No.478


 18日から公開されたSF映画「テネット」を観ました。クリストファー・ノーラン監督が驚異のスケールで放つ、極限のタイムサスペンス超大作です。未知なる映像体験の連続に大いに興奮させられました。この映画だけは、絶対に映画館で観たほうがいいです!

 ヤフー映画の「解説」には、「『ダークナイト』シリーズや『インセプション』などのクリストファー・ノーラン監督が描くサスペンスアクション。『TENET』というキーワードを与えられた主人公が、人類の常識である時間のルールから脱出し、第3次世界大戦を止めるべく奮闘する。主人公を演じるのは『ブラック・クランズマン』などのジョン・デヴィッド・ワシントン。相棒を『トワイライト』シリーズなどのロバート・パティンソンが務め、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナーなどが共演する」と書かれています。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ウクライナでテロ事件が勃発。出動した特殊部隊員の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、捕らえられて毒を飲まされる。しかし、毒はなぜか鎮静剤にすり替えられていた。その後、未来から「時間の逆行」と呼ばれる装置でやって来た敵と戦うミッションと、未来を変えるという謎のキーワード『TENET(テネット)』を与えられた彼は、第3次世界大戦開戦の阻止に立ち上がる」

 この映画、正直言って、1回観ただけでストーリーを把握するのは至難の業です。さまざまなシーンにメッセージが込められているのはわかるのですが、それについて考えて理解する前に、テンポよく次のシーンに移って、どんどん物語が展開されていくので、流れを目で追うだけで必死です。YouTubeには「テネット」を理解するための説明動画や「あらすじ」動画がいくつかアップされています。ふだん、そういった類の動画は一切観ないのですが、今回だけは嫌な予感がして、予習しておきました。結果は大正解でした。予習なしでは、これまで大量のSF映画を観てきたわたしでもチンプンカンプンだったはず。「テネット」という言葉も含め、この映画にはとにかく多くの謎が秘められています。大いなる謎解き映画ですね。

 一部では、「テネット」は早くも「映画史上最も難解な作品の1つ」であると言われているそうです。わたしは、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(1968年)を連想しました。あの映画も1回観ただけではなかなか全貌をつかめない難解さで知られましたが、その細部の意味が明らかになるにつれ、「SF映画の金字塔」としての揺るぎない評価を得ました。わたしが中学3年生のときに「2001年」を初めて観たときと同じように、今回の「テネット」鑑賞後には「よくわからないけど、すごい!」と思い、レジェンド作品の風格さえ感じました。「2001年」が宇宙SFの最高傑作なら、「テネット」は時間SFの最高傑作になるかもしれません。

 ノーラン監督は、2作目の「メメント」(2000年)でも「時間」をテーマにしています。この映画の脚本は弟のジョナサン・ノーランが書いた短編小説を基にしていますが、この作品で一気に注目されるようになり、各賞を受賞し、アカデミー脚本賞にもノミネートされました。2000年代には新生「バットマン」シリーズの監督に抜擢。「バットマン ビギンズ」(2005年)、「ダークナイト」(2008年)、「ダークナイト ライジング」(2012年)の監督を務め、大成功を収めました。特に、「バットマン」シリーズの最高傑作とされる「ダークナイト」は最終的に全米興行収入歴代2位、世界興行収入歴代4位を記録しています。

 さらに、一条真也の映画館「インセプション」で紹介した2010年のSF映画、「インターステラ―」で紹介した2014年のSF映画、「ダンケルク」で紹介した2017年の戦争映画といった、いわゆる‟ビッグバジェット"と呼ばれる製作費1億ドル超のオリジナル作品がいずれも全米興収1億8000万ドルを超えており、アカデミー賞の複数部門にノミネートされています。現在、作家主義と大作主義の両立に最も成功している1人と評されているのが、クリストファー・ノーランなのです。

 ちなみに、ノーランはインターネット嫌いを公言しており、近未来の最新テクノロジーを背景としたSF映画である「インターステラー」にはパソコン、携帯電話などインターネットを想起させるものを一切出しませんでした。その理由として「ネットのせいでみんな本を読まなくなった。書物は知識の歴史的な体系だ。ネットのつまみ食いの知識ではコンテクストが失われてしまう」と語っています。良いことを言いますね!

