフとなったキャサリンですが、職場での露骨な差別に苦しめられます。
ドロシーは計算部の代理スーパーバイザーでした。自身の昇進を願い出ていたのですが、ミッチェルに前例がないという理由で断られていました。メアリーは実験用の宇宙カプセルの耐熱壁に欠陥があることに気がついていましたが、上司からのエンジニアへ転身する勧めを「女で黒人でエンジニアになることはできない」として受け入れられませんでした。
「ドリーム」は、この3人の黒人女性が偏見や差別と戦いながら、いかにして人類の歴史に残る偉業である「マーキュリー計画」の達成に貢献したかを描き出した作品です。
「マーキュリー計画」を描いた映画に「ライトスタッフ」(1984)があります。1950年代後半。宇宙計画でソ連に遅れをとったアメリカは、急遽7人のパイロットを選出します。彼らは新世界へと旅立つヒーローとして、その前途を約束されてはいましたが、ロケットも未完成の計画は無謀といえるものでした。その一方で、初めて音速の壁を破った伝説のテスト・パイロット=チャック・イエガーは、自らの手で大空へ挑戦し続けていたのです。
「ライトスタッフ」とは、「正しい資質」という意味ですが、マーキュリー計画を陰で支えたキャサリン、ドロシー、メアリーの3人も、自らのライトスタッフに忠実に生きたのです。
それでは、「マーキュリー計画」とは何か。Wikipedia「マーキュリー計画」によれば、1959年から1963年にかけて実施された、アメリカ合衆国初の有人宇宙飛行計画です。これはアメリカとソ連の間でくり広げられた宇宙開発競争の初期の焦点であり、人間を地球周回軌道上に送り安全に帰還させることを、理想的にはソ連よりも先に達成することを目標としていました。計画は、空軍から事業を引き継いだ新設の非軍事機関アメリカ航空宇宙局によって実行され、20回の無人飛行 (実験動物を乗せたものを含む)、およびマーキュリー・セブンと呼ばれるアメリカ初の宇宙飛行士たちを搭乗させた6回の有人飛行が行われました。
宇宙開発競争は、1957年にソ連が人工衛星スプートニク1号を発射したことにより始まりました。この事件はアメリカ国民に衝撃を与え、その結果NASAが創設されたのです。そして、当時行われていた宇宙開発計画は文民統制の下で推進されることとなりました。1958年、NASAは人工衛星エクスプローラー1号の発射に成功し、次なる目標は有人宇宙飛行となりました。しかし、初めて人間を宇宙に送ったのは、またしてもソ連でした。1961年4月、史上初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの乗るボストーク1号が地球を1周したのです。アメリカは打ちのめされました。
「マーキュリー計画」というネーミングは、ローマ神話の旅行の神メルクリウス(Mercurius マーキュリー)からつけられました。マーキュリーは翼の生えた靴を履き、高速で移動すると言われています。計画の総費用は16億ドル(2010年の貨幣価値で換算)で、およそ200万人の人間が関わりました。宇宙飛行士たちはマーキュリー・セブンの名で知られ、各宇宙船には「7」で終わる名称が、それぞれの飛行士によってつけられました。人類を月面に送る「アポロ計画」の開始が発表されたのは、マーキュリーが初の有人宇宙飛行を成功させた数週間後のことでした。
さて、この映画の邦題は「ドリーム」といいますが、明らかに2006年のミュージカル映画「ドリームガールズ」を意識していると思われます。「ドリームガールズ」は、黒人のレコード・レーベル「モータウン」の伝説的な黒人女性グループ「スプリームス」のメンバー、ダイアナ・ロス、メアリー・ウィルソン、フローレンス・バラードをモデルとした映画です。「ドリームガールズ」も「ドリーム」もともに黒人女性3人の物語であり、背景となる時代も1962年とマッチしていることから、似たような邦題がつけられたのでしょう。しかしながら、「Hidden Figures」という原題を改変しすぎだと思います。直訳すれば「隠された数値」ですが、この映画の内容を知れば、もっと深い意味が読み取れます。それが「ドリーム」ではあまりにも安直では?
