No.468


 12日、東京都で新たに206人の新型コロナウイルス感染者が確認されました。1日あたりの感染発表で最多となった10日の243人を含め、これで4日間連続、200人を超えたことになります。感染予防および、現在は観たい上映作品がないため、しばらく映画館に行く予定はありません。でも、読者の方から映画レビューを所望されますので、コロナ禍で劇場では鑑賞できなかった映画「スケアリーストーリーズ 怖い本」をDVDで観ました。もっと怖いホラー映画を期待していたのですが、初心者向けという印象で、筋金入りのホラー好きであるわたしには物足りませんでした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『シェイプ・オブ・ウォーター』などのギレルモ・デル・トロがストーリー原案・企画・製作を務め、自身の原点ともいえる児童書シリーズを映画化したホラー。本につづられた恐ろしい物語が現実になり、若者たちを恐怖に陥れる。『ANNIE/アニー』などのゾーイ・マーガレット・コレッティをはじめ、マイケル・ガーザ、ゲイブリエル・ラッシュ、オースティン・エイブラムズらが出演。『ジェーン・ドウの解剖』などのアンドレ・ウーヴレダルがメガホンを取った」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、次の通りです。
「ハロウィンの夜。町外れの幽霊屋敷に入った高校生たちが見つけた本には、数々の怖い話がつづられていた。翌日から本を見つけた仲間が一人ずつ姿を消し、さらに本には毎夜新たな物語が書き加えられていった。主人公は消息不明の高校生たちで、そこには彼らが最も怖いものに襲われる物語が書かれていた」

 この映画、冒頭のハロウィンのシーンがグダグダして、正直かったるい思いがしました。1960年代の物語ということで、トランシーバーとか(最近、コロナ禍によって日本でも誕生した)ドライブインシアターなどが登場するシーンは興味深かったですが、高校生たちの会話などは出来損ないの「アメリカン・グラフィティ」みたいな感じで、わたし的にはアウトでした。主人公たちが幽霊屋敷に侵入してからは物語としては展開するのですが、この幽霊屋敷が暗すぎて、何が起こっているのかわからないレベルでした。映画館のスクリーンでは、もっと明瞭に見えたのでしょうか?

 原作者のギレルモ・デル・トロは、大のホラー・マニアというか、「ホラーおたく」として有名ですが、彼はこれまで多くの不思議な生き物を作ってきました。 「パンズ・ラビリンス」(2006年)の牧神パンや「ヘルボーイ ゴールデン・アーミー」(2008年)の"死の天使"、そして何といっても一条真也の映画館「シェイプ・オブ・ウォーター」で紹介した映画の半魚人などが代表的です。デル・トロはもともとラヴクラフトのクトゥルフ神話を愛読し、「フランケンシュタイン」や「吸血鬼ドラキュラ」などの古典的なモンスターに魅せられてきました。彼の住処は「荒涼館」と呼ばれ、そこには古今東西、奇妙奇天烈なモンスターたちが蒐集されています。

「荒涼館」の全貌は『ギレルモ・デル・トロの怪物の館 映画・創作ノート・コレクショレクションの内なる世界』ブリット・サルヴェセン&ジム・シェデン著、阿部清美訳(DU BOOKS)で知ることができますが、デル・トロの怪物への愛情がハンパではないことがよくわかります。これまでデル・トロは多くのモンスターやクリーチャーを創造してきました。その個性的なデザインは、特殊効果の神様レイ・ハリーハウゼンや、デル・トロの師匠でメイクアップ界の巨匠であるディック・スミスの強い影響を受けています。

 それだけに、彼の恐怖の対象は造形に焦点が合っているようで、「スケアリーストーリーズ 怖い本」という映画、ちょっとモンスターを見せすぎで、逆に怖くなくなっています。しかも、どれもがコミックのキャラみたい。「青白い女」をはじめ、みんな造形的にはクリエイティブなのでしょうが、姿が丸見えだと子ども騙しという感じになってきます。本当は、日本の心霊ホラー映画のように、なかなか恐怖の主役が姿を見せない方が、観客の想像力を刺激して怖いです。

 ただし、この映画でなかなか姿を見せない唯一の存在がいます。それは、『怖い本』の作者であるサラ・ベローズという女性の幽霊です。彼女は非業の死を遂げたのですが、ストーリーが進むにつれて、彼女の無念や怨念が明らかになっていきます。それは観客も同情してしまうほどの悲惨な話で、このへんはJホラーの名作とされる「リング」の貞子に通じるものがあると思いました。最後に、主人公の女子高生ステラがサラの霊を諭すシーンは供養の本質を衝いているというか、非常に仏教的であると思いました。

「スケアリーストーリーズ 怖い本」は、ハロウィンの夜に高校生たちが幽霊屋敷で古い本を見つけ、そこに記された呪いの予言が次々に実現し、そこに書かれた人間に恐怖が襲い掛かる物語です。「かかしのハロルド」「大きな足の指」「赤い点」「ミィタイ ドゥティ ウォカァ」「幽霊屋敷」の5つの物語が登場するのですが、まるでフジテレビの「世にも奇妙な物語」(11日に放映された「'20 夏の特別編」の4本はどれも傑作揃いで、面白かったですが)みたいなショートストーリーばかりでした。

「スケアリーストーリーズ 怖い本」の冒頭には、「物語は人を癒し、人を傷つける」「繰り返し語られると、それは現実になる」「我々を形作る力が物語にはある」という言葉がステラによって語られます。語られている言葉が現実になるというのは物語の本質であり、別に『怖い本』でなくとも、ギリシャ神話でも、シェイクスピアの戯曲でも、アンデルセンやサン=テグジュペリや宮沢賢治の童話でも同じだと思います。基本的に、本に書かれた物語というのは、それを読んだ者の心に強い影響を与え、その行動や生き方にも影響を与えるのではないでしょうか。その意味で『怖い本』とは、すべての物語のメタファーであると思いました。

  • 販売元:Happinet
  • 発売日:2020/07/03
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