No.464


 新型コロナウイルスの猛威が衰えません。世界での感染者が200万人、死者は15万人を超えました。日本国内でも感染者が1万人を超え、緊急事態宣言が全国に拡大されました。映画館は休業で、新作映画がまったく鑑賞できません。そこで最近、ウイルス感染をテーマにしたSF映画をDVDでまとめて観ましたが、玉石混交の作品群の中で日本映画の「復活の日」(1980年)、ハリウッド映画の「アウトブレイク」(1995年)、「コンテイジョン」(2011年)の3本が秀逸でした。まずは、最も新しい作品である「コンテイジョン」からご紹介します。新型コロナウイルスを予言していた内容として、大きな注目を浴びています。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『オーシャンズ』シリーズや『トラフィック』のスティーヴン・ソダーバーグ監督が、地球全体を恐怖に陥れるウィルスの恐怖を豪華俳優陣で描くサスペンス大作。接触によって感染する強力な新種のウイルスが世界各地に拡大していく中で、社会が混乱し人々が異常なパニック状態に陥っていく様子を映し出す。キャストには、マリオン・コティヤールやマット・デイモン、ケイト・ウィンスレットなど実力派スターが集結。ソダーバーグ監督だけに、一筋縄ではいかないパニック・ムービーに仕上がっている」

 ヤフー映画の「あらすじ」は以下の通りです。
「ミッチ(マット・デイモン)の妻・ベス(グウィネス・パルトロー)は、香港への出張後にシカゴで元恋人と密会していたが、せきと熱の症状が出始める。同じころ香港、ロンドン、東京で似たような症状で亡くなる人が続出。フリージャーナリストのアラン(ジュード・ロウ)は、伝染病ではないかと考え始め・・・・・・」

「コンテイジョン(CONTAGION)」とは「感染」という意味です。中国の武漢から始まったとされる新型コロナウイルスの感染拡大は「パンデミック」(感染の世界的大流行)にまで発展したわけですが、日に日に悪化していく状況の中で、「まるで映画のような展開だ」と思っている方は多いでしょう。まさに、そこでイメージされるパンデミック映画がこの「コンテイジョン」です。この映画を観れば、誰でも「現在のコロナ騒動を的確に予言している」ことに驚くでしょう。そして、ウイルスや感染症についての基本的な知識がコンパクトに得られます。ドラマの形でインプットすると、テレビのニュース番組の解説などよりもずっと理解しやすいです。感染経路の追跡も非常にわかりやすい。しかも、ご丁寧なことに、「コンテイジョン」のDVDには「解説:ウイルス感染の仕組み」という特典まで付いています。

 この映画、2010年2月に企画が発表され、「リプリー」(1999年)以来となるマット・デイモンとジュード・ロウの共演が明らかになりました。同月、ケイト・ウィンスレットとマリオン・コティヤールの出演が決まり、ハリウッドを代表する四大スターの共演が実現しました。しかし、この映画の主役はウイルスです。製作者たちはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)や他の感染症の専門家から情報や助言を得たといいます。その内容は本当に、新型コロナウイルスの感染拡大の状況に酷似しています。スーパーでの買占め、外出自粛、市民の暴徒化・・・・・・感染拡大の恐怖をリアルに描いています。学習効果のある映画なので、Netflixでも鑑賞できますが、どこかの民放で放映されれば多くの人の目に触れていいと思います。現在やたらと流れている下らないバラエティやお笑い番組などより、この映画こそ「いま放映すべき」でしょう。

 現在、新型コロナウイルスが人類社会を脅かしているわけですが、わたしは、ウイルスは愛に似ていると思います。奇妙なことを言うようですが、ウイルスも愛も目に見えないという共通点を持っています。一条真也の読書館『星の王子さま』で紹介した不朽のファンタジーで、フランスの作家サン=テグジュペリは「大切なものは目には見えない」と書きました。そこで彼が言いたかった「大切なもの」とは、ずばり「愛」のことでしょう。愛も目に見えませんが、ウイルスも目に見えません。目に見えない「愛」ですが、「かたち」として可視化することはできます。たとえば、ハグやキスやセックスです。また、結婚式や葬儀といった儀式です。
 それらの愛が「かたち」にするものをウイルスは無化することができます。ウイルスは、愛する者同士にハグをさせません。恋人同士にキスもセックスもさせません。
 そして、ブログ「儀式を消すウイルス」に書いたように、結婚式や葬儀といった大切な儀式を消し去ってしまいます。この映画では、土葬すらできず、クリスチャンでありながら火葬せざるをえないというシーンも登場します。ネアンデルタール人以来の埋葬という文化さえ、ウイルスは殺してしまうのです。まさに「目に見えないもの」の正のメタファーが愛なら、負のメタファーがウイルスなのです。
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「サンデー毎日」2017年11月19日号



 この「コンテイジョン」という映画、グウィネス・パルトロウ扮する香港出張帰りのベス・エムホフというキャリアウーマンが冒頭いきなり発症し、病院で無残に開頭される驚愕のシーンが登場します。このべス、ミッチ・エムホフ(マット・デイモン)という夫に娘と息子がいましたが、出張先で元恋人と不倫をします。普通はあまりSF映画には使われない不倫という設定がこの映画に物語としての深みを与えていると言えますが、彼女にはウイルス感染による死という「罰」が待っていました。ここに、わたしは「愛」と「ウイルス」が交錯したダブル・メタファーを感じます。ベスの夫ミッチは容態が急変した妻を慌てて病院に運びますが、ベスは死因不明で病死してしまいます。医師から妻の死を説明されてもまったく現実を認識できない夫が、「で、いつ妻に会えるんです?」と医師に聞き返すシーンが生々しく、大きなグリーフを感じさせました。わたしの専門であるグリーフケアも愛と不可分の関係にあります。愛のないところにはグリーフケアなど必要ないからです。

