No.517
東京に来ています。6日午前中の打ち合わせで、コロナ時代の所作・ふるまいの本の監修をすることが決定。10月に刊行予定です。その他にも打合せがありましたが、その合間に、ヒューマントラストシネマ有楽町で、映画「テスラ エジソンが恐れた天才」を観ました。ニコラ・テスラには非常に興味を抱いていましたが、映画は画面は暗いし、内容はわかりにくいしで、眠たくなりました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「19世紀から20世紀にかけて活躍した発明家ニコラ・テスラの伝記ドラマ。世界的な偉人と評価される一方で孤独だった彼の人生が描かれる。メガホンを取るのは、『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』などのマイケル・アルメレイダ。『ストックホルム・ケース』『スリー・ジャスティス 孤高のアウトロー』などのイーサン・ホーク、『ツイン・ピークス』シリーズや『カポネ』などのカイル・マクラクランらが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「1884年にアメリカに渡り、憧れていた発明家トーマス・エジソン(カイル・マクラクラン)のもとで働くニコラ・テスラ(イーサン・ホーク)。しかし、交流電流を支持していた彼は、直流電流の方が優れているとするエジソンと対立して決別する。独立した彼は実業家ウェスティングハウスと手を結び、シカゴ万国博覧会で交流電流の優位性を証明して電流をめぐるエジソンとの戦いに勝利。やがて大財閥J・P・モルガンの娘と接するようになり、モルガンの資金を得て無線の実現にチャレンジする」
ニコラ・テスラ(1856年7月10日―1943年1月7日)とは、いかなる人物か? 最近までオカルト界の住人のように思われていた彼は、19世紀中期から20世紀中期の電気技師、発明家です。Wikipedia「二コラ・テスラ」には、「グラーツ工科大学で学んだあと1881年にブダペストの電信(電話)会社に入社し技師として勤務。1884年にアメリカに渡りエジソンのもとで働くが1年後独立」と書かれています。
また、「1887年にTesla Electric Light and Manufacturingを設立。新型の交流電動機を開発・製作、1891年にはテスラ変圧器(テスラコイル。変圧器の一種だが、きわめて高い電圧を発生させるもので空中放電の(派手な)デモンストレーションの印象で今にいたるまで広く知られているもの)を発明。また回転界磁型の電動機から発電機を作り上げ、1895年にはそれらの発明をナイアガラの滝発電所からの送電に応用し高電圧を発生させ効率の高い電力輸送を実現させた。(通常の発明家と言うよりは)『天才肌の発明家』である。交流電気方式、無線操縦、蛍光灯などといった現在も使われている技術も多く、また『世界システム』なる全地球的送電システムなどの壮大な構想も提唱した」とも書かれています。
さらには、「電気や電磁波を用いる技術(テクノロジー)の歴史を語る上で重要な人物であり、磁束密度の単位「テスラ」にもその名を残しており、LIFE誌が1999年に選んだ『この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人』に選ばれている。テスラが遺した技術開発にまつわる資料類はユネスコの記憶遺産にも登録されている。8つの言語に堪能で、詩作、音楽、哲学にも精通。電流戦争ではテスラ側の陣営とエジソン側の陣営はライバル関係となり、結局、テスラ側が勝利した」とあります。
数々の発明を生み出し、それなりに輝かしい時期もあったテスラの生涯ですが、この映画ではテスラの光の部分には焦点を当てず、ひたすら闇の部分ばかり取り上げた印象があります。実験に失敗して多額の負債を背負い、モーガンなどの富豪に資金援助の依頼ばかりしているような情けない発明家として描かれ、とにかく暗い映画でした。画面も暗いですが、その上に停電のシーンまであるので、さらに暗かったです。ラスト近くでテスラが歌うシーンも意味不明で、もしかしたらこの歌の歌詞に重要なメッセージが込められているのかもしれませんが、これまた暗い歌で、聴いていてやりきれない気分になりました。
主人公のテスラは、一条真也の映画館「6才のボクが大人になるまで」で紹介した映画などで知られる俳優イーサン・ホークが演じています。ホークの演技も悪くはないのですが、「テスラのイメージとは、ちょっと違うな」と思いました。ホークは身長179センチですが、実際のテスラは188センチありました。体重は64キロの細身であり、ハンサムだったこともあって女性から非常にモテたそうです。生涯独身でした。そんなテスラを演じたホークといえば、1998年に「ガタカ」で共演したユマ・サーマンと結婚。同年に長女が、2002年に長男が誕生。しかし、2004年に自身の浮気が原因で離婚しています。2008年に子供たちの子守であった女性と結婚。その後、2人の女児が生まれています。
一方、エジソンを演じたのはカイル・マクラクランですが、こちらはけっこう似ていました。マクラクランといえば、デヴィッド・リンチのTVドラマ「ツイン・ピークス」でのFBIフィラデルフィア支局のデイル・バーソロミュー・クーパー捜査官の役が有名です。オールバックの黒髪に黒一色のスーツという、隙のない出で立ちが特徴でした。独身であるものの、左手の小指に金色の指輪を着けていました。クーパー捜査官といえば大の甘党で、チェリー・パイをよく食べていました。この「テスラ エジソンが恐れた天才」でも、エジソン役のマクラクランがパイを食べるシーンがありました。思わずニヤリとした人も多かったと思いますが、これは「ツイン・ピークス」を愛するファンへのサービスでしょうね。きっと。