「ドリーム」がタイトルに入っている映画といえば、わたしの好きな「フィールド・オブ・ドリームス」があります。1989年のアメリカ映画で、主演したケビン・コスナーの出世作です。ある日「それを作れば彼が来る」という"声"を聞いた農夫が、とうもろこし畑を潰して野球場を造り始めます。そして、信念に従って行動する主人公と彼を暖かく見守る家族の「夢」は叶うのでした。
ケビン・コスナーは、「ドリーム」でもスペース・タスク・グループの責任者であるアル・ハリソンを熱演しています。特に、黒人女性用のトイレがないため、毎回800メートルも離れたトイレを使用していたキャサリンのために、女性トイレの「白人専用」という看板をハンマーで破壊する場面には胸が熱くなりました。偏見や差別にとらわれず、有能かどうかで人材を判断することこそ、リーダーシップの神髄です。
『孔子とドラッカー新装版』(三五館)
しかし、宇宙開発には「ドリーム」という単語がよく似合います。宇宙開発ほど、壮大な「夢」はないからです。拙著『孔子とドラッカー新装版』(三五館)に詳しく書きましたが、夢というのは必ず実現できるものであると、わたしは思います。偉大な夢の前に、これまで数多くの「不可能」が姿を消してきました。地球の重力圏から脱出することなど絶対に不可能だとされていました。すなわち、学識のある教授たちが、1957年にスプートニク一号が軌道に乗る1年ほど前までは、こんなことは問題外だと断言し続けてきました。その4年後の61年には、ガガーリンの乗った人間衛星船ヴォストーク1号を打ち上げ、人類最初の宇宙旅行に成功しました。
さらに69年にはアポロ11号のアームストロングとオルドリンが初めて月面に着陸しました。ここに古来あらゆる民族が夢に見続け、シラノ・ド・ヴェルジュラック、ヴェルヌ、ウェルズといったSF作家たちがその実現方法を提案してきた月世界旅行は、ドラマティックに実現したのです。気の遠くなるほど長いあいだ夢に見た結果、人類はついに月に立ったのです!
そして、「アポロ計画」の成功は「マーキュリー計画」の成功があったからであり、その裏にはキャサリンやドロシーやメアリーらの地の滲むような努力があったのです。彼女たちは、それぞれ天才でもありましたが...。
この映画に登場する3人の黒人女性が直面する理不尽な偏見や差別のシーンを見ると、本当に悲しくなります。彼女たちは「黒人」ということと「女性」ということの2つのハンディを背負いながら、偉大なるミッションに挑戦しました。バラク・オバマが大統領になったとき、アメリカはようやく「黒人」の壁を破ったように見えましたが、ヒラリー・クリントンが大統領になれなかったとき、まだ「女性」の壁は破られていないことが明らかになりました。黒人差別の撤廃ということでは、1963年8月28日にマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが人種平等と差別の終焉を呼びかけた英語の演説が有名です。「I Have a Dream」(アイ・ハヴ・ア・ドリーム、日本語に翻訳すると「私には夢がある」の意味)という言葉を繰りかえすスピーチですが、映画「ドリーム」にも、白人の高校へ史上初めて入学することを判事に訴えるメアリーの感動的なスピーチが登場します。
キャサリンやメアリーと同じく、ドロシーも奮闘します。
彼女は管理職でしたが、コンピュータを操作するのが得意で、特にIBMのマシンを操ることに長けていました。アップルなどの台頭で、かつての巨人IBMの存在感はすっかり薄くなってしまいましたが、「マーキュリー計画」をはじめとする宇宙開発においては多大な功績があったことを知りました。IBMとNASAは切っても切れない深い関係にあったのです。
最後に、主人公キャサリンをはじめ、さまざまな苦労を強いられる黒人女性たちが誇り高く生きていることに感銘を受けました。肌の色など気にせず、自分のライトスタッフに忠実に生きる彼女たちの姿勢には勇気づけられます。そして、「差別に打ち破るのは才能である」という真理に気づきます。
まさに天才そのもののキャサリンですが、白人の男性たちの中で活躍するバリバリのキャリアウーマンでありながら、最高のパートナーと結ばれ、幸福な人生を送ったという事実には感動しました。あらゆる辛苦を克服して仕事も家庭も見事に両立し、しかも現在も99歳で健在のキャサリンこそ真の「人生の成功者」であると心から思いました。この映画、ぜひ、わたしの2人の娘たちに観てほしいです!