No.530


 10月7日22時41分、震度5強の地震発生。わたしはホテルの30階の客室に宿泊しており、大きな揺れを感じました。この日、いくつかの打ち合わせをした後、夜はTOHOシネマズ日比谷で映画「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」を鑑賞。新型コロナウイルスによる感染拡大で公開が延期に次ぐ延期でしたが、ようやく観ることができました。ブルーとオレンジの色を効果的に使った映像表現が素晴らしく、カーアクションも迫力満点で、大変面白かったです。やっぱり、007シリーズは娯楽映画の王様!

 ヤフー映画の「解説」には、「イギリスの敏腕諜報員ジェームズ・ボンドの活躍を描く人気シリーズの第25弾。諜報の世界から離れていたボンドが、再び過酷なミッションに挑む。メガホンを取るのはドラマ『TRUE DETECTIVE』シリーズなどのキャリー・フクナガ。ダニエル・クレイグ、レイフ・ファインズ、ナオミ・ハリスらおなじみの面々が出演し、新たに『ボヘミアン・ラプソディ』などのラミ・マレックらが参加する」とあります。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「諜報員の仕事から離れて、リタイア後の生活の場をジャマイカに移した007ことジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、平穏な毎日を過ごしていた。ある日、旧友のCIAエージェント、フェリックス・ライターが訪ねてくる。彼から誘拐された科学者の救出を頼まれたボンドは、そのミッションを引き受ける」

 6代目ジェームズ・ボンドを演じたダニエル・クレイグは現在53歳とのこと。わたしより5歳も若いわけですが、ちょっと老けて見えますね。やはり50を過ぎてからの激しいアクションは辛いようで、今作をもってジェームズ・ボンド役を卒業することになりました。007シリーズ初の金髪のボンドとなった彼は、「007 カジノ・ロワイヤル」(2005年)で、原作のジェームズ・ボンドのイメージに限りなく近い、寡黙でタフなボンドを演じ切ったと高い評価を得ました。シリーズ最高記録の興業収入を樹立した(後に「007 スカイフォール」が同記録を更新)。「ザ・サン」誌から「ショーン・コネリー以来の最高のボンドだ」と絶賛されるなど、興業・批評、両方の面で成功しました。また、シリーズ初の英国アカデミー賞主演男優賞にノミネートされています。

 初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリーも良かったですが、2代目のロジャー・ムーアも好きでした。じつはわたしがシリーズで最も面白かった最高傑作はムーア主演の「007/死ぬのは奴らだ」(1973年)です。ブードゥー教でニューヨークのハーレムを支配する黒人犯罪王ミスター・ビッグは、イギリス秘密諜報部員007ジェームズ・ボンド、FBIのデクスター主任、CIAのフェリックス・ライターなどを手荒く痛めつけます。しかし、霊感能力を持ち、ミスター・ビッグが妻にしようとしているソリテアが寝返り、最後はカリブ海の島国ジャマイカでボンドとミスター・ビッグは最後の対決を行います。オカルト色が強く、ポール・マッカートニーが歌う主題歌も良かったです。原題は、"LIVE AND LET DIE"。007シリーズのタイトルに"DIE"が入ったのは、"LIVE AND LET DIE"と"NO TIME TO DIE"の2作だけではないでしょうか?

 007シリーズは、作家イアン・フレミングが1953年に生み出した架空の英国秘密情報部のエージェントを主人公とする小説群であり、ジェームズ・ボンドは12の小説と2つの短編小説集に登場しています。1964年にフレミングが亡くなって以降は、8人の作家がボンドの小説やノベライズを執筆していています。1962年にショーン・コネリーがボンド役を演じた「007は殺しの番号」から始まった映画シリーズは、2021年現在、イーオン・プロダクションズが制作したシリーズは24作品が製作されています。2015年、このシリーズの興行収入は199億ドルと推定されており、ジェームズ・ボンドは史上最も興行収入の高いメディア・フランチャイズの1つとなっています。