「テネット」はワーナーブラザーズの作品ですが、同社の時間SF超大作といえば、一条真也の映画館「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で紹介した2014年のトム・クルーズ主演作が思い出されます。舞台は侵略者から熾烈な襲撃を受けている近未来の地球。対侵略者の決死の任務に就くことになったウィリアム・ケイジ少佐(クルーズ)は戦闘の端緒で一矢を報いることもなく戦死した後、不可思議なタイムループの世界に囚われます。この「タイムループ」というテーマ、SF小説やSF映画、さらにはSFマンガなどで数え切れないほど描かれていますが、じつは矛盾なく描くのは至難の業です。日本が誇るSFマンガ「ドラえもん」をはじめ、多くの作品に"つじつまの合わない"タイムループが散見されます。 「オール・ユー・ニード・イズ・キル」を観て、「?」と思った突っ込み所は正直言って多々あります。

 しかし、「テネット」のタイムループには「?」がありませんでした。エントロピーを逆行させることのできる時間逆行マシンというのが登場するのですが、一応、理にかなっているというか、「ああ、その理論なら時間を逆行できるかもしれないな」と観ている者に思わせる不思議な説得力がありました。拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)において、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると述べました。
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死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)



 写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。わたしは同書に「だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう」と書いたのですが、「テネット」の場合は単なるタイムトラベルではありませんでした。まったく新しく「時間」というものをとらえ直した印象でした。

「テネット」にはインドの武器商人の妻であるプリヤという女性が登場しますが、彼女が主人公に過去・現在・未来の時間の流れについて言及し、「未来との交渉はすでに始まっている。Eメールやクレジットカードがそうだ」と言う場面が印象的でした。たしかに、その通りです。そして、時間を逆行する武器を持ったセイターが第3次世界大戦の鍵を握るというのも興味深い設定でした。この映画には、時間を逆行するチームと、時間を順行するチームによる「時間の挟み撃ち」といった前代未聞のアイデアも登場し、時間についての概念が一変されます。

 いわば、「テネット」は時間SF映画のイノベーション作品とでも呼ぶべき存在なのです。時間軸のとらえ方が、ドラえもんのタイムマシンと違って、まったく違う視点で描かれています。アルゴリズムに対する考え方も斬新で、「こんなアイデアを思いつく人間は、どういう頭脳をしているのか?」と思ってしまいます。そして、ここがポイントですが、人類の滅亡は時間逆行マシンという究極兵器の存在よりも、セイターの歪んだ死生観によって左右されるのでした。これ以上はネタバレになるので、このへんで。

「テネット」はアクション・シーンの連続で、SF映画というよりもスパイ映画のようでした。「007」シリーズの大ファンであるというノーラン監督による「007」へのオマージュのような印象もありましたが、ボンドガールのような絶世の美女が「テネット」にも登場します。エリザベス・デビッキです。ともにバレエダンサーだったポーランド人の父親とアイルランド系オーストラリア人の母親の間でパリにて生まれたデビッキは191センチという高身長で、2012年12月、ファッション誌「ヴォーグ」の写真撮影の被写体となっています。知性と美貌を兼ね備えたクール・ビューティーです!

 このデビッキ、メルボルンの東にあるハンティングタワー・スクールを首席で卒業しましたが、クラスの卒業生総代、副生徒会長、音楽委員長、演劇委員長を務め、そしてまた、英語と演劇の2つで申し分のない評点を達成したとか。2010年、メルボルン大学ヴィクトリアン・カレッジ・オブ・ジ・アーツで演劇の学位を取得。2009年8月、教育2年目において優秀な演劇学生のために与えられるリチャード・プラット奨学金を得ています。そんな頭脳明晰な才女であるデビッキですが、「テネット」では世界を破滅させようとするセイターの妻として重要な役割を果たします。じつは、この日、わたしはかなり寝不足の状態で上映時間が150分の「テネット」を観たのですが、何度か眠たくなるたびに、スクリーンに超絶美女である彼女が映って、目が覚めました(笑)。

 難解ながらもハラハラドキドキした「テネット」ですが、鑑賞しながらずっと思っていたのは、「時間を逆行することができるのなら、第3次世界大戦を阻止するのもいいけど、新型コロナウイルスの発生を食い止めてほしいなあ」ということです。2019年の武漢ウイルス研究所に時間を遡って潜入し、世界中を混乱に陥れたCOVID-19の発生を防ぐというSF映画がそのうちハリウッドで作られるかもしれません。
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黒マスク姿でシネコンへ!



 そういえば、「テネット」の主人公は、映画の中でさまざまなマスクを着けていました。もちろん、わたしたちが日常で使用するような不織布マスクや布マスクではなく、毒ガスに対応するような重装備のサージカル・マスクです。どうやら、時間を逆行する際には呼吸困難になるようです。わたしは、おニューの黒マスクを小倉のシネコンで装着し、最も広い1番スクリーンの最後列で「テネット」を観ました。黒マスクを着けたのは初めての経験だったので、鏡に映った自分の姿を見て妙な感覚をおぼえました。まるで、SF映画の主人公になったような気分でした(笑)。