No.477


 東京に来ています。ずいぶん涼しくなりました。
 14日は東京の新型コロナウイルスの感染者が80名で少し安心しましたが、15日はまた191名となりましたね。その夜、TOHOシネマズシャンテで映画「オフィシャル・シークレット」を観ました。この映画も北九州では観ることができません。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「イラク戦争の開戦直前に起きた事件を映画化した実録サスペンス。イラク攻撃をめぐるアメリカの違法工作活動を知ったイギリス諜報機関所属の女性が、告発に乗り出す。メガホンを取るのは『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』などのギャヴィン・フッド。『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』などのキーラ・ナイトレイ、ドラマシリーズ「ドクター・フー」などのマット・スミスのほか、マシュー・グード、レイフ・ファインズらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「2003年、イラク戦争開戦の機運が高まる中、イギリスの諜報機関である政府通信本部(GCHQ)で働くキャサリン・ガン(キーラ・ナイトレイ)は、アメリカの諜報機関・国家安全保障局からメールを受け取る。イラクへの攻撃を推し進めることを目的にした、違法な盗聴の要請が記されていたことに憤りを感じた彼女は告発を決意する。その後イギリスのオブザーバー紙の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)によってキャサリンのリークは記事になり、GCHQ内部で告発者探しが始まる」

 事実に基づいた映画ということですが、ここに描かれている事実は驚くべき内容です。しかし、イギリスという民主主義の国だからこそ主人公キャサリンの生命は保証されたと思いました。これが中国や北朝鮮での出来事だったら、おそらく彼女は生きていられなかったでしょう。嘘だらけの理由で開始される戦争が発生することを回避し、多くの人命を救おうと試みたキャサリンの行動は正しかったと思います。

 わたしは、キャサリンの行動から『論語』を連想しました。『論語』為政篇には「義を見てせざるは勇なきなり」という有名な言葉が登場します。ブログ「孔子講義収録」で紹介した講義でも説明したのですが、「人として行うべき正義と知りながらそれをしないことは、勇気がないのと同じことである」という意味です。勇とは「正義を実行する」ことにほかなりません。また、キャサリンが起こした行動は大変なリスクを伴う行動でしたが、さまざまな迫害にも負けず、彼女を応援してくれる弁護士や新聞記者や、その他にも多くの人々がいました。わたしは、『論語』里仁篇に登場する「徳は孤ならず必ず隣あり」という言葉を連想しました。「徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れる」という意味です。

 それにしても、あのアドルフ・ヒトラーの一連の蛮行でさえ、当時のドイツの法律に則っていたことを思えば、無理やりに「大量破壊兵器」の存在をデッチさげてイラクへの攻撃を開始したジョージ・W・ブッシュの杜撰さがよくわかります。世界史上から見ても、あまりにもお粗末な指導者でした。現在のアメリカ大統領であるドナルド・トランプがよく「反知性主義」などと批判されますが、イラク戦争を起こしたブッシュこそ「反知性主義」であり、21世紀最大の「大ウソつき」と呼ばれても仕方ありません。

 繰り返しになりますが、キャサリンは民主主義の国、そして法治国家の国民で幸いでした。共産主義国家や独裁国家の国民なら、とっくに命はなかったでしょう。彼女は大変な危険を冒して多くのイラク人の生命を救おうとしたわけですが、彼女の夫がイスラム教徒であったという事実があったにせよ、無実の人命を救うことはイエスでも、ムハンマドにしろ、必ずや推奨したはずです。人命を救うという人類普遍の「人の道」の前に、宗教的信条など関係ありません。そんな彼女に対して、同僚が「あなたは正しい」と言い、夫が「君を誇りに思う」と述べたことに感動しました。

 さて、イラク戦争の真実を描いた映画といえば、一条真也の映画館「記者たち~衝撃と畏怖の真実」で紹介した作品を連想しました。イラク戦争のさなかに真実を追い続けた実在のジャーナリストたちを描く実録ドラマでした。ブッシュ政権下で奔走した記者たちを、一条真也の映画館「スリー・ビルボード」で紹介した映画などのウディ・ハレルソン、「X-MEN」シリーズなどのジェームズ・マースデン、「ハリソン・フォード 逃亡者」などのトミー・リー・ジョーンズが演じるほか、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョヴォヴィッチらが共演。ウディ主演作「LBJケネディの意志を継いだ男」などのロブ・ライナーがメガホンを取りました。

 ジャーナリストのあり方を問う「記者たち 衝撃と畏怖の真実」を観ながら、わたしは一条真也の映画館「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」で紹介した映画を思い出しました。「ペンタゴン・ペーパーズ」は1971年当時のアメリカにおける最高権力者であったニクソン大統領と新聞メディアが闘う物語です。もちろん実話に基づいています。スピルバーグ監督が、本作の製作を思いついたのは、トランプ政権誕生の瞬間だそうです。結果、彼はわずか1年でこの映画を完成させました。当然ながら、過去の出来事を描きながらも、現在の政治に対する抑止力としてのメディアへのエールとなっています。