「007 カジノ・ロワイヤル」に抜擢を受けたダニエル・クレイグは、それまでのボンドのイメージと大きく異なることもあって、かなりのバッシングを受けたようです。欧米では発表直後にアンチサイトが出来たほどでした。これについて本人は、撮影後「批判は子供の罵りのような言葉だったけど(耳が大きすぎる、金髪はありえないなど)、実際に言われると傷ついたよ。でも、そういう人たちを納得させるための唯一の方法は、この役を上手くやりこなすことだった。僕自身ほどそれを感じていた人はいない」と語っています。

 2008年に公開された「007 慰めの報酬」、2012年に公開された「007 スカイフォール」、2015年に公開された「007 スペクター」にもジェームズ・ボンド役で出演しています。 2012年に行われたロンドンオリンピック開会式にエリザベス2世をエスコートするボンド役として出演。「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」への出演をもってボンド役からの降板を宣言。同作公開直前の2021年9月、イギリス海軍はクレイグを、作中のボンドと同格となる名誉中佐に任命しました。

 ダニエル・クレイグこそはイギリスで最も有名なイギリス人の1人になったわけですが、それにしてもイギリスでいかに007が愛されているか、よくわかりますね。「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は去年4月に公開予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で公開が3度も延期されました。ようやく、今年の9月30日にワールドプレミア上映がロンドンで行われ、ロイヤルファミリーも出席しました。主演のダニエル・クレイグの他、チャールズ皇太子夫妻、ウィリアム王子夫妻らが参加しました。

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」でジェームズ・ボンドの最強の敵を演じているのが、ラミ・マレック演じるサフィンピースです。映画の冒頭で能面をつけて登場したときはまさにホラー映画の主人公のようでしたが、彼は「スペクター」傘下のミスター・ホワイトに家族を殺害された人物です。そのため「スペクター」一味を細菌兵器で殲滅し、さらに世界を細菌兵器で攻撃しようとするテロリストのリーダーです。彼の開発した細菌兵器「ヘラクレス」が体内に入った者は、他人に触れることも、キスすることもできません。これは、コロナ以前に作られた映画であるにもかかわらず、新型コロナウイルスの登場を予見していたと言えるでしょう。

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は「007 スペクター」(2015年)の後日談であり、前作を観ていないわたしには少しわかりにく部分がありました。「007 スペクター」では、メキシコでの休暇中に起こした不祥事により、全ての任務からはずされたボンドが、Mの監視から逃れ単独でローマへと赴きます。そこでボンドは殺害された悪名高い犯罪者の未亡人であるルチア・スキアラと出逢い、悪の組織スペクターの存在をつきとめます。ボンドは秘かにマネーペニーやQの協力を得ながら、スペクター解明の手がかりとなるかもしれないボンドの旧敵、ホワイトの娘マドレーヌ・スワンを追います。死闘を繰り広げながらスペクターの核心部分へと迫る中、ボンドは追い求めてきた敵と自分自身の恐るべき関係を知ります。

「007 スペクター」に登場するボンドガールのマドレーヌ・スワンは、レア・セドゥが演じていました。ボンドのミッションを支援する医師である彼女は、ミスター・ホワイトの娘です。でも、前作でボンドガールだったにしては、レア・セドゥはあまりセクシーではありませんでした。なにしろ、「007 スペクター」のもう1人のボンドガールであるルチア・スキアラを演じたのは、あのモニカ・ベルッチなのです! 今作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」のボンドガールであるパロマを演じたアナ・デ・アルマスがまた超弩級のセクシー・ダイナマイトでしたね。ボンドをキューバで支援する新人CIAエージェントですが、セクシーなドレス姿で激しいアクションシーンを繰り広げます。彼女をもっと観ていたかったけど、出演時間があまりにも短かった!(涙)

