No.479


 日本映画「事故物件 恐い間取り」を観ました。
 それほど観たくはなかったのですが、まだコロナ禍でろくな映画が上映されていないのと、監督がJホラーの巨匠として知られる中田秀夫だったので、観ました。ネットでも低評価の作品ですが、たしかにひどい内容でした。正直、観る価値はありませんでした。

 ヤフー映画の「解説」には、「テレビ番組の企画で『事故物件住みます芸人』として人気が出た松原タニシのノンフィクションを、『PとJK』などの亀梨和也主演で映画化するホラー。テレビ出演のために事故物件に住み始めた若手芸人が複数の事故物件を転々としながら、さまざまな怪奇現象に遭遇していく。メガホンを取るのは、『リング』『スマホを落としただけなのに』シリーズなどの中田秀夫」とあります。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「売れない芸人の山野ヤマメ(亀梨和也)はテレビ番組の企画で、殺人事件が起きた物件で暮らし始める。そこは普通の部屋だったが、撮影した映像には白いものが映ったり、音声が乱れたりしていた。ヤマメはネタのために事故物件を転々とし、芸人としてブレークしていくが、そんななか彼は最恐の事故物件と出合う」となっています。

 この映画、わたしはこれまでに観たホラー映画の中では最低レベルなのですが、「よく松竹がこんな映画を作ったものだ」と思っていたら、原作者である松原タニシが松竹芸能所属ということに気づきました。なるほどね。1982年生まれの彼は、事故物件に住み続けているお笑い芸人として各種番組・イベントに呼ばれ「事故物件住みます芸人」を名乗っています。恐い話に気を取られて忘れがちですが、よく見ると彼はとんでもない柄のシャツを着ています。「おいおい、そんな服、どこで売ってんねん?」(なぜか関西弁になってしまった!)と突っ込みたくようなファンキーなデザインのシャツです。

 Wikipedia「松原タニシ」の「事故物件住みます芸人​」には、以下のように書かれています。
「事故物件に住むようになったきっかけは、松竹芸能の先輩 北野誠の番組『北野誠のおまえら行くな。』(エンタメ〜テレ)のトークイベントに出演した際、知り合いの若手芸人が住んでいたアパートでの怖い話を披露すると、その後のイベント打ち上げで北野からその部屋に住んでみろと言われたことである。しかしこの物件は実際に住もうとしたところ諸事情で借りられなかったため、殺人事件があった別の事故物件に2012年から住むことになった。本来のオーケイ岡山が断り、かみじょうたけしも断ったため、タニシに回ってきた」

 続けて、Wikipedia「松原タニシ」の「事故物件住みます芸人」には、「1軒目となる物件では、番組スタッフがビデオカメラを設置して幽霊が映ったらギャラが出るという企画『松原タニシのパラノーマル日記』が始まり、初日からオーブが飛ぶ、1週間後にはマンションから出た所でひき逃げに遭うなど数々の不可思議な現象に遭遇する。その後、番組の企画は終了したが、賃貸契約の更新時期がくると別の事故物件に引っ越しすることを繰り返し、2020年4月時点では10軒目に住んでいる」と書かれています。

 2018年6月、松原タニシは、これまでに住んでいた所や物件検討時の内覧、特殊清掃のアルバイトなどで訪れた事故物件を間取り図付きで紹介する『事故物件怪談 恐い間取り』(二見書房)を上梓します。この本が映画「事故物件 恐い間取り」の原作です。その他にも、事故物件に長年住んでいた事でどんな恐い場所にでも行けるのでは?との思いから、個人で全国各地の心霊スポットや廃墟・事件現場などを深夜に1人訪れ、その証拠を残すために動画配信「松原タニシ 異界に泊まろう」を収益化機能を使用せず行い、2019年7月にはこの企画で2016年から2018年にかけて訪れた約200か所を紹介する『異界探訪記 恐い旅』(二見書房)を上梓しています。ちなみに二見書房といえば、『恐怖の心霊写真集』シリーズをはじめとした心霊研究の大家・中岡俊哉の一連の著書を刊行した出版社ですね。

 松原タニシは、かつての稲川淳二のような存在感で怪談界(そんな界、あるんかい!)で活躍しているようですが、もともとがお笑い芸人なので、観客を怖がらせると同時に笑いも取ろうとしているのが明らかです。ここが怪談の語り部としては中途半端な気がするのですが、この映画も随所にしょーもない笑いを散りばめて、ホラーなのかコメディなのか、ゴチャゴチャになってわからなくなっています。それゆえ、本来は恐いはずのシーンも滑稽に見えてしまいます。ホラー映画としては致命的であると言えるでしょう。

 松竹といえば、同社が2011年に配給した「恐怖ノ黒電話」というイギリス映画をこの連休中にDVDで鑑賞しました。これが、ものすごく恐い事故物件が登場するホラー映画なのです。離婚し、環境を変えようとマリーが引っ越してきたアパートには、すでに回線の繋がった古い黒電話が据え付けてありました。黒電話からの謎の人物の連絡が続き、怪事件が続発し、マリーの精神状態は次第に追い詰められていきます。単なる幽霊屋敷ものではなく、電話というツールを使ってその部屋の異常性を示していく手法が斬新で、本作「事故物件 恐い間取り」の10倍は恐かった!