 スティーブン・ソダーバーグ監督の恐怖の演出は見事です。ウイルスが「見えない」からこそ怖いことを熟知しています。感染拡大の世界的な進行状況を「発生×日目」というテロップ付きでシミュレートしていきますが、まるでドキュメンタリーを観ているかのようなリアリズムがあります。また、恐怖を引き起こす原因として、噂、テレビ、インターネットを取り上げていますが、特にジュード・ロウが演じるアラン・クラムウィディというブロガーの存在が重要な役割を果たします。陰謀論者である彼のブログにはなんと1200万人もの読者がいるのですが、その記事の中には、レンギョウに由来するホメオパシーにより自身の感染が治ったと主張するものがありました。人々はレンギョウを求めて薬局に殺到し、アランは巨額の富を得ます。このエピソードなど、今回の新型コロナ騒動でも起きそうな話です。
 また、製薬会社と癒着していたとして、WHO(世界保健機関)を批判的に描いています。このたび、中国との癒着を理由にWHOへの支援を打ち切ることを表明したトランプ大統領も、この映画を観ていたのかもしれませんね。

 さて、アトランタではDHS(国土安全保障省)の職員らがCDC(疾病予防管理センター)のローレンス・フィッシュバーン演じるエリス・チーヴァー博士に会い、この病気がサンクスギビングの休みを狙った生物兵器によるテロではないかとの懸念を伝えます。CDCでは、ジェニファー・イーリー演じるアリー・ヘクストールが、ウイルスがブタ由来の遺伝物質とコウモリウイルスの合成物であることを突き止めます。しかし、治療の研究は行き詰まります。研究者らが新たにMEV-1(新型コロナの場合は、COVIDー19)として同定されたそのウイルスにはどの培地が適しているかが解明されないからでした。エリオット・グールド演じるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のイアン・サッスマン博士はサンプルを破棄するようにとの指示に従わず、コウモリの細胞を使う有効な培地を見つけます。このあたり、武漢のウイルス研究所を連想したのは、わたしだけでしょうか?

 米FOXニュースは15日、複数の情報筋の話として、新型コロナウイルスは中国・武漢にあるウイルス研究所の所員から外部に拡散したとする見方を報じました。もっとも、生物兵器として開発していたのではなく、中国のウイルス研究が米国と同等以上だと示すための取り組みだったといいます。米政府内には懐疑的な意見もあり、調査を継続しているといいます。報道によると、情報筋は、所員が研究用のコウモリから新型ウイルスに感染したのが端緒となり、外部の人に広がった可能性があるとしています。中国当局は武漢を中心に感染が広がり始めた当時、野生動物を扱う武漢の海鮮市場で働く人に感染者が多いと発表しましたが、情報筋は「研究所から責任をそらすため」の中国による情報操作の一環だと話したというのです。トランプ大統領は18日の記者会見で、「中国政府に故意の責任があれば、(相応の)結果を招く」と警告しました。さらには、2008年にノーベル生理学医学賞を受賞したフランスのリュック・モンタニエ 博士が、新型コロナウイルスは人工的に作られたものだと発言し、大きな関心を呼んでいます。今後の行方に注目したいです。

 弱毒化ウイルスを使用して、アリーは有望なワクチンを見つけます。感染患者からの同意を得る手間を省こうと、アリーは自身にその開発中のワクチンを注射して、感染患者である父親を見舞います。彼女はMEV-1に感染せず、ワクチンは有効であるとされます。CDCはワクチン接種の順番を誕生日による抽選とするのですが、この時点で、全米では250万人、全世界では2600万人が死亡していました。「コンテイジョン」が優れたウイルス学習映画であることはすでに述べましたが、とても重要なことを学びました。それは、ウイルスの感染拡大は、ワクチンが開発されるまでは終息しないということです。そして、ワクチンが開発されたとしても、それを実用化するまでにはさらに1年の時間を要するということ。ということは、新型コロナの場合は未だにワクチンさえ開発されていないわけですから、終息までにどれぐらいの時間がかかるのか。少なくとも1年や2年ではとても無理です。現在のような外出自粛や休業が続くのもショックですが、来年7月に開催予定の東京オリンピックなど絶対に不可能であることがよくわかりました。
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「西日本新聞」2020年4月7日朝刊



 最後に、まだ妻との結婚披露宴を挙げていないエリス博士が「そのうち、みんなが集まれるようになったら、披露宴を開きたいと思うので、そのときは来てもらえますか?」と同僚に言う場面を見て、わたしは感動のあまり落涙しました。現在、結婚式や結婚披露宴を挙げることができず、延期されている方も多いと思います。でも、それらの方には、決してあきらめないでいただきたいです。そして、事態が落ち着いたら、必ずお開きいただきたいと思います。結婚式とは、目に見えない「愛」を目に見えるようにする「かたち」であり、オリンピックよりも崇高な「平和の儀式」なのですから。

  • 販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
  • 発売日:2012/09/05
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