No.397

 TOHOシネマズシャンテで映画「女王陛下のお気に入り」を観ました。一条真也の映画館「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」で紹介した映画と同じく、英国王室の歴史を描いたドラマです。第91回アカデミー賞では『ROMA/ローマ』と並び最多9部門10ノミネートを獲得し、コールマンが主演女優賞を受賞しています。こんな最旬の話題作が北九州では鑑賞できないのですから、「文化の砂漠」に住むのもなかなか辛いですな。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『ロブスター』などのヨルゴス・ランティモスが監督を務めた、18世紀初頭のイングランドを舞台にした宮廷ドラマ。病気がちな女王と幼なじみ、新入りの召使いの思惑が絡み合う。ドラマ『ナイト・マネジャー』などのオリヴィア・コールマンが主演を務める。共演は『ナイロビの蜂』などのレイチェル・ワイズ、『ラ・ラ・ランド』などのエマ・ストーン、『X-MEN』シリーズなどのニコラス・ホルトら」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「18世紀初頭のイングランドの人々は、パイナップルを食べることとアヒルレースに夢中になっていた。体の弱いアン女王(オリヴィア・コールマン)の身の回りの世話をする幼なじみのレディ・サラ(レイチェル・ワイズ)が、権力を掌握していた。ある日、宮中に新入りの召使いアビゲイル(エマ・ストーン)がやって来る。

 いやあ、オリヴィア・コールマン、レイチェル・ワイズ、エマ・ストーンの3人の名女優の競演には魅了されました。特に、わたしはレイチェル・ワイズとエマ・ストーンの2人が好きなので、彼女たちの絡みはもうたまりませんでしたね。オリヴィア・コールマンがアカデミー主演女優賞を獲得しましたが、本当は彼女だけでなく、3人同時に主演女優賞を贈りたいくらいでした。

 レイチェルは社会派ドラマの大作「ナイロビの蜂」(2005年)でアカデミー助演女優賞に輝き、エマはブログ「ラ・ラ・ランド」で紹介した2017年のミュージカル映画でアカデミー主演女優賞に輝きました。そんな実力派の2人による演技合戦はやはり見応えがありました。

 エマ・ストーン演じるアビゲイルはもともと上流階級の出身だけあって、その上昇志向の強さはハンパではありません。目的を果たすためなら、どんなことでもやる強さの持ち主なのですが、それがどんどんエスカレートするので、ちょっと怖かったです。最後はアビゲイルが「悪魔のような女」に見えてきました。「悪魔のような女」といえば、1955年のフランス映画の題名です。シモーヌ・シニョレが怖い女を演じましたが、1996年のリメイク版ではシャロン・ストーンが演じています。もう一度この映画のリメイク版が実現したら、主演はエマ・ストーンが最適だと思います。

 「女王陛下のお気に入り」の女王陛下とは、アン・スチュアート(1714年2月6日ー1714年8月1日)のことです。最後のイングランド王国・スコットランド王国君主(女王、在位:1702年4月23日ー1707年4月30日)であり、最初のグレートブリテン王国君主(女王、在位:1707年5月1日 ー1714年8月1日)、およびアイルランド女王。ステュアート朝最後の君主でもありました。わたしは、イングランド王国とスコットランド王国が対立していた時代の映画「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」を観た後に「女王陛下のお気に入り」を観たので、歴史がつながって英国史への理解が深まりました。

 アン女王は、太陽王ルイ14世が君臨するフランスやスペインとの戦争を世界各地で繰り広げました。男勝りでリーダーシップに溢れた人物に思えますが、実際は肥満が原因の痛風に悩まされていて政治活動はサボり気味だったとか。ブランデー好きであったことから、「ブランデー・ナン」の異名でも知られています。
 そんな彼女の人生は、けっして幸福ではありませんでした。1665年、ヨーク公ジェームズ(後のジェームズ2世)と最初の妃でクラレンドン伯爵エドワード・ハイドの娘アン・ハイドの次女として生まれた彼女は、1683年にデンマーク・ノルウェー王フレデリク3世の次男でクリスティアン5世の弟ヨウエン(ジョージ)と結婚しました。
f:id:shins2m:20131003145013j:image
愛する人を亡くした人へ』(現代書林)



