No.533


 10月21日の午後、東京から北九州に戻りました。帰りのJAL機内には、異様にスタイルの良いジャージ姿の女性が搭乗していました。いま北九州市で開催中の「2021年世界体操競技選手権」に出場する選手かもしれません。会場は北九州市総合体育館ですが、体操に興味のないわたしは、その夜、小倉のシネコンに向かい、映画「最後の決闘裁判」を鑑賞しました。上映時間が152分という長さでしたが、まったく飽きずに一気に観ました。傑作です!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「エリック・ジェイガーによる『最後の決闘裁判』を原作に描くミステリー。600年以上前にフランスで行われた、決闘によって決着をつける『決闘裁判』の史実を基に、暴行事件を訴えた女性とその夫、そして被告の3人の命を懸けた戦いを映し出す。『グラディエーター』などのリドリー・スコットが監督を務め、マット・デイモンとベン・アフレックが脚本とともに出演も果たす。ドラマシリーズ『キリング・イヴ/Killing Eve』などのジョディ・カマー、『マリッジ・ストーリー』などのアダム・ドライヴァーらが共演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「中世のフランスで、騎士カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリット(ジョディ・カマー)が、夫の旧友であるル・グリ(アダム・ドライヴァー)から暴力を受けたと訴える。事件の目撃者がいない中、無実を主張したル・グリはカルージュと決闘によって決着をつける『決闘裁判』を行うことに。勝者は全てを手にするが、敗者は決闘で助かったとしても死罪となり、マルグリットはもし夫が負ければ自らも偽証の罪で火あぶりになる」

「最後の決闘裁判」は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)英語学科教授で中世文学研究者のエリック・ジェイガーが、2005年に発表したノンフィクション『決闘裁判 世界を変えた法廷スキャンダル』(栗木さつき訳・早川書房)の映画化です。アマゾンの「内容紹介」には、「1386年、百年戦争さなかのフランスで、後世に名を残すひとつの決闘裁判がおこなわれた。ことの発端は、およそ1年前。ノルマンディの騎士ジャン・ド・カルージュの妻が強姦され、犯人として従騎士ジャック・ル・グリの名が挙げられた」と書かれています。

『最後の決闘裁判』の書名で文庫化もされた同書のアマゾン「内容紹介」には、「重罪犯としてル・グリの処刑を望むカルージュと無罪を訴えつづけるル・グリ。ふたりの主張は平行線をたどり、一向に解決を見ない争いの決着は、生死を賭けた決闘裁判にゆだねられた。そして12月29日の寒い朝、王侯貴族や数千もの群衆が見つめるなか、甲冑に身を固めたふたりの男が、いっぽうが血を流して倒れるまで闘いつづけたのである。当時の人々が両者の支持をめぐって真っ二つに分かれたように、この決闘は、数世紀にわたって物議をかもし、後世の歴史家たちの意見も割れた。ほんとうのところ、罪を犯したのは誰だったのか、と。多くの研究者を虜にしてやまないこの事件の真相は、どこに隠されているのだろうか?」とも書かれています。

 映画「最後の決闘裁判」では、事件の真相が強姦したと訴えられた男、強姦されたと主張する人妻、そして彼女の夫という3人の視点から描かれます。これは、第12回ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞、第24回アカデミー賞の名誉賞(現在の国際長編映画賞)を受賞した黒澤明監督の「羅生門」(1950年)と同じ手法です。レイプ事件の真相をめぐる物語というにも共通しています。「羅生門」では、平安時代を舞台に、ある武士の殺害事件の目撃者や関係者がそれぞれ食い違った証言をする姿をそれぞれの視点から描き、人間のエゴイズムを鋭く追及。同じ出来事を複数の登場人物の視点から描く手法は、「羅生門」により映画の物語手法の1つとなり、国内外の映画で何度も用いられました。海外では羅生門効果などの学術用語も成立しています。日本映画史に燦然と輝く永遠の名作です!

