No.531


 10月15日の昼、別府から小倉に戻りました。夜、その日に公開されたばかりのSF超大作映画「DUNE/デューン 砂の惑星」をシネプレックス小倉で観ました。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の最新作ですが、この映画だけはどうしても観たいと思っていました。SF映画には未来が予見されていることが多いので、話題作は必ず観ることにしているのも理由の1つですが、拙著『愛する人を亡くした人へ』を原案とするグリーフケア映画「愛する人へ」(2023年公開予定)のメガホンを取る作道雄監督が、一番好きな映画監督にドゥニ・ヴィルヌーヴの名を挙げていたからです。早速鑑賞したところ、「とんでもない映像体験をした」という思いが湧いてきました。まさに「未来型シネマ・エクスペリエンス」です。これは大傑作です!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『スター・ウォーズ』シリーズなど数多くのSF作品に影響を与えたというフランク・ハーバートの小説を、『ブレードランナー 2049』などのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化。宇宙を支配する力を持つ秘薬の生産地で、デューンと呼ばれる惑星を舞台に繰り広げられる覇権争いを描く。主人公を『君の名前で僕を呼んで』などのティモシー・シャラメが演じ、『ライフ』などのレベッカ・ファーガソン、『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』などのオスカー・アイザックのほか、ジョシュ・ブローリン、ハビエル・バルデムらが共演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「人類が地球以外の惑星に移り住み宇宙帝国を築いた未来。皇帝の命により、抗老化作用のある秘薬『メランジ』が生産される砂の惑星デューンを統治することになったレト・アトレイデス公爵(オスカー・アイザック)は、妻ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)、息子ポール(ティモシー・シャラメ)と共にデューンに乗り込む。しかし、メランジの採掘権を持つ宿敵ハルコンネン家と皇帝がたくらむ陰謀により、アトレイデス公爵は殺害されてしまう。逃げ延びたポールは原住民フレメンの中に身を隠し、やがて帝国に対して革命を決意する」

 映画業界でも、この作品への評価の高さは絶大です。たとえば、映画.comには、「世界中でおそろしいほどの絶賛を浴びている映画がある。10月15日に日本公開される超大作『DUNE デューン 砂の惑星』だ。ある海外メディアは『SFだけではなく映画としての傑作』と称賛した。映画.com編集長は『圧倒的な今年のナンバーワン作品』とため息をもらした。物語、映像、キャラクター、すべてが"完璧"であり、完成度は事件とすら言えるほどだ。本作はもしかすると、この先数百年、絶え間なく語り継がれるような"伝説の映画"になるかもしれない。私たちは歴史の誕生の瞬間に立ち会うのだ」と書かれています。映画.comはわたしも愛読していますが、これだけ手放しでベタボメするのは他に記憶がありません。

 映画として見た場合、とにかく主役のポール・アトレイデスを演じたティモシー・シャラメが素晴らしいです。彼の出世作となった「君の名前で僕を呼んで」(2018年)は観ていないのですが、その美しさはハンパではありません。憂いを帯びた瞳が唯一無比であり、信じられないほどの豪華キャストの中で主演を張るだけの圧倒的なオーラがあります。本年度アカデミー賞の主演男優賞の最有力候補ではないでしょうか。最初は線の細い美少年でしかなかったポールが、さまざまな試練を乗り越え、場数を踏んでいくうちに強靭な精神力と戦闘力を備えた若者に成長していくさまが見事でした。

「DUNE/デューン 砂の惑星」自体も、かつての「タイタニック」「ラ・ラ・ランド」「ジョーカー」のようにアカデミー賞最多ノミネートの栄誉を勝ち取るのは確実だと思われます。というより、この作品によって、映画そのものが進化を遂げるかもしれないというレベルの大傑作なのです。ジョージ・メリエスの「月世界旅行」(1902年)以来、映画という芸術ジャンルはSFを基軸に進化を遂げてきましたが、新たなる進化のトリガーとなるのが「DUNE/デューン 砂の惑星」のような気がしてなりません。この作品は2部作で、後編の製作も予定されていますが、今から楽しみです。大袈裟でなく、「スター・ウォーズ」シリーズを遥かに凌ぎ、SF映画史に燦然と輝く金字塔である「2001年宇宙の旅」が到達した高みにまで至るのではないでしょうか?

 映画.comでは、「DUNE/デューン 砂の惑星」が本年度のアカデミー賞で最終的に作品、監督、脚色、撮影、編集、美術、衣装、音響、作曲、メイク、視覚効果の計11部門でのノミネートが期待されると予想していますが、第74回(2001年)のアカデミー賞で最多ノミネートを獲得した「ロード・オブ・ザ・リング」との類似性を指摘しています。そして、「この作品もシリーズ第1作目であり、ファンタジー作品であり、アカデミー賞では苦戦が予想されるなかで大きな成果をあげました。1作目こそ作品賞の受賞は叶いませんでしたが、2年後の第76回で『王の帰還』が作品賞をふくむ11部門を総なめすることになります。『DUNE/デューン 砂の惑星』も、映像体験の新たな可能性を開拓した作品として、『ロード・オブ・ザ・リング』と並び称される作品になってもおかしくありません」と書いています。