 ジョージとアンとの夫婦仲は良く、毎年のように妊娠しました。合計17回の妊娠を経験したのですが、双子を含め6回の流産、6回の死産を経験したのです。1685年に産まれたメアリー、1686年に産まれたアン・ソフィアは2年も経たないうちに天然痘で命を落とし、1689年にハンプトン・コート宮殿でグロスター公ウィリアムを出産しましたが、この待望の男児も生来の水頭症がたたり、11歳の時に猩紅熱で命を落としました。1690年に産まれた女児、1692年に産まれた男児もそれぞれ生後数時間で死亡しています。不幸な出産の原因は、現在では抗リン脂質抗体症候群(APS)を患っていたためとされている。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)に書いたように、わが子を亡くした母親の悲しみは10年続くといいますが、そんな悲嘆を17回も経験したアンの心中は察して余りあります。
f:id:shins2m:20190319184645p:plain
三五館の倒産で17人の「わが子」を失いました



 その悲しみを癒すために、アンはウサギを自室で飼いました。失った17人の子どもたちを偲んで、17羽のウサギを愛したのです。わたしもかってウサギを飼っていたので、女王がウサギたちを可愛がるシーンを微笑ましく感じましたが、17という数字が印象的でした。というのも、ブログ「よみがえる三五館の一条本」に書いたように、わたしの作家としてのホームグラウンドであった出版社の三五館が2017年10月5日に倒産しました。同社からわたしは18冊の著書を上梓していましたが、版元が倒産した瞬間にすべて絶版となりました。その直後、『唯葬論』だけはサンガから文庫化されましたが、残る17冊は闇に葬られたのです。作家にとって、著書というのはわが子も同然です。17人の子どもを失ったわたしは深い喪失感を抱いていたのですが、このたび、「出版界の青年将校」こと中野長武さんが起業した三五館シンシャによって、アマゾンのオンデマンドとして甦ることになったのです。それで、アンが失った子の数と、わたしの失った著書の数がともに「17」であったことに深い感慨をおぼえた次第です。

 さて、「女王陛下のお気に入り」は、英国版「大奥」のような作品でした。女王の寵愛を得ようとして、サラもアビゲイルもともに性的な奉仕をします。「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」にもセクシャルな場面が登場しましたが、男色のシーンもありました。「女王陛下のお気に入り」では、女性同士が愛し合うシーンが出てきます。男同士にしろ、女同士にしろ、LGBTが問題となるずっと昔から、性を超えた愛の営みが行われていたのですね。わたしは、そのことを興味深く感じました。

「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」と同じく、「女王陛下のお気に入り」の衣装も素晴らしかったです。もともと純白のウエディング・ドレスは英国王室から誕生したものですが、スクリーン上の宮廷衣装の数々を見るのは、ブライダル関係者にとって勉強になります。もっとも、この映画は18世紀の英国の宮廷で実際に起きたこうした事件をベースにした歴史劇ではありますが、ストーリー展開や登場人物のコスチュームは時代考証を意図的に無視しているそうです。ですので、映画の中の衣装は18世紀のデザインというわけではありません。

「女王陛下のお気に入り」の撮影方法も凝っています。こういった歴史劇では通常用いられない超広角やスーパースローを多用しており、その映像は新鮮です。この手法は、ふつう戦争映画などでよく使われます。ヨルゴス・ランティモス監督の撮影方法について、映画評論家の長谷川町蔵氏は「ランティモスは、戦場から遠く離れた宮廷も人間と人間がぶつかり合う"戦場"だったことを示そうとしているのかもしれない」と述べていますが、わたしも同感です。いずれにしても、このギリシャの鬼才監督が才能豊かであることは間違いありません。次回作が楽しみですね!

 最後に、「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」のメアリー・スチュアート、エリザベス1世、「女王陛下のお気に入り」のアン・スチュアートをはじめ、偉大なる英国に君臨した女王たちがみんな不幸な人生を送ったように見えるのが気になります。米国大統領選でドナルド・トランプに敗れたヒラリー・クリントンが「ガラスの天井」と呼んだ見えない女性リーダーを妨害するシステムが、いつの時代でも、どこの国にも働いているのでしょうか。2人の娘を持つ父親であるわたしとしては、女性のリーダーが続々と誕生する時代の到来を心から願っています。改元まで、あと42日です。
f:id:shins2m:20190319140150j:plain
英国女王の映画が併映されていました