No.415


 18日の夜、シネスイッチ銀座で映画「アマンダと僕」を観ました。この映画を京都で観たという上智大学グリーフケア研究所特任教授の鎌田東二先生から薦めていただいたのですが、北九州では上映しておらず、東京で観ることにしました。ちょうど、上智大学を訪問して、グリーフケア研究所所長の島薗進先生にお会いした直後の鑑賞でした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「第31回東京国際映画祭の東京グランプリと最優秀脚本賞を受賞したドラマ。主人公が姉の死によって人生を狂わされながらも、残されためいを世話しながら自らを取り戻す。監督は、プロデューサーとしても活動してきたミカエル・アース。『ヒポクラテス』などのヴァンサン・ラコスト、『グッバイ・ゴダール!』などのステイシー・マーティンらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)は、レナ(ステイシー・マーティン)という恋人ができ、穏やかな毎日を過ごしていた。ある日、姉が事件に巻き込まれ、亡くなってしまう。ダヴィッドは残された7歳のめい、アマンダ(イゾール・ミュルトリエ)の世話をすることになる。悲しみの中、困惑するダヴィッドと母の死を受け入れられないアマンダの共同生活が始まる」

 久々に観たフランス映画でしたが、フランス語の響きが非常に耳に心地良かったです。まるで音楽のように聴こえました。ヴァンサン・ラコスト演じるダヴィッドも、オフェリア・コルブ演じるサンドリーヌも、生粋のパリっ子という感じで洒落ていました。姉弟が自転車でパリの街を走るシーンも良かったです。「トニー・カマターニュ・パリス」というフランス名(?)を持ち、セーヌ川が大好きな鎌田先生も「アマンダと僕」を観て、きっとパリの香りを満喫されたことでしょう。

 ダヴィッドとレナ(ステイシー・マーティン)の恋愛も、まるで思春期同士のような初々しさで、とても爽やかでした。そう、初恋を思わせるような二人の交際でした。不幸にもレナが右腕が使えなくなってからも、ダヴィッドはなんとか彼女を支えようとする気持ちが伝わってきて、切なくなりました。田舎にあるレナの実家に訪ねていくシーンも、ダヴィッドの誠実さを感じました。

 そして、なんといっても、この映画は子役イゾール・ミュルトリエの名演技に尽きます。映画の公式HPを見ると、「ミカエル・アース監督に見いだされ、本作でスクリーンデ ビューを果たした奇跡の新星。監督自ら、体育教室から出てきたイゾールに声をかけ、オーディションのチラシを渡した ことがきっかけだった」とあります。母親を亡くした少女の悲しみを見事に演じていました。わたしも日々、多くの愛する人を亡くした人たちにお会いしますが、お母さんを失った幼いお子さんの姿には、今でも涙します。

20131003145013.jpg愛する人を亡くした人へ』(現代書林)

 拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)は、おかげさまで刊行以来、多くの方々に読まれてきましたが、同書の「愛する人を亡くすということ」で、こう書きました。
「あなたは、いま、この宇宙の中で一人ぼっちになってしまったような孤独感と絶望感を感じているかもしれません。誰にもあなたの姿は見えず、あなたの声は聞こえない。亡くなった人と同じように、あなたの存在もこの世から消えてなくなったのでしょうか。フランスには『別れは小さな死』ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすと言われています。もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生においても、一番苦しい試練とされるのが、あなた自身の死に直面することであり、あなたの愛する人を亡くすことなのです。」

 そのような人生で一番苦しい試練を幼い子どもが経験するとは、なんという悲しいことでしょうか。しかし考えてみれば、戦時中はそのような悲劇は珍しくありませんでした。スタジオ・ジブリの名作アニメ「火垂るの墓」に登場する節子も、幼くして両親を亡くしています。亡き母の供養のために、蛍の死骸を集めて埋葬する節子の姿は涙なしには観れません。アマンダの母であるサンドリーヌは戦争ではなく、テロが原因で命を落としました。戦争、テロ以外にも災害、事故、病気......さまざまな理由で、孤児は生まれていきます。

 一方、姉を失ったダヴィッドは、姪のアマンダを引き取るのかと友人に問われたとき、「子育てなんて心の準備ができていないし、頼る人もいない」と泣き出します。彼も心の整理ができていないのです。「映画.com」で、映画評論家の矢崎由紀子氏は、「親を亡くした子どもと、その保護者になった人物との触れ合いを題材にした映画には、佳作が多い。喪失を抱えた子どもと、子育てに不安を抱えた保護者が、距離を縮めながら互いに成長していく物語は、心の琴線に触れるヒューマンドラマの王道を行く。そのうえで、『マーサの幸せレシピ』は保護者が料理人、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は保護者が凄絶な過去の持ち主、『gifted ギフテッド』は子どもが天才、『うさぎドロップ』は子どもが祖父の隠し子と、多種多様な味つけがされている。『アマンダと僕』の場合は、保護者のダヴィッド(バンサン・ラコスト)が、人生の方向が定まらない24歳の若者であるところに特徴がある」と述べています。

「アマンダと僕」を観て、わたしは昔好きだったあるドラマを思い出しました。「パパと呼ばないで」というホームドラマで、1972年10月4日から1973年9月19日まで、日本テレビ系列で放送されました。独身男の安武右京(石立鉄男)が亡くなった姉・豊子の子、橋本千春(杉田かおる)を引き取り、東京都中央区佃の米屋・井上精米店の2階に下宿を始めます。子どもの扱いがわからず、とまどう安武でしたが、次第に情が通い、千春はかけがえのない存在になっていくのでした。幼い姪のことを「チー坊」と呼ぶ右京は28歳でしたが、その姿が24歳のダヴィッドと重なりました。2人に共通しているのは、周囲に心ある隣人たちがいて、独身男の子育てを応援してくれることです。「パパと呼ばないで」では、大坂志郎、三崎千恵子、松尾嘉代、有吉ひとみ、小林文彦、花沢徳衛、富士真奈美(のちの冨士眞奈美)といった往年の名優たちが右京と千春の隣人を演じていました。彼らは千春のことを「チーちゃん」と呼んで、かわいがります。あの頃の杉田かおるは可愛かったなあ!

 最初は亡き母を恋しがって泣いてばかりで心を閉ざしていた千春も、いつしか右京に心を許して「パパ」と呼ぶようになります。アマンダはダヴィッドのことを「パパ」と呼ぶのでしょうか。「アマンダと僕」には、そのシーンは登場しませんが、ラストでアマンダとダヴィッドは自転車に乗り、笑顔で川沿いの道を駆け抜けます。それは、かつてサンドリーヌとダヴィッドの姉弟が自転車で競争したシーンを彷彿とさせました。7歳の少女であるアマンダもあと10年もすれば、美しい娘に成長するでしょう。そして、いつかは花嫁としてウエディングドレスに身を包むかもしれません。そのとき、アマンダの養父であるダヴィッドは何を思うのか。そんなことを考えていたら、また涙腺が緩んできました。素晴らしい映画を紹介して下さった鎌田先生に感謝いたします。
 Tonyさん、人生は「ボンジュール」と「オルボワール」の連続ですね!