No.534
10月28日の午後から出版関係の打ち合わせをして、夜はシネスイッチ銀座で映画「テーラー 人生の仕立て屋」を観ました。ウエディングドレスがテーマだと聞いていました。仕事柄もあって早く観たかったのですが、この日が最終上映日でした。ギリシャ・ドイツ・ベルギー共同製作の作品ですが、静かな物語が静かに流れていきました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ギリシャのアテネを舞台に、人生崖っぷちの男性が、一発逆転を狙うヒューマンドラマ。長年紳士服を仕立ててきたものの、廃業の危機に直面した主人公が、生まれて初めてオーダーメイドのウエディングドレスに挑戦する。ソニア・リザ・ケンターマンが監督と脚本を担当し、ディミトリス・イメロスやタミラ・クリエヴァらが出演。第61回テッサロニキ国際映画祭で、ギリシャ国営放送賞や青少年特別審査員賞などを受賞した」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「ニコス(ディミトリス・イメロス)と父親は、アテネで36年間高級スーツの仕立て屋を営んできたが、不況のあおりを受けて銀行に店を差し押さえられてしまう。そのショックで父親が倒れたため、ニコスは手作りの屋台を引いて、移動式の仕立て屋をすることを思いつく。客足は遠のく一方だったが、ある日彼はウエディングドレスの注文を受け、初めて女性服の仕立てに取り組む」
アテネで営んできた高級スーツの仕立て屋店が不況で銀行に差し押さえられ、父も倒れてしまう。崖っぷちのニコスは店を飛び出し、手作りの移動式屋台で仕立て屋を始めます。しかし、路上で高級スーツは全く売れず、商売は傾く一方でした。そんな時、「ウエディングドレスは作れる?」という思いがけないオファーがきます。これまで紳士服一筋だったニコスですが、思い切ってオーダーメイドのドレス作りを始めます。
ウエディングドレスを作る様子はなかなか楽しく描かれていました。ウエディングドレス作りとは、「しあわせ」という「かたち」のないものに「かたち」を与える行為だと改めて認識しました。わたしにも娘がいますが、親なら娘に花嫁衣裳を着せてあげたいと思うものです。ブログ「呪わずに、祝おう!」に書きましたが、26日に愛する人とついに結婚された小室眞子さんに、せめてウエディングドレスだけでも着せてあげたいと思ったのは、わたしだけではありますまい。
ニコスは、露店でもウエディングドレスを売ります。それも鮮魚の店の隣です。ブライダルビジネスに従事しているわたしのような者から見ると、「外だと、ドレスが日焼けしないかな」とか「魚の臭いが移らないかな」などと心配していますが、ニコスの店は売る方も買う方も楽しそうです。そして、お客はみんな徹底的に値切ります。それが大阪のオバちゃんも驚くほどの値切り方なのですが、国家が破綻したギリシャの人々の貧しさもよく描かれていました。結婚式が近づき、ドレスが次第に出来上がっていくときの新婦や周囲の人々の期待感に満ち溢れた表情は微笑ましかったです。ニコスが作る色とりどりのドレスは、新たな出会いと幸せを繋いでいきます。
この映画は物語がほとんど進展しないので、少々眠くなるのですが、最後の方でささやかなロマンスが描かれました。ニコスと、彼を手伝う子持ちの人妻のロマンス、あるいはアバンチュールです。しかし、彼女には屈強なタクシー運転手の夫がおり、ニコスにはその夫から彼女を奪う勇気はありませんでした。観ていて切ない気分になりましたが、彼女と二人で海を見ながらニコスが語った言葉が印象的でした。自分の生まれ故郷という小さな島を指さして、ニコスは「あの島ではドレスは作れない。作れるのはスーツだけだ」と言います。「どうして?」と尋ねる彼女に対して、ニコスは「あの島は葬式しかないからだ」と言うのでした。そう、結婚する若い男女がいる場所には未来があり、希望があるのです。
映画の最後にも、ちょっとした希望のシーンがありました。ニコスの移動式店舗がグレードアップしていたのです。「人生に絶望なし」ということを示すラストシーンでした。この度のコロナ禍では、多くのファッション関係の店が閉店したことと思います。ファッション関係だけでなく、ブライダル業界やホテル業界も大きなダメージを受けました。この映画は、そんな業界の人々に「絶望するな!」「なんとか生き残る道を見つけろ!」というメッセージを与えてくれたようにも思います。奇しくも、この映画を観た28日、東京都は、新型コロナウイルスの感染状況についての警戒レベルを、4段階のうち、最も低い「1段目のレベル」に引き下げました。去年7月に感染状況の分析を始めて以来、初めてのことです。和光をはじめ、銀座を代表する各店のディスプレイもキラキラ輝き、多くの人々の姿がありました。なんだか、コロナの先の希望の光を見たような気がしました。最後に、「スーツ以外のものを作るなんて」とニコスのドレス作りを頑なに否定していた職人気質の父親が、車椅子に乗って彼が仕立てたドレスを見て、「いい出来だ」と言った場面はグッときました。父と子の関係を描いた名作の1つだと思います。