No.509


 2月10日、東京から帰ってきました。緊急事態宣言下の出張は非常に不便なので、なるべく会議はリモート参加にして、しばらく東京へ行かないことにしました。「建国記念の日」である11日、シネプレックス小倉で日本映画「ファーストラヴ」を観ました。父親と娘の関係について考えさせられる内容でした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「島本理生の直木賞受賞小説を、『スマホを落としただけなのに』などの北川景子主演で映画化したサスペンス。北川演じる公認心理師が、父親を殺した女子大生の事件に迫る中で、犯人の心の闇とともに自身の過去とも向き合っていく。監督を『明日の記憶』などの堤幸彦、脚本を『彼女がその名を知らない鳥たち』などの浅野妙子が担当する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「アナウンサー志望の女子大生、聖山環菜が父親を刺殺する事件が発生。環菜のドキュメンタリー本の執筆を依頼された公認心理師の真壁由紀(北川景子)は、面会や手紙のやり取りを重ね、環菜の周囲の人々を取材する。環菜に自身の過去を重ね合わせた由紀はやがて、心の奥底にしまっていた記憶と向き合うことになる」です。

 まず、この映画はなんといっても主演の北川景子が美しかったです。女子大生を演じたシーンは、さすがに辛いものがありましたが。この日に訪れたシネコンでは、本作以外にも一条真也の映画館「約束のネバーランド」「さんかく窓の外側は夜」で紹介した上映作にも出演していました。同時に3つの出演作が公開されているというのはかなり凄いことで、今や押しも押されぬ日本映画界を代表する女優であると言えるでしょう。また、彼女はことごとく後輩の共演女優の憧れの対象になるようで、浜辺美波も、平手友梨奈も、芳根京子も、一様に好意を寄せていました。女優が憧れる女優ということで、まさに北川景子は「女優の中の女優」と言えますね。主産後もその美しさは変わらず、大女優の道を突き進んでいます。KK無双!

 父親を殺害した容疑をかけられた聖山環菜を演じた芳根京子は、難しい役でしたが、非常に良い演技だったと思います。じつは、わたしは彼女の演技を見るのは初めてです。2018年の公開映画で、土屋太鳳とダブル主演を務めた『累 ーかさねー』を観ようかと思ったのですが、結局は観ませんでした。彼女は、中学2年生でギラン・バレー症候群を発症し、1年ほど学校に通うことにも難儀しましたが、その後克服したそうです。都立高校1年生のとき、ライブ会場でスカウトされ芸能界入り。NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」のヒロインをはじめ、ドラマや映画で多くの役を演じています。

 北川景子演じる公認心理師の真壁由紀には、窪塚洋介演じる夫がいます。この夫は、プロの写真家になる夢を諦めて家業の写真館を継いでいます。仕事で外を駆け回る由紀にとって非常に理解を示してくれるし(彼女の過去にも理解あり)、いつも美味しい料理も作ってくれるし、とても「都合の良い」夫です。まあ若い女性から見たら「こんなダンナさんがいたら、いいよね~」を絵に描いたような人物です。窪塚洋介というと非常にエキセントリックなイメージがあったので、こんな理想の夫を演じたのがちょっと意外でした。この物語には、原作者である島本理生の男性観が反映されているように感じました。

 原作者の男性観は良いイメージだけでなく、逆に悪いイメージも反映されています。由紀の父親も、環菜の父親も、もう絵に描いたような「最低の父親」なのですが、「ここまでの"クズ"として描かなくても...」というくらい、キャラクター設定に極端なものを感じてしまいました。わたしは、この映画の予告編を最初に見たとき、「父が娘を犯す近親相姦の物語かな?」と思ったのですが、「まさか、いまどき、そんな安直なストーリーはないだろう」とも思いました。実際に鑑賞してみて、やはりそんな安直なストーリーではありませんでしたが、少女を苦しめる大人の男といったステロタイプの印象は持ちました。