 最近はどんな映画を観ても「グリーフケア」の要素を発見してしまうわたしですが、この映画もそうでした。冒頭から、スペクター」の一員で自分の父親であるミスター・ホワイトに家族を殺害されたリューツィファー・サフィンがホワイトの家族に復讐します。子ども時代の時代のマドレーヌ・スワンは、サフィンによって自身の母親が殺害される瞬間を目撃します。その後スワンと銃撃戦となりサフィンは階段から落下し気絶しました。幼いマドレーヌは家からサフィンを引きずり出しますが、途中で目を覚ましてしまい凍った湖の方向に逃走するが落下してしまいます。そして、サフィンはマドレーヌを救ったのでした。復讐という「負のグリーフケア」を実行したサフィンは、マドレーヌの心に新たなグリーフを生みました。復讐の本質が「負の連鎖」であることを見事に表現しており、またサフィンが「鎮魂の芸術」としてのグリーフケア・アートである能の面を付けていた点も象徴的でした。

 さて、ボンドとマドレーヌは愛し合い、マチルダという娘を授かります。ボンドに子どもが出来たことには大いに驚きましたが、このことがラストの彼の重大決断につながったような気がします。わたしは儒教研究の第一人者である大阪大学名誉教授の加地伸行先生と対談しましたが、年内に『儒教と日本人』として刊行される予定です。そこでは、「遺体」について意見交換させていただきました。「遺体」とは「死体」という意味ではありません。人間の死んだ体ではなく、文字通り「遺(のこ)した体」というのが、「遺体」の本当の意味です。すなわち遺体とは、自分がこの世に遺していった身体、すなわち「子」なのです。すべての人は、その人の祖先の遺体であり、両親の遺体なのです。その人が、いま生きているということは、祖先や両親の生命も一緒に生きています。その意味で、ジェームズ・ボンドはマチルダという遺体を得たわけであり、死を乗り越える覚悟を抱くに至ったのだと思います。

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」の企画開発は、2016年に始まりました。「007 スペクター」公開後のソニー・ピクチャーズの契約満了に伴い、国際配給権を獲得したユニバーサル・ピクチャーズが配給する初のボンド映画となりました。"NO TIME TO DIE"という最終的なタイトルは2019年8月に発表。「死ぬ暇はない」という意味ですが、先述した「遺体」の存在によって「死」について考えさせられる内容となっています。ボイル監督の離脱とその後のCOVID-19パンデミックによる数回の延期の後、最終的にイギリスでは2021年9月30日、日本では10月1日、アメリカでは10月8日に公開。わたしは、アメリカ公開の前日に観ることができましたが、「これでコロナも一区切りかな」と思いました。すると、その直後に地震が発生したわけです。やはり、人生、何が起こるかわかりません。つねに「死」を意識せざるをえないのです。エンドロールで流れたビリー・アイリッシュの主題歌がしみじみと良かったです。

 最後に、この映画を観て、ある「死」について考えさせられたことを告白します。ボンドがマドレーヌと敵の攻撃から逃れて、イタリア・マテーラの駅で別れますが、そのとき、2人はホームから線路に降りて反対側のホームに渡りました。このシーンを見て、わたしは「あっ!」と思いました。というのも、つい最近、線路に降りて反対側のホームに渡ろうとした人が亡くなった事故があったのです。それも、JR小倉駅でです。3日午後10時10分頃、JR山陽新幹線小倉駅構内で、32歳の男性会社員が新幹線と接触し、新幹線とホームの間に挟まれまて死亡しました。ホーム上のカメラの映像から、亡くなった方が別のホームから線路に降り、停車中の新幹線の前を横切って新幹線が止まっているホームによじ登ろうとしたところ、新幹線が動き出したようです。わたしは、このニュースを知ったとき、ちょうど小倉駅にいて、非常に驚きました。そして、「どうして、その人は、そんな危険な行為をしたのだろう?」と不思議に思いました。


 それから数日、そのことが頭の隅に引っかかっていたのですが、ボンドがマドレーヌが線路を横切って反対側のホームに渡るシーンを見て、「もしかしたら?」と思いました。「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は10月1日から小倉でも公開されています。この事故の2日前からです。もしかして、亡くなった男性はこの映画を観て、無意識のうちにボンドの行動を真似たのではないかという考えが湧いてきました。もちろん真相はわかりませんが、映画というのは意外な真実を暴き出すことを、これまでわたしは何度も経験しています。すべての「死」には謎があり、すべての「死」には意味があります。小倉駅で亡くなられた男性の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。