 さて、「事故物件」とは、その名の通り、何らかの事故が起こった不動産物件です。一般的に忌み嫌われる傾向にあり、実際に物件価格が安くなる傾向にあります。一方で、それらの事実を気にしない人にとってはお値打ちな物件と見られています。
 一般に、事故物件は以下のような物件を指します。
1.自殺や殺人事件、死亡事故、
  孤独死などがあった物件
2.過去に火災や水害による被害
3.指定暴力団組織が近隣に存在する
4.宗教的施設の跡地に建てられた
5.過去に井戸が存在し、埋め戻して建てられた
6.火葬場やゴミ処理施設などの嫌悪施設が近在する
7.登記簿謄本に記載された
  権利関係がややこしい物件

 1の「自殺や殺人事件、死亡事故、孤独死などがあった物件」ですが、自殺や孤独死は日本中で日々起こっていますので、事故物件も猛烈な勢いで増殖していることになります。これは「死」をケガレと見る考え方から来ていると言えるでしょう。これらの場所は、幽霊話を生みます。一条真也の映画館「呪怨―終わりの始まり―」「呪怨―ザ・ファイナル―」で紹介した一連の「呪怨」シリーズは殺人事件、「クロユリ団地」で紹介した作品は孤独死が起った場所を舞台としたホラー映画でした。

 2の「過去に火災や水害による被害」があった場所というのは違和感があります。というのも、そんなことを言ったら、東日本大震災の被災地はみんな事故物件になってしまうではないですか。6の「火葬場やゴミ処理施設などの嫌悪施設が近在する」というのもエッセンシャルワークに対する偏見が込められていて、まったく納得できませんし、他にも「おかしいな」と思えるものがあります。まあ、わたしが本当に嫌うのは3、7ぐらいです。

 しかしながら、場所というものに「良い場所」「悪い場所」があるというのは知っています。一般に「イヤシロチ」「ケガレチ」などと呼ばれます。 一条真也の映画館「残穢―住んではいけない部屋―」で紹介したホラー映画には、最恐のケガレチが登場します。読者の女子大生から「今住んでいる部屋で、奇妙な音がする」という手紙を受け取ったミステリー小説家が、2人で異変を調査するうちに驚くべき真実が浮かび上がってくるさまを描いた作品です。ちなみに、この映画にも「事故物件」という言葉が何度も出てきました。

 イヤシロチの代表は、なんといっても神社です。いま、若い人たちの間で、神社が「パワースポット」として熱い注目を浴びています。いわゆる生命エネルギーを与えてくれる「聖地」とされる場所ですね。「バク転神道ソングライター」こと宗教哲学者の鎌田東二先生によれば、空間とはデカルトがいうような「延長」的均質空間ではありません。世界中の各地に、神界や霊界やさまざまな異界とアクセスし、ワープする空間があるというのです。ということは、世界は聖地というブラックホール、あるいはホワイトホールによって多層的に通じ、穴を開けられた多孔体なのです。

「天国では、儀式も祈りも存在しない」という言葉があります。天国では、そこに神がおわします。天国から遠く離れた地上だからこそ、儀式や祈りが必要であるというのです。人間は、儀式や祈りによって、初めて遠隔地である天国にいる神とコミュニケーションができるというのです。もしかすると、天国というのは大いなる情報源であって、そこにアクセスするために儀式や祈りがあるのかもしれません。いわば、Wi−Fiのような存在です。儀式や祈りとは、神に「接続」するための技術なのではないでしょうか。

 そして、この地上には空港やホテルやスターバックスなどのようにWi−Fiが即座につながりやすい場所があります。神社や寺院や教会などが建っている聖地とは、そのような場所ではないでしょうか。イヤシロチも同様です。そこは、すべての情報の「おおもと」である神仏にアクセスしやすい場所なのです。
 逆に、まったくWi−Fiがつながらない場所というのもあります。それがケガレチではないでしょうか。神仏どころか、魔とアクセスしやすい場所がケガレチであると思います。

「事故物件 恐い間取り」には、4件の事故物件が登場し、いずれも心霊現象が起きます。最後の千葉の物件では、野村萬斎主演の映画「陰陽師」に登場するような悪霊のボスキャラみたいな奴が出てきて、「どうして、こんな安アパートにこんな凄い大悪霊が棲みついているのか?!」と思わずにはいられませんでしたが、主人公たちはお守りとか塩とか線香とかオーソドックスなスピリチュアル・グッズを駆使して悪霊を祓おうとするのでした。まったく笑わせてくれます。

 そういえば、この映画の主人公たちは霊をカメラに収めようとしたり、出てくれば怖がり、お祓いや除霊のことばかりを考え、まったく「供養」という発想がありませんでした。そもそも事故物件に住んで、心霊現象を撮影して、テレビで放送するという発想そのものが死者に対する礼を欠いた行為です。そんな非礼なことを続けていたら、いつか本当に罰が当たって、良くない目に遭うに違いないと思うのは、わたしだけではありますまい。心霊ホラー映画なら、わたしはアメリカ映画「シックス・センス」(1999年)のような生者が死者に語りかけ、状況をわからせて安心させてあげ、そして本来彼らがいるべき世界へ導いてあげるハートフルな映画が好きです。
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この日も黒マスクでシネコンへ!