No.536


 10月31日は、仮装して選挙に行こうと思っています。(笑)
 10月30日の夕方、東京から帰ってきました。その夜、この日から公開された日本映画「老後の資金がありません!」をシネプレックス小倉で観ました。事前に観た予告編などでアンチ冠婚葬祭映画だと思い込んだわたしは、「これは公開初日に観て、レビューで反論しなければ」と考えていましたが、実際は「本当の冠婚葬祭は、どうあるべきか?」を考えさせてくれる傑作ハートフル・コメディでした。

 ヤフー映画の「解説」には、「老後の資金を貯めてきた主婦が直面する悩みをつづった垣谷美雨の小説を映画化。老後は安泰だと考えていた主人公が、さまざまな問題に振り回される。主演はドラマシリーズ『緊急取調室』などの天海祐希。『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』などの前田哲がメガホンを取り、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』などの斉藤ひろしが脚本を手掛けた」と書かれています。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「節約がモットーの主婦・後藤篤子(天海祐希)は、夫の給料や自身のパート代をやり繰りして老後の資金を貯めてきた。ある日、しゅうとが他界し400万円近い葬儀代が必要になるが、自身のパートの契約が更新されず、さらに娘の結婚が決まって多額の出費に頭を抱える中、夫の会社が倒産してしまう。そして成り行きで同居することになったしゅうとめは、金遣いが荒かった」

 原作者である垣谷美雨には、『うちの子が結婚しないので』(新潮文庫)とか『夫の墓には入りません』(中公文庫)などの作品もあり、どうも冠婚葬祭や終活(修活)に関心が深い作家さんのようですね。映画の原作『老後の資金がありません』(中公文庫)のアマゾンの「内容紹介」には、「しっかり貯金して老後の備えは万全だったわが家に、突然金難がふりかかる! 後藤篤子は悩んでいた。娘が派手婚を予定しており、なんと600万円もかかるという。折も折、夫の父が亡くなり、葬式代と姑の生活費の負担が発生、さらには夫婦ともに職を失い、1200万円の老後資金はみるみる減ってゆく。家族の諸事情に振り回されつつもやりくりする篤子の奮闘は報われるのか? 普通の主婦ががんばる傑作長編」と書かれています。

 原作では、後藤夫妻の老後資金は1200万円となっていますが、映画では約700万円です。この映画に関しては、予告編その他で「700万円しか老後の資金がない夫婦が、親の葬儀代400万円、娘の結婚披露宴の両家折半代300万円の出費で一文なしになるというアンチ冠婚葬祭コメディ」との情報を得ていたので、「こんな映画がヒットしたら、コロナ禍で疲労している冠婚葬祭業界がさらなる打撃を受けてしまう」と心配し、「これはガチで批判レビューを書くことになるかも」と思った次第です。いわば、島田裕巳氏の『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)の映画版のようなイメージを抱いたわたしは、『葬式は必要!』(双葉新書)でガチ反論した記憶が蘇りました。

 確かに、冒頭の父親の葬儀のシーンは観ていてハラハラしました。故人が老舗の和菓子屋の主人だったとはいえ、閉店してかなりの時間が経過しているのに、大量の参列者と香典を見込んでセレモニーホールの最も広くて立派な部屋を押さえたのは、スクリーンを観ながら「やめておけばいいのに...」と思いましたね。故人の嫁である主人公の篤子は、友近演じるやり手のベテラン葬儀社社員の巧みな言葉につられて、棺も祭壇も高価なものを選びますが、結局は後悔します。わたしは「こういう葬儀社はもう古いよ」とも思いました。これまでの葬祭業界では、葬儀単価を上げることのできるスタッフが良い社員とされましたが、これからはご喪家の悲嘆に寄り添い、グリーフケアの心得があるスタッフが理想的な社員とされます。

 冒頭から「これからの老後は2000万円どころか、4000万円必要です!」などの情報が流れ、全篇がカネにまつわる話ばかりですが、気が重くなったり、嫌な気分にならないのは、登場人物が基本的に善人ばかりだからです。特に、主人公の篤子は失業して失意の夫(松重豊)にとても優しく、「素晴らしい奥さんだな!」と思いました。それと、カネに困っているといっても、後藤家には東京に瀟洒な一軒家の持ち家があり、世間一般から見れば、恵まれている家庭であると思います。その後藤家の長女(新川優愛)の婚約者(加藤諒)が訪問したとき、夫妻は大いなる違和感と不安を覚えますが、やがてその婚約者および彼の両親もファミリーの一員となります。そして、ハッピーエンドが待っています。天海祐希にとっては、一条真也の映画館「最高の人生の見つけ方」で紹介した吉永小百合との共演作に次ぐ「人生の修め方」映画に主演したことになります。

 また、姑の芳乃役の草笛光子が素晴らしかった。チャーミングなおばあちゃんを見事に演じ切りました。松竹歌劇団(SKD)出身の草笛光子と宝塚歌劇団出身の天海祐希がヨガをしたり、「ラストダンスは私に」を一緒に熱唱する場面などは見応えがありましたね。あと、「若い頃は宝塚に入りたかったのよ」という姑(草笛)が、「あら、わたしもです!」と言う嫁(天海)に向かって、「あら、あなたは向いてないわ」と言い放つシーンは爆笑でした。篤子の両親を竜雷太と藤田弓子が演じているにも笑えました。他にも、クリス松村とか、佐々木健介・北斗昌夫妻とか、毒蝮三太夫とか、三谷幸喜とかの怪演(?)が楽しく、お祭り感がありました。氷川きよしの主題歌「Happy!」も陽気なカーニバル・ソングの趣がありますね。

「祭り」といえば、健康に不安を感じた芳乃は「生前葬をやりたい」と言います。直前に義父の葬儀代で痛い目に遭った篤子は猛反対しますが、じつは、姑の生前葬はお金のかからないものでした。知り合いのガーデンを無償で借り、料理も参列者たちが手料理を持ち寄るというスタイル、そう、「隣人祭り」そのものだったのです。その生前葬で、芳乃はお世話になった人々への感謝、特に篤子への感謝の言葉を口にします。そう、感謝の想いを伝えることは葬儀の大きな目的であり、それが故人は自ら感謝の言葉を口にできませんから、代わりに遺族が参列者に伝えるわけです。でも、生前葬の場合は本人が自ら感謝の想いを伝えることができるわけで、素敵なことです。

 芳乃の手作り生前葬という感動的なセレモニーを見て、派手婚を予定していた娘と婚約者も、「ぼくたちも手作りの結婚式をやります!」と言います。この場面も非常に心が温かくなりました。わたしは冠婚葬祭業者ですが、「結婚式も、葬儀も、きちんとお金をかけて派手にやるべし」などとはまったく思っていません。大切なのは儀式という「かたち」によって、縁や愛や感謝といった目に見えないものを「見える化」すること。冠婚葬祭は行うことそのものが何よりも大事であり、そこで値段の高い・安いは関係ないのです。最後に、老後の資金に不安がある方で、親の葬儀代や子どもの結婚式費用が心配な方は、お近くの冠婚葬祭互助会に入会されることをおススメいたします!
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