 この映画の原作は、アメリカの作家フランク・ハーバートによるSF小説のシリーズである『デューン』です。日本では第1作の邦題『砂の惑星』でも広く知られており、一般的には『デューン/砂の惑星』と併記されます。1965年に雑誌の連載作として開始され、その後小説として発行。またたく間に多くの批評家から称賛を集め、1966年にはヒューゴー賞を受賞。現在では、史上最も素晴らしく、影響力のあるSF小説の1つとされています。第1作の人気を受けて『砂漠の救世主』『砂丘の子供たち』『砂漠の神皇帝』『砂漠の異端者』『砂丘の大聖堂』と次々に続編が発表。その後の構想もあったようですが、著者が1986年に死去したため、全6作のシリーズとなっています。ハヤカワ文庫から翻訳本が出ており、わたしも中学時代に『デューン/砂の惑星』を読みました。そのとき、J・R・R・トールキンの『指輪物語』に匹敵する別世界の神話であると感じたことを記憶しています。映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原作です。

 もう30年以上も前に原作小説を読んでいたといっても、細かい内容はほとんど忘れていました。とにかく固有名詞が多く、「アトレイデス家」「ハルコネン家」「ベネ・ゲセリット」「フレーメン」「メランジ」といった言葉がわからないと、内容がチンプンカンプンで映画が楽しめません。予習動画などでチェックするといいでしょう。ちなみに、アトレイデス家とは皇帝からアラキスの領有を許可された一族で慈悲深く、ハルコネン家はその敵役の一族で残忍です。基本的に、この物語には両家の争いが描かれています。ベネ・ゲセリットは女性のみで構成された秘密結社。フレーメンは砂漠の遊牧民で、アラキスの原住民。メランジは宇宙を支配する力を持つスパイスで、人間の寿命を延ばし、超人的なレベルの思考を提供し、超光速の旅行を実現する燃料にもなります。「燃料にもなる覚醒剤」といったところでしょうか。

「DUNE/デューン 砂の惑星」は、「デューン」と呼ばれる砂に覆われ巨大な虫が支配する惑星アラキスを舞台に、宇宙を支配する力を持つスパイス「メランジ」を巡る争いと、救世主一族の革命と世界の混迷を軸にした壮大な物語です。西暦10190年。人類は宇宙帝国を築き、厳格な身分制度のもとで各惑星を1つの大領家が治めていました。皇帝の命を受けたアトレイデス家の当主であるレト・アトレイデス公爵は、宇宙で最も価値のある物質「メランジ」の唯一の供給源であるアラキスの管理権を受け入れます。公爵はその機会が敵によって仕組まれた複雑な罠であることを知っていましたが、自身の愛妾であるレディ・ジェシカ、彼女が産んだ息子で後継者のポール、そしてアラキスの最も信頼できるアドバイザーを連れて行きます。公爵は巨大な砂虫(サンドワーム)の存在によって危険にさらされているスパイス採掘作業を管理していますが、部下の裏切りによってポールとジェシカはアラキスの原住民であるフレーメンに導かれるのでした。

 1965年に発表されたハーバートの『デューン』は、1971年以降複数の映画製作者が映画化の権利を所有するなど何度も映画化が試みられました。しかしながら、物語の複雑さ、およびその重厚さによって映像化が困難な小説とされてきました。過去には1970年代に、「エル・トポ」などの名作で知られるアレハンドロ・ホドロフスキー監督が10時間以上の大作映画構想を企画しましたが、製作中止に終わりました。しかし、そのときに集められたスタッフたちがその後、「スター・ウォーズ」「エイリアン」「ターミネーター」といった一連のSF映画の名作づくりに関わっています。幻の『デューン』映画化の製作過程は、映画「ホドロフスキーのDUNE」として2013年に公開されました。幻の大作について熱く語るホドロフスキー監督の映画愛には胸が熱くなります。

 1984年、ディノ・デ・ラウレンティスが『デューン』を初めて映画化することに成功、「デューン/砂の惑星」を公開しました。監督はデヴィッド・リンチが務めましたが、予算が少なかったこともあり、「作品世界全体を描くには充分な内容に仕上がっていたとは言い難い」とリンチ自身が認めています。その後、2000年にリチャード・P・ルビンスタイン(英語版)がテレビシリーズ「デューン/砂の惑星」を製作。2008年にパラマウント・ピクチャーズがピーター・バーグ(後にピエール・モレル)を監督にして映画化すると発表しましたが、2011年に製作中止となりました。ドゥニ・ヴィルヌーヴが製作する今回の超大作は通算5度目の映像化作品となります。

 ヴィルヌーヴには一条真也の映画館「メッセージ」「ブレードランナー 2049」といったSF作品がありますが、それらは「DUNE/デューン 砂の惑星」へのウォーミングアップといった印象があります。というより、「DUNE/デューン 砂の惑星」は映画監督としてのヴィルヌーヴの集大成ではないでしょうか。彼はフェミニストの母親から育てられ、その影響を強く受けているといわれますが、彼の一連の映画にはいずれも強い女性が登場します。ポールの母親で、レト・アトレイデス公爵の愛妾であるジェシカなどまさに強い女性そのものでした。演じたレベッカ・ファーガソンが素晴らしかったですね。ジェシカが所属していた女性だけの秘密結社「ベネ・ゲセリット」のメンバーは女児を産むことが義務づけられており、究極のフェミニズム集団といった印象でした。

