No.379


 映画「ヘレディタリー/継承」を観ました。話題のホラー映画で早く観たかったのですが、北九州では上映されておらず、東京でも観る時間がないため、やむなく、キャナルシティ博多内のシネコン「キャナルシティ13」で鑑賞しました。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「家長の死後、遺された家族が想像を超えた恐怖に襲われるホラー。主演は『リトル・ミス・サンシャイン』などのトニ・コレット。ドラマシリーズ『イン・トリートメント』などのガブリエル・バーン、『ライ麦畑で出会ったら』などのアレックス・ウォルフらが共演。監督・脚本は、ショートフィルムなどを手掛けてきたアリ・アスター。『ムーンライト』『レディ・バード』などで知られる映画スタジオA24が製作している」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある日、グラハム家の家長エレンがこの世を去る。娘のアニーは、母に複雑な感情を抱きつつも、残された家族と一緒に葬儀を行う。エレンが亡くなった悲しみを乗り越えようとするグラハム家では、不思議な光が部屋を走ったり、暗闇に誰かの気配がしたりするなど不可解な現象が起こる」

 ネットの評価がそれほど高くなかったのですが、この映画、傑作でした。最後の最後にトラウマ級のスプラッター・シーンが登場しますが、基本的には物語が静かに進行していくので大衆受けはしないかもしれませんね。でも、わたしのような年季の入ったホラー映画マニアからすると、この映画はものすごく怖いです。原作なしのオリジナル作品だそうですが、脚本が圧倒的に素晴らしいです。

 画面に出てくるだけで怖い怪優もいますし、登場人物すべてが不気味とも言えます。主人公のアニーの仕事であるミニチュア制作の作業も作品も不気味です。家の内装も不気味です。あらゆる「不気味」がボディブローのように観客の心にジワジワ効いてくるのですが、最後にはカタルシスを得られるほどの巨大な恐怖が待っています。これだけ、インパクトのある恐怖をきちんと与えてくれると快感すらおぼえてしまいます。

「ヘレディタリー/継承」の冒頭には、グラハム家の家長である老女エレンの葬儀の場面があります。予告編の印象から、わたしはエレンが魔女か何かで、その血統を孫娘が受け継ぐ話かなと思っていたのですが、その予想は完全に裏切られました。「継承」には、もっと深い意味があったのです。ちなみに、わたしは日常的に「継承」という言葉を使っています。一般社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の副会長として儀式継創委員会を担当しているのですが、儀式継創というのは儀式の「継承」と「創新」という意味なのです。
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儀式論』(弘文堂)


「ヘレディタリー/継承」には葬儀の他にも、さまざまな儀式が登場します。それは死者と会話する「降霊儀式」であったり、地獄の王を目覚めさせる「悪魔召喚儀式」であったりするのですが、『儀式論』(弘文堂)を書いた「儀式バカ一代」を自認するわたしとしては、これらの闇の儀式を非常に興味深く感じました。そのディテールに至るまで、じつによく描けています。一条真也の映画館「来る」で紹介した日本映画は和製儀式映画でしたが、「ヘレディタリー/継承」は西洋儀式映画と言えるかもしれません。

 そう、この「ヘレディタリー/継承」は、悪魔崇拝というテーマを背景にしています。その意味では「ローズマリーの赤ちゃん」「エクソシスト」「オーメン」などの一連のオカルト映画の系譜上にあると言えます。全篇を覆う不気味な雰囲気と悪魔主義者たちの登場という点では、「ローズマリーの赤ちゃん」に最も近いでしょう。
 悪魔はキリスト教圏で非常に恐れられています。文化的に悪魔になじみのない日本では、それほど怖がられません。そのあたりにも、「ヘレディタリー/継承」のネットでの低評価の一因があるのかもしれません。
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中学時代に愛読した『黒魔団』


 わたしは、昔から西洋の悪魔崇拝には興味がありました。オカルト大好き少年だったのです。中学生のとき、国書刊行会から出ていた「ドラキュラ叢書」という怪奇小説のシリーズを愛読していたのですが、その第1巻がまさに悪魔崇拝をテーマにした『黒魔団』(デニス・ホイートリ著、平井呈一訳)でした。その後、同じ国書刊行会から出た『デニス・ホイートリ黒魔術小説傑作選』の第1巻も『黒魔団』です。わたしはこの小説が大好きで、もう10回ぐらい読みました。

