約1年前に公開された日本映画「グッバイエレジー」を観ました。この日、小倉昭和館で開催された「大杉漣さんを偲ぶ特別上映会」を訪れたのです。「グッバイエレジー」は2月21日に急逝した名優・大杉漣の最後の主演作で、北九州オールロケで撮影された作品です。

 ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。

「福岡県北九州市を舞台にしたヒューマンドラマ。数十年ぶりに帰郷した映画監督が、自身の人生を見つめ直す。メガホンを取るのは、『キタキツネ物語―35周年リニューアル版―』などの三村順一。これまで数々の作品に出演してきた大杉漣をはじめ、石野真子、藤吉久美子、吉田栄作らが顔をそろえる。映画愛に満ちた物語に引き込まれる」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には以下のように書かれています。

「中学時代の親友・井川道臣(吉田栄作)の訃報を受けて、久しぶりに故郷の福岡県北九州市に帰ってきた映画監督の深山晄(大杉漣)。通い詰めた映画館・小倉昭和館の館主を務めている後輩の山口淳子(藤吉久美子)と街の行く末を語り、溝のできていた母親(佐々木すみ江)と和解する中、道臣が歩んだ波瀾万丈な人生を知る。改めて彼の存在の大きさを感じた晄は、その生きざまを映画にしようと脚本の執筆に取りかかる」

「グッバイエレジー」を観て、まず痛切に感じたのは、主人公の深山晄は心臓を病んでいる設定だったのに、それを演じた大杉漣が実際に心不全で亡くなったという虚しさでした。それから、観終わったときの率直な感想は、「大杉漣は生きている!」ということでした。スクリーンの中の彼はあまりにも生々しかったです。生命感に満ちていました。でも、本人は2月21日に亡くなっているわけです。わたしたちは、いわば死者の姿を見ているのですが、「グッバイエレジー」の中の大杉漣は永遠に生き続けます。


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   『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)


 映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があるのではないでしょうか。映画と写真という2つのメディアを比較してみましょう。写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。それは、わが子の運動会を必死でデジタルビデオで撮影する親たちの姿を見てもよくわかります。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。そのようなことを拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)に書きました。


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   『唯葬論』(サンガ文庫)


 映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきました。時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在していない死者に会うという大きな目的があるように思います。拙著『唯葬論』(サンガ文庫)でも述べましたが、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると、わたしは考えています。
 そして、映画そのものが「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思っています。そう、映画を観れば、わたしは大好きなヴィヴィアン・リーやオードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーにだって、三船敏郎や高倉健や菅原文太にだって会えるのです。 そして、「グッバイエレジー」を観れば、いつでも大杉漣に会えます。


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   小倉昭和館の前で


 古代の宗教儀式は洞窟の中で生まれたという説があります。
 洞窟も映画館も暗闇の世界です。暗闇の世界の中に入っていくためにはオープニング・ロゴという儀式、そして暗闇から出て現実世界に戻るにはエンドロールという儀式が必要とされるのかもしれません。そして、映画館という洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです。

 闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為にほかならないのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。わたし自身、映画館で映画を観るたびに、死ぬのが怖くなくなる感覚を得るのですが、それもそのはずです。わたしは、映画館を訪れるたびに死者となっているのですから......。
「グッバイエレジー」そのものが死を覚悟した男が人生を修める物語ですが、それを映画館という暗闇の中で観ることによって、観客はさらに死を乗り越えていく心境となります。

「グッバイエレジー」の舞台は北九州市です。
 わたしの知っている飲食店もたくさん登場して、楽しめました。しかし、ちょっと登場人物がみな方言過剰で、語尾の「ちっ」とか「ちゃっ」とかを言い過ぎるのではと思いました。また、登場人物がやたらと「小倉の男」とか「門司の男」などと粋がるのも違和感を覚えましたし、さらには北九州には今でもわかりやすいヤクザがいるかのごとき描写には異議を唱えたくなりました。ですが、総じて北九州の良きPR映画であったと思います。日本映画の往年の名作である「花と竜」へのオマージュも強く感じられました。「花と竜」の主人公の玉井金五郎のお孫さんまで映画に登場し、大杉漣演じる深山晄が玉井組の法被まで着たのには驚きましたが......。なによりも、吉田栄作演じる道臣には玉井金五郎の面影がありました。

 オマージュといえば、「グッバイエレジー」には往年の名アクションスターである赤木圭一郎への想いを強く感じました。なにしろ、吉田栄作が演じる道臣は「トニー」こと赤木圭一郎の大ファンという設定で、初めて生まれた自分の息子に「圭一郎」と命名するぐらいなのです。「グッバイエレジー」に出てくる道臣の喧嘩シーンがまた素晴らしく、ここ最近の日本映画では見られないような迫真の演技でした。もし、日本アカデミー賞に「優秀喧嘩シーン賞」というものがあれば、受賞できたのではないでしょうか。三村監督が日活アクション映画を深く愛していることがよくわかりました。