 フェミニズムあるいは女性の権利を考える上で、非常に興味深い映画が「最後の決闘裁判」です。「DUNE/デューン 砂の惑星」と同じ10月15日に日本公開されました。ある男から乱暴されたという妻の告発によって、その夫と無実を主張する被告が「決闘裁判」を行う物語で、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ベン・アフレックらの名優が出演しています。監督はリドリー・スコット。「ブレードランナー」(1982年)のメガホンを取った人物です。ヴィルヌーヴは「ブレードランナー 2049」のメガホンを取ったわけで、その2人の最新作が日本で同時公開されるとは、つくづく縁がありますね。ちなみに、「DUNE/デューン 砂の惑星」のラスト近くにも、ある決闘のシーンが登場します。これは非常に重要なシーンであったと思います。

 それにしても、「DUNE/デューン 砂の惑星」の映像美は圧倒的です。「この映画を作るのに、一体いくら金がかかったのか?」と思ってしまいますが、何よりも砂の惑星の砂漠が美しい! 砂漠に住む砂虫(サンドワーム)の造形も素晴らしい! ちなみに、この砂虫は宮崎駿の「風の谷のナウシカ」(1984年)の王蟲に影響を与えたとされています。デューンの砂漠の撮影は、2019年3月からハンガリー・ブダペストのオリゴ・フィルム・スタジオで始まったそうです。ヨルダンのワディ・ラムでも撮影が行われました。映画の前半に登場する惑星カラダンのシーンはノルウェーのスタ半島(英語版)で撮影され、主要な舞台となる惑星アラキスのシーンはアラブ首長国連邦のアブダビ市で撮影されたとか。最初の撮影は2019年7月に終了し、2020年8月にはブダペストで追加撮影。こうして、壮大な砂の惑星が映像表現されたわけですね。

 また、映像だけでなく、音響も大迫力で素晴らしいです。ハンス・ジマーが担当しました。「ブレードランナー 2049」の映画音楽を手掛けたジマーは、撮影開始直前の2019年3月に製作への参加を明言。当時、彼はクリストファー・ノーランから一条真也の映画館「テネット」で紹介したSF映画への参加を依頼されていましたが、個人的にハーバードの『デューン』を愛読していたことから「DUNE/デューン 砂の惑星」への参加を選択。最初の予告編では32人の合唱団を動員し、ピンク・フロイドの「Eclipse」のカヴァーを使用しています。合唱団は新型コロナウイルス感染症対策のため、サンタモニカにあるジマーのリモート・コントロール・スタジオに4グループ以上の少人数に別れて収録に参加。ジマーは自宅からFaceTimeを介して合唱団を指揮したそうです。すごいですね!

 この物語の時代設定は西暦10190年ですが、正直、「いくらなんでも、未来すぎるだろう!」と思いました。今から8170年も先ではないですか。そのわりには機械などのテクノロジーが今とあまり変わり映えしないのが気になります。人間社会の構造もほとんど変わっておらず、帝国があって皇帝がいるとか、貴族としての2つの一族が抗争を繰り広げるなど、人類の過去の歴史を見るようでした。戦争の最大の原因が資源の所有をめぐるエネルギー争奪にあるのも、歴史の法則のように感じました。レト・アトレイデス公爵とポール、レディ・ジェシカとポールの親子関係なども今と変わりませんが、レトが愛人であるジェシカに対して「君と結婚しておくべきだった」と言う場面にはしみじみと感じるものがありました。

 結婚が価値を持つだけでなく、遠い未来社会において「礼」が重んじられているのは非常に感動的でした。アトレイデス家に仕える人々は、当主のレトに惑星アラキスの原住民フレーメンのリーダー(ハビエル・バルデム)が面会するとき、彼に礼儀正しさを求めます。また、アトレイデスの会議にレトが入ってくると、なんと一同は起立します。西暦10190年の世界に「一同起立!」があるとは驚きました。「一同礼!」もあれば良いのに!(笑)
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儀式論』(弘文堂)



 さらに、未来の世界には、さまざまな儀式も存在します。映画の冒頭では、惑星アラキスをアトレイデス家が統治することになったことを記念する壮大なセレモニーが展開されました。結局、8170年先の未来でも人々は「礼」を重んじ、「儀式」を行っているのです。それは、社会を維持していくためには「礼」や「儀式」が必要なものであり、それは人間の本能によって支えられているということを示しているように思えました。西暦10190年という途方もない時代設定は、人類にとっての普遍を描くためだったのです。というわけで、「DUNE/デューン 砂の惑星」を観たわたしは、拙著『儀式論』(弘文堂)で展開した「人間が人間であるために儀式はある!」という自説の裏付けを得たような気になりました。あいすみません。