さて、ニコラ・テスラはIQ240の大天才でした。
彼の名は、電気とエネルギーに関する研究で有名です。偉大な業績を収めた彼は、長距離の送電を可能にしました。また、無線通信やエネルギー伝達についての研究で知られています。主な業績だけを列挙しても、交流発電・送電技術、蛍光灯、現在のドローンに相当する無線操縦できる垂直離着陸機技術などを発明し、800以上の特許を取得しています。さらに無線通信も発明していたことが後で判明しました。無線通信というとイタリア人のグリエルモ・マルコーニが発明したとされていますが、テスラはそれ以前に無線装置の基本回路を開発して特許を取得しており、アメリカの最高裁判所はテスラの特許がマルコーニの特許を無効にすると認めています。
こんな大天才だったテスラですが、彼が5歳のときに大好きだった兄を12歳で亡くしました。その兄は、テスラよりもずっと才能があったというのですから、すごいですね。幼くして最愛の兄を亡くしたテスラは、生涯その悲嘆を抱えて生きたといいます。彼の発明の背後には兄という死者の存在があったのかもしれません。また、彼にとっては発明に打ち込むことがグリーフケアになっていたようにも思います。ライバルのエジソンといえば、「霊界ラジオ」の発明を企んだことで知られていますが、テスラも発明によって霊界の兄との交信を望んでいたように思います。おそらくは、無線通信という技術の先には死者と会話する「霊界通信」の構想があったと噂されています。
その他にも、テスラをめぐっては、人工地震発生装置とか、「フィラデルフィア実験」として有名な駆逐艦のステルス実験(テスラ・コイルによって、駆逐艦がレーダーに映らないように透明化する実験)などの都市伝説が流布しており、オカルト関連の話題には事欠きません。最近では、グーグルの創業者であるラリー・ペイジが少年時代にテスラの伝記を読み、借金を抱えて人知れず亡くなる結末に涙したことが知られています。ペイジは、世界を変える技術を生み出すだけではなく、それを広める方法に気付くビジネスセンスを得ようと考えるようになったそうで、「発明するだけでは駄目だと分かった。何としてもそれを世に送り出し、人に使わせ、何らかの成果を生まなければならない」と語っています。また、イーロン・マスクのEV(電気自動車)メーカー「テスラ」の社名は、ニコラ・テスラにちなんでつけられたもの。マスクはニコラ・テスラの信奉者として知られています。
グーグル検索結果より
「テスラ エジソンが恐れた天才」には、狂言回しのような女性が登場し、登場人物などについての説明を行っています。面白いのは、最初のその人物のグーグルでの検索結果を紹介することです。たとえば、「エジソンの検索ヒット数は約6000万件。テスラの検索ヒット数は約3000万件で、両者の間には2倍の差があります」といった具合です。ウェスティングハウスとかモルガンなどの事業家について説明するときも、最初に検索ヒット数を紹介します。なんだかグーグルの検索ヒット数がその人物の評価を定めているようで不思議な感覚でしたが、もしかしたらテスラから学びを得たグーグル創業者のラリー・ペイジへのサービスかもしれません。わたしは基本的にエゴサーチというものをしないのですが、上映終了後に「一条真也」でグーグル検索してみたら、ちょうど80万件がヒット。「へえ、こんなにあるの?」と、ちょっと意外でした。
『心ゆたかな社会』(現代書林)
テスラの発明は、主に電気に関するものが多いです。 電気について、わたしは『心ゆたかな社会』(現代書林)の「超人化のテクノロジー」で、「人類史上最大・最高の発明とは何か」という問いを立てました。石器・文字・鉄・紙・印刷術・拡大鏡・テレビ・コンピュータといった大物の名が次々に頭のなかに浮かびます。なかには動物の家畜化、野生植物の栽培植物化といった答もあるでしょうし、都市、水道、民主主義、税金、さらには音楽や宗教といった答もあるでしょう。その答は、人それぞれです。しかし、現代のわたしたちの社会や生活に最も多大な影響を与えているという意味において、人類最大の発明は電気であるとわたしは思います。
そう、人類最大の発明すなわち「最大の魔法」とは、電気なのです。より正確に言うなら、電気の実用化です。たしかにコンピュータは人類史上においてもトップクラスの大発明でしょう。しかし、テクノロジーの歴史の研究者が決ってもちだす効果的な質問は「ある1つのものが開発されるには、何を知る必要があったか」というものです。たとえば、シリコンチップの発明がなかったなら、現在あるようなパワーと順応性ともったデスクトップ・コンピュータ、さらにはノート型パソコンは生まれなかったはず。次々とあらわれるテクノロジーをこうした姿勢で見ていけば、必要とされる技術が扇状に拡がることになります。
これをイギリスの行動生物学者パトリック・ベイトソンは、歴史家が時代をさかのぼるにつれて、どんどん分岐していく木の根であると表現しています。根によっては、疑いもなく他より重要なもの、明らかに他より多くの可能性を与えるものがあります。ちなみにベイトソンも、過去の2000年で最大の発明として「電気の実用化」をあげています。コンピュータにはもちろん電気が必要ですし、わたしたちの生活に欠かせないもの、スマホやエアコンや蛍光灯などの恩恵を受けられるのも電気のおかげです。さらには、飛行機・電話・映画・テレビといった大発明はすべて電気なくしては開発もありえなかったのです。それらの発明は、多くの人々にとって「魔法」に他なりませんでした。その意味で、エジソンとテスラの「電流戦争」とは世界の命運を握る「魔法戦争」でもありました。テスラとは史上最大の魔法使いであったと言えますが、そう考えると、「テスラ エジソンが恐れた天才」に登場する陰気な歌も、なんだか魔法の呪文のように思えてきます。