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   「毎日新聞」2013年6月28日朝刊


 ブログ「映画都市の楽しみ」で紹介したように、北九州市は日本を代表する映画都市です。同市を含む福岡県は人口100万人当たりの映画館数が全国1位だとか。総務省統計局による社会生活統計指標(2009年度)では、人口100万人当たりの常設映画館数は、1位の福岡県が36・4館、2位の熊本県が32・0館、3位には東京都と広島県が24・1館で並んでいます。


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   「小倉昭和館」の外観


 単純に映画館の数だけをカウントすれば、東京が全国1位です。しかし、近年はスクリーンが複数あるシネコンが増えており、一概に映画館の数だけでは実態を把握できません。北九州市における映画館数は5館で、スクリーン数は38となっています。そのほとんどはシネコンですが、名画といえば、小倉には究極の名画座があります。もうすぐ創業80周年となる「小倉昭和館」です。

 小倉昭和館は、ブログ『キネマの神様』で紹介した原田マハの名作小説に登場するような通好みの渋い映画館です。かの松本清張もよく通ったそうです。「グッバイエレジー」では、小倉昭和館の館主を藤吉久美子が演じていました。彼女は最近、不倫騒動で騒がれましたが、50代後半とは思えない妖しい色気が漂っていますね。わたしも、けっこう好きな女優さんです。

 北九州市は映画の鑑賞環境が優れているだけではありません。 北九州フィルムコミッションの活躍でコミッションの活躍で、多くの日本映画の撮影ロケ地となっています。高倉健主演の「あなたへ」、「終の信託」、「ロボジー」、「K-20怪人二十面相・伝」、北九州市立図書館と北九州市立美術館を舞台とした「図書館戦争」、そして旦過市場で撮影された宮崎あおい主演の「初恋」など、北九州から生まれた映画を数えあげればキリがありません。「グッバイエレジー」はその北九州生まれの映画の代表作と言えるかもしれません。

 映画とは非日常の世界を創造する「夢」のシンボルです。その多くの「夢」が北九州で紡がれているとは、なんと素敵なことでしょうか。今後も、さまざまな名作が北九州から誕生していくことでしょう。そして、わたしは北九州の映画館に通うことでしょう。ご近所感覚の映画館で日常の憂さを忘れ、ひとときの「夢」の世界に浸ることを無上の楽しみにしています。


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   「大杉漣さんを偲ぶ特別上映会」のチラシ


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   小倉昭和館の記帳コーナー


 20日の小倉昭和館での「大杉漣さんを偲ぶ特別上映会」では、故人への想いを綴る記帳コーナーが設けられ、観客全員で献杯も行いました。さらには「グッバイエレジー」の2回の上映をはさんで、三村順一監督の挨拶もありました。ブログ「映画監督の来社」で紹介したように、昨年の10月6日、サンレー本社に三村監督が来られました。三村監督は北九州市小倉のご出身で、一連の石原裕次郎主演映画や「キタキツネ物語」「南極物語」などで知られる映画監督の蔵原惟繕に師事された方です。


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   三村順一監督と


 昨年、サンレー本社に三村監督がお越しになられたのは、再び北九州小倉を舞台にした映画「君は一人ぼっちじゃない」についての打ち合わせでした。「無法松の一生」の現代版ともいえる作品ですが、車夫の「市五郎」を伊原剛志さんが演じる他、財前直見さんや笛木優子さんなどの出演が決まっています。これは、わたしも「小倉の男」として血が騒ぎますね!

 わたしが住む北九州は、今では「映画の街」であると言いました。その北九州の二大物語(ソフト)といえば、なんといっても「花と竜」と「無法松の一生」です。「グッバイエレジー」は「花と竜」へのオマージュであると思います。吉田栄作演じる道臣は「花の竜」の玉井金五郎のようでした。そして、次回作「君は一人ぼっちじゃない」は「無法松の一生」へのオマージュです。


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   「君は一人ぼっちじゃない」の台本(準備稿)


「君は一人ぼっちじゃない」のラスト近くには市五郎の感動的な葬儀のシーンがあるのですが、それを小倉紫雲閣の「月の広場」で撮影することを検討しました。わたしとしては、ぜひ「禮鐘の儀」のシーンを入れていただきたいです。また、松柏園ホテルでの撮影も実現するかもしれません。実現すれば、社員全員で映画を観たいと思います。また、多くの互助会の会員様にも鑑賞していただける仕組みを考えたいですね。