 デニス・ホイートリは「現代イギリスのデュマ」と呼ばれた希代のストーリーテラーで、サスペンスとミステリーと魔術に満ちたスーパーエンタテイメントの作家でした。その妖しい世界の虜になったわたしは、『デニス・ホイートリ黒魔術小説傑作選』全7巻も読破しました。代表作『黒魔団』の原題は"The Devil Rides Out"といって、1968年に映画化もされています。主演は、ドラキュラ俳優として有名なクリストファー・リーです。DVDでも発売されており、こちらも10回くらい観ました。

 ところで、わたしは今春から上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任しました。上智といえば日本におけるカトリックの総本山です。カトリックの文化の中でも、わたしは、エクソシズム(悪魔祓い)に強い関心を抱いています。「エクソシズム」という言葉を日本人が知ったのは、何といっても映画「エクソシスト」(1973年)が公開されてからでしょう。この映画はホラー映画の歴史そのものを変えたとされています。わたしがオカルトに関心を抱き、ホラー作品を好むようになったのも、この映画の影響が大きいと思います。あとは、藤子不二雄A『魔太郎がくる』、つのだじろう『恐怖新聞』『うしろの百太郎』の影響ですね。

 なぜ、わたしが悪魔祓いなどに強い関心を抱いたのかというと、エクソシズムとグリーフケアの間には多くの共通点があると考えているからです。エクソシズムは憑依された人間から「魔」を除去することですが、グリーフケアは悲嘆の淵にある人間から「悲」を除去すること。両者とも非常に似た構造を持つ儀式といえるのです。
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『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)


 じつは「ヘレディタリー/継承」には、愛する人を亡くした人たちによるグリーフケアの自助グループが登場します。彼らは定期的に集まり、自身の悲嘆経験を語ってゆくのですが、その活動が次第にオカルトの世界に流れてゆくさまがショッキングでした。「もう一度、亡くなった人に再会したい」と願っている人の前に、死者と交流できるという霊能者が現れたらどうなるでしょうか。わたしもグリーフケアの自助グループを支援していますが、この問題はくれぐれも注意しなければなりません。

 次に「大嘗祭」について。来年4月いっぱいで、平成は終わります。その後、「大嘗祭」という儀式によって新天皇が誕生します(最近、この大嘗祭についていろいろと異議を唱える方がいるので困ったものですが)。この神道の秘儀である大嘗祭と、キリスト教の秘儀であるエクソシズムは正反対の構造をしています。大嘗祭とは「聖」を付着させること、エクソシズムとは「魔」を除去することだからです。

 しかし、ネタバレにならないように注意しながら書くと、この「ヘレディタリー/継承」のラストには、なんと「魔」を付着させる儀式が登場します。大嘗祭とエクソシズムを超え、両者をアウフヘーベンしたような恐るべき儀式が登場するのです。こんな超弩級の儀式を正面から描いたホラー映画は観たことがありません。「エクソシスト」はホラー映画の流れを変えましたが、その流れの1つの到達点が「ヘレディタリー/継承」でしょう。「現代ホラーの頂点」という謳い文句は正しいと思います。観終ってからかなりの時間が経過した今になっても、わたしは興奮しています。いやはや、年末になって凄いものを観せてもらいました。
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「キャナルシティ13」の通路で見つけたポスター


 最後に、「キャナルシティ13」の通路で、とんでもない映画のポスターを目にしました。「緊急検証! THE MOVIE ネッシーvsノストラダムスvsユリ・ゲラー」という長いタイトルの映画です。CS放送ファミリー劇場で放送されているオカルトバラエティ番組「緊急検証!」の劇場版だそうです。「平成は終わる。オカルトは終わらない――」というコピーが、わたしのハートにヒットしました。

 かつては日本中で一大ブームとなりながら、現在ではいわゆるオワコン状態となっているオカルトですが、スプーン曲げのユリ・ゲラー、ノストラダムスの大予言、ネス湖の怪獣ネッシーなど、かつて大ブームを巻き起こしたオカルト案件の数々を、イギリス・ネス湖への取材敢行などスケールアップした内容で徹底検証していく内容だとか......これは観なければ!
 というわけで、ある意味でオカルト映画の最高傑作といえる「へレディタリー/継承」を観た直後に、わたしは新たな(それも、かなりイカガワシイ)オカルト映画の存在を知ってしまったのでした。
 嗚呼、オカルト中年の血が騒ぐ!!