 由紀も、環菜も、父親にネガティブな感情を抱いています。それがトラウマとなって、後にとんでもない事件に繋がっていくわけですが、2人の父親に非はあったにせよ、それ以上に2人の母親がダメだと思いました。だいたい父親に悪感情を抱いている娘というのは、母親が父親の悪口を娘に吹き込んでいることが多いようですが、由紀の母はその典型でした。なにしろ、由紀の成人式の日に父親の悪行を告白するのです。そのおぞましさに、由紀は晴れ着姿にも関わらず嘔吐するのですが、娘の晴れの日にそんなことを言う母親がどこにいるでしょうか? 環菜の母親も、夫(環菜の父親)に大きな引け目があることもあって、娘の心が悲鳴を上げているのに、まったく救おうとしませんでした。

 この映画を観て、2人の父親のわかりやすい欠点よりも、2人の母親の陰湿な悪意のほうが怖いと思いました。もともと、娘というものはある年齢になると父親に不潔感を抱くものなのです。それは生物としての本能であり、男性である父親と女性である娘が恋愛関係になったり、ひいては近親相姦しないように働く自然のメカニズムなのです。「パパが好き」とか「パパと結婚したい」などと無邪気に言うのは幼い頃の話であり、思春期を過ぎてまで娘がそんなことを言っていては危険ですし、それを聞いて喜んでいる親父ははっきり言って馬鹿です。女子大生のインスタなどには、父親と一緒の写真にハートマークをつけて「大好きなパパと」とか書き込んでいる子もいます。しかし、それは危険&馬鹿丸出しであり、父娘ともに評価を下げるので止めたほうがいいですね。わたしも2人の娘たちが幼い頃には「パパ大好き!」とかよく言われましたが、今では絶対に言ってくれません。

 ところで、由紀は公認心理師という設定です。映画で描かれる公認心理師の仕事は興味深かったです。わたしはグリーフケアの研究および実践を行っていますが、ケアにはグリーフケアだけでなく、スピリチュアルケアと称される一連の「こころのケア」があります。一般に、心理師は自分が話すよりも相手の話を聞けということで、とにかく「傾聴」が重視されていますが、じつはケアの現場では傾聴だけでは立ち行きません。まずはケアを行う者が心を開いて自分の心の闇をカミングアウトしないと、ケアを受ける者も心を開かないのです。その意味で、由紀が自分のトラウマを告白して、初めて環菜の心が動いた場面が印象的でした。ちなみに、グリーフケアにおいて、わたしは両親も健在ですし、祖父母以外で家族を亡くした経験もないので、カウンセラーとして弱いと自覚しています。

 最後に、イケメン弁護士を演じた中村倫也が良かったです。彼は良い意味で「軽い」ところがあるので、存在が邪魔になりません。年齢は北川景子と同じ34歳ですが、女子大生を演じた北川景子の違和感と違い、中村倫也の大学生姿はすごく自然でした。高校1年生のときに所属事務所からスカウトを受けたそうです。所属事務所で演技を学び、2005年に映画「七人の弔」で俳優デビュー。芸能生活10周年の2014年に「ヒストリーボーイズ」にて舞台初主演。同作により第22回読売演劇大賞優秀男優賞受賞。

 2018年、NHK連続テレビ小説「半分、青い。」で朝井正人役で出演し、ブレーク。同年、Yahoo!検索大賞を俳優部門で受賞しました。2019年、オーディションによって実写版「アラジン」で主人公 アラジンの吹き替えを担当。起用の決め手となったのは中村の「ホール・ニュー・ワールド」の歌声だったといいますが、彼はとにかく声がいいですね。「ファーストラヴ」では弁護士役でしたが、あの声で弁護されたら、陪審員は「無罪!」と言いたくなるのではないでしょうか。ちなみに、もし「鬼滅の刃」が実写映画化されたら、彼には鬼殺隊当主・産屋敷耀哉を演じてほしいと思います。顔も雰囲気も似ていますし......。