「最後の決闘裁判」で扱われた「ル・グリ事件」は日本人にはまったく馴染みがありませんが、ヨーロッパでは有名のようです。日本でいえば、「忠臣蔵」とか「池田屋事件」のようなものかもしれませんね。エリック・ジェイガーのノンフィクションの映画化を企画した20世紀FOXは、当初はマーティン・スコセッシ監督の起用を考えていましたが、その後、リドリー・スコット監督の作品として製作。脚本は、マット・デイモンとベン・アフレックが担当しました。彼らが一緒に脚本を手がけるのは、両者の出世作「グッド・ウィル・ハンティング」(1997年)以来の約22年ぶりとなる親友コラボ作です。

 人妻を強姦したとされたル・グリの役を演じるのはマット・デイモンか、ベン・アフレックかと話題になりましたが、結局、マット・デイモンはカルージュを、ベン・アフレックはピエール伯を演じました。ル・グリを演じたのはアダム・ドライヴァーでしたが、個人的にはル・グリ役はやはりベン・アフレックで、実生活では親友同士の2人が決闘シーンを展開する方が面白かったと思います。それでも、映画「最後の決闘裁判」の決闘シーンはド迫力で、格闘技に目のないわたしから見てもリアルな闘いに思えました。柔術などの寝技はもともと戦場で相手を身動きできないように押さえ込んで首をかき切るための技術でしたが、この映画の決闘シーンを観て、それを思い出しました。

「最後の決闘裁判」のリアルな決闘シーンは、アカデミー作品賞を受賞したリドリー・スコット監督の名作「グラディエーター」(2000年)で描かれた古代ローマ帝国のコロッセウムでの死闘をも連想させました。しかし、そもそも、なぜ裁判の決着が決闘になるのでしょうか。501年にブルゴーニュ王グンドバート制度化したとされる決闘裁判は、ヨーロッパ各地に広がり、中世ヨーロッパでは長きにわたり裁判としての決闘が行われました。こうした裁判が行われたのは「神は正しい者に味方する」「決闘の結果は神の審判」というキリスト教の信仰が背景にありました。ただし封建主義時代のことなので決闘の対象となりうるのは貴族や自由人に限られていました。

 決闘による裁判方法は10世紀から12世紀に最盛期を迎えましたが、1215年にはラテラン公会議で禁止され、ついで1258年のルイ9世の勅令によっても禁止されました。裁判としての正当性が疑われるようになってきたためであり、フランスやイギリスでは14世紀以降にはこの形態の決闘はほとんど姿を消します。この映画では、フランスで法的に認められた最後の決闘の顛末が描かれているわけです。なお、その後、決闘裁判は減っていきましたが、代わりに16世紀以降は個人間での名誉回復の手段として私闘の「名誉のための決闘」が増えました。名誉のための決闘は特に上流階級の間で盛んに行われました。

 面白いのは、リドリー・スコット監督のデビュー作が究極の決闘映画だということです。「デュエリスト/決闘者」(1977年)がそれで、原作はジョゼフ・コンラッドの短編小説「決闘」です。舞台は1800年のフランス。士官のデュベール中尉はトレアール将軍から、第7騎兵隊のフェロー中尉への謹慎処分の伝令を受けます。決闘好きのフェローは軍の規律を破っては無意味な決闘を繰り返し、ストラスブールでの決闘で市長の甥に重傷を負わせたのでした。フェローと面会したデュベールは軍令を伝えますが、フェローは逆恨みしてデュベールに決闘を申し込みます。決闘は引き分けに終わりますが、フェローはその後もデュベールに執着し、事あるごとに難癖をつけて決闘をしかけるようになります。2人の決闘は年や国が変わっても続いていきますが、まさに奇想天外な決闘映画です!

 マット・デイモン、ベン・アフレック、アダム・ドライヴァーも熱演でしたが、「最後の決闘裁判」で最も存在感を放ったのは主演女優のジョディ・カマーです。3人の男優を完全に食う素晴らしい演技でした。現在28歳のイギリス人女優である彼女の存在を初めて知ったのは、一条真也の映画館「フリー・ガイ」で紹介した映画でしたが、そこでも輝いていました。これから世界の映画界を背負う女優の1人になると思います。ジョディ・カマーも俳優として男優たちを圧倒しましたが、この「最後の決闘裁判」という映画自体が女性のための映画だったと思います。中世のヨーロッパに、ここまで強い女性が存在したとは驚きました。

「最後の決闘裁判」の裁判シーンを観て、わたしは1976年のアメリカ映画「リップスティック」を思い出しました。当時アメリカで社会問題化していたレイプをテーマに、抑圧された現代社会に潜む暴力を描いた作品です。文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫で女優のマーゴ・ヘミングウェイとマリエル・ヘミングウェイが姉妹共演したことでも話題になりました。トップモデルのクリスは妹のキャシーから、彼女の音楽教師ゴードンを紹介されます。後日、クリスの部屋を訪れたゴードンは突如豹変、彼女に赤い口紅を塗りたくった上でレイプします。クリスはゴードンを告訴しますが、彼の巧みで不当な戦術によって無罪となります。ゴードンはその後キャシーをもレイプ、怒りが頂点に達したクリスは銃をとり、ゴードンを射殺するのでした。法廷でのセカンド・レイプの問題と併せて、「最後の決闘裁判」との共通点を感じました。