「ペンタゴン・ペーパーズ」の核心は、アメリカ政府がベトナム戦争について真実を隠していたということです。ベトナム戦争では、多くのアメリカ人兵士が死にました。当時の新聞メディアが、そして米国民がどうしても許せなかったのは、そこに無念の死を遂げた死者たちへの想いがあったからではないでしょうか。「記者たち 衝撃と畏怖の真実」にも、アメリカがイラクに戦争を仕掛けるとき、ある人物が「戦没者の慰霊碑に行ってみるといい。毎日、誰かが故人を想って涙を流している」と言うシーンが出てきます。いつの時代でも、戦争とは巨大な「グリーフ」の発生装置であることを忘れてはなりません。

 この映画を観て、外交の重要性というものも痛感しました。イギリスとアメリカの外交でのある出来事が、イラク戦争へと繋がり、多くの人間が死ぬのです。14日、自民党の新総裁に菅義偉氏が決定しました。16日の午前に開かれた閣議で、安倍晋三内閣が総辞職しました。歴代最長の7年8カ月にわたる安倍政権の実績に対する評価は、メディアによって賛否が分かれています。国内でいえば、消費増税や共謀罪の成立、「森友・加計」や「桜を見る会」の問題への批判が全般的に根強いです。しかし、外交・安全保障にかかわる分野については、海外からの評価は極めて高いと言えます。中国や韓国の難癖に対して毅然とした態度で接したのも素晴らしかったですが、アメリカのドナルド・トランプ大統領と良好な関係を築いたことが特筆されます。安倍首相の外交手腕は世界中から注目されました。日本が米国との良好な関係なくして存在できない事実を踏まえれば、安倍首相の対トランプ外交は日本でももっと評価されるべきでしょう。「オフィシャル・シークレット」では、イギリスのアメリカに対する弱腰外交が描かれていましたが、安倍外交の見事さを改めて痛感しました。ぜひ、新首相となられる菅氏にも安倍外交の踏襲を期待したいところです。

「オフィシャル・シークレット」では、主人公キャサリンがアメリカのとんでもない陰謀を暴露しますが、最近、超弩級の暴露事件がありました。香港大学の公衆保健学部でウイルス学と免疫学を専攻したイェン・リーモン博士が英国のトークショーに出演し、「新型コロナウイルスは中国の武漢ウイルス研究所から出た」と暴露したのです。イェン博士は「遺伝子の塩基配列は人間の指紋のように識別が可能だ。私は中国でこのウイルスがどのように出たのか、なぜ彼らがこのウイルスの創造者なのかに関する証拠をつかんでいる」と強調し、さらに「ウイルスの根源は私たちが知らなければならない重要なもの」だとし、「私たちがこれを知らなければ克服することは出来ないだろう。このウイルスは全ての人々の生命を脅かすだろう」と警告したました。イェン博士は香港大学での勤務中に身辺に危険を感じ、米国へ亡命している状態です。米国政府は、ぜひとも彼女の生命の安全を生涯にわたって保障してほしいものです。
 そして、この告白がもし真実ならば、彼女の勇気ある行動をぜひ映画化してほしいと思います。

 2007年に「シルク」という日本・カナダ・フランス・イタリア・イギリスの合作映画が製作されました。アレッサンドロ・バリッコによる小説『絹』を原作として、日本では2008年1月にアスミック・エースの配給により公開された他、8カ国で上映されました。物語は、19世紀のフランス、兵役を終えて故郷の村に帰ってきた青年・エルヴェは、美しい小学校教師・エレーヌと恋に落ち、結婚します。このエレーヌを演じているのが、「オフィシャル・シークレット」でヒロインのキャサリンを熱演したキーラ・ナイトレイです。
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共演した芦名星さんとキーラ・ナイトレイ



「シルク」には、役所広司をはじめ、日本人俳優も多数出演しています。物語の重要な役割を果たす謎の美女を演じたのが、14日に東京都内の自宅で亡くなっているのが発見された女優、芦名星さん(享年36)でした。女優業ではミステリアスな雰囲気をまとい多彩な役を演じてきた芦名さんですが、死因は自死とされています。死を選択した彼女の心の中は他人には知りようもありませんが、「シルク」での彼女とキーラ・ナイトレイの競演は映画史に残るもので、2人とも本当に美しく、演技合戦も素晴らしかったです。映画を観る時間とは死者を想う時間でもあります。イラク戦争のすべての犠牲者とともに、芦名星さんの御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。