 法廷でのセカンド・レイプを描いた映画には、日本でも田中裕子主演の「ザ・レイプ」(1982年)がありますが、その40年後となる2021年10月15日に日本公開された「最後の決闘裁判」は、MeToo映画でもあります。#MeToo(ミートゥー)は、「私も」を意味する英語にハッシュタグ(#)を付したSNS用語です。セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験を告白・共有する際にソーシャル・ネットワーキング・サービスで使用されます。MeTooといえば、一条真也の映画館「スキャンダル」で紹介した昨年2月に日本公開された映画が代表的です。2016年にアメリカのテレビ局FOXニュースで行われたセクシュアルハラスメントの裏側を描いたドラマ。テレビ局で活躍する女性たちをシャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビー、数々のセクハラ疑惑で訴えられるCEOをジョン・リスゴーが演じました。

「#MeToo」運動ですが、映画界も震源地になりました。米国映画界の実力者として、業界内で非常に大きな影響力を持ち、業界の人々から恐れられ、逆らいがたい存在となっていたハーヴェィ・ワインスタインがセクハラで告発されたのです。もともと、2006年に若年黒人女性を支援する非営利団体「Just Be Inc.」を設立したアメリカの市民活動家タラナ・バークが、家庭内で性虐待を受ける少女から相談されたことがきっかけで、2007年に性暴力被害者支援の草の根活動のスローガンとして提唱し地道な活動を行ったのが「#MeToo」の始まりですが、2017年にニューヨーク・タイムズが、2015年から性的虐待疑惑のあった映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる数十年に及ぶセクシャルハラスメントを告発したのです。これは後に「ワインスタイン効果」と呼ばれるほどの大反響がありました。

 2015年にワインスタインの名を出さずに問題のセクハラを告発していた女優のアシュレイ・ジャッドら数十名が実名でセクハラを告発、雑誌「ザ・ニューヨーカー」も10ヶ月に及ぶ被害者への取材記事をウェブ版で発表し、大きな話題になりました。セクハラや性的暴行が発覚したことで、ワインスタインが経営するワインスタイン・カンパニーは経営が悪化、2018年3月19日に連邦破産法の適用申請手続きが行われました。また、被害者たちによって申し立てられていた性的暴行の件で、2018年5月25日にニューヨーク市警によって逮捕され、その姿はマスコミにもさらされ、訴追されました。そして、なんと、わたしが映画「スキャンダル」を観た当日である2020年2月24日、ニューヨークの裁判所の陪審はワインスタイン被告に有罪評決を出しました。わたしは、個人的にこのワインスタイン事件をテーマにした映画が観たいです。

「最後の決闘裁判」の製作は、このMeToo運動の広がりが背景にあると思います。だからこそ、マーティン・スコセッシ監督による映画化企画がお蔵入りになったのに、リドリー・スコット監督の作品として企画が復活し、かつ実現したのでしょう。また、セクシャルハラスメントやジェンダーギャップはSDGsのテーマでもありますので、「最後の決闘裁判」はSDGs映画でもあるでしょう。この映画で描かれた男同士の決闘は迫力満点を通り越して残酷そのものであり、決して後味の良いものではありません。しかし、決闘を描いた映画としては間違いなく傑作です。そして、わたしが言いたいのは、この映画が描いた本当の決闘とは、2人の男性が殺し合う決闘ではなく、1人の女性が時代に対して挑んだ決闘であるということです。

 この映画を観終えて、現在、時代と決闘している1人の日本人女性のことを想いました。いま29歳であるその女性は、今月26日に自らの心中を語ります。ブログ「若い2人に結婚式を!」にも書いたのですが、わたしは、彼女の今後の人生が幸福であることを願わずにはいられません。彼女の置かれている状況を見ても、まだまだ日本における女性の立場は弱すぎます。2人の娘を持つ身として、わたしは女性が一切の差別を受けない社会の実現を望みます。時代と決闘するすべての女性たちに幸あれ!