No.556
28日、新たに確認された新型コロナウイルスの感染者は東京で17631人、福岡県で3870人、全国では初めて8万人を超えました。そんな中、シネプレックス小倉で日本映画「ノイズ」を公開初日の夜に観ました。映画館は換気設備が整っているのと上映中は会話しないため飛沫感染も防げるので、じつは最も安全な場所の1つです。この作品はグリーフケアに少しだけ関係がありましたが、豪華な配役の割には脚本がダメでした。残念な映画でした。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『DEATH NOTE デスノート』シリーズで共演した藤原竜也と松山ケンイチが主演を務めたサスペンスドラマ。平穏な島に暮らす青年たちが犯してしまった殺人が、彼らや島民の運命を大きく狂わせていく。筒井哲也のコミックが原作で、監督は『彼女』などの廣木隆一、脚本は『町田くんの世界』などの片岡翔が担当する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「猪狩島に暮らす青年・泉圭太(藤原竜也)。生産を始めた黒イチジクが評価され、島が5億円の地方創生推進特別交付金を受けられることになり、彼は過疎化に苦しむ島の人々に希望を与えられた喜びをかみしめていた。そんな折、小御坂睦雄という男が島に現れる。圭太と猟師の田辺純(松山ケンイチ)、警察官の守屋真一郎は、不審な言動の彼を警戒していたが、誤って殺してしまう。殺人を隠ぺいしようとする3人だが、殺人鬼で元受刑者だった小御坂の足取りを追っていた県警が島に乗り込んでくる」
この映画、俳優陣の演技合戦は素晴らしいです。藤原竜也、松山ケンイチの 「DEATH NOTE デスノート」コンビをはじめ、神木隆之介、黒木華、浅野忠信と錚々たるメンバーです。さらに柄本明・余貴美子などのベテラン勢も怪演しています。しかし、最も鬼気迫る演技は、主人公たちに殺される元受刑者・小御坂睦雄を演じた渡辺大知のそれでした。サイコキラーとしての彼の不気味さ、異常さに満ちたに演技は本当に怖かったです。
それにしても、せっかくの豪華俳優陣がもったいないくらい、脚本が良くなかったです。前半はスリルがあってドキドキするのですが、なぜか後半で一気に失速しました。予告編ですでに殺人が行われることはわかっているので、この映画のポイントは隠した死体が見つかるかどうかの一点です。ポスターにある「殺した。埋めた。バレたら終わり。」というキャッチコピーそのままです。そこはわりとハラハラドキドキするのですが、何しろ脚本が悪いので、散りばめた伏線がうまく繋がりません。
藤原竜也演じる泉圭太と黒木華演じる加奈の夫婦は幼馴染で、ともに両親を海難事故で亡くした仲でした。つまり、2人は共通のグリーフを抱えていたわけですが、娘を授かり、いちじく栽培を成功させていくことによって彼らのグリーフはケアされていきます。しかし、夫婦の間に1人の人物が入り込むことによって、彼らのグリーフケアは実現されず、さらなるグリーフを抱え込んでしまいます。あまり書くとネタバレになるので(正直、大したネタではありませんが)、ラストのどんでん返しもつまらなかったです。人間の怖さを描きたかったのでしょうが、あまりにも底が浅いと思いました。
人間の怖さといえば、この映画には男のジェラシーが描かれていますが、ちょっとだけゾッとしました。嫉妬は女のさがであり、男は嫉妬しないという人もいます。たしかに『字訓』を著した漢字学の大家・白川静によれば、「嫉」とは疾に通じ、疾病や疾悪という意味につながります。もともとが、その情は「女人において特に甚だしい」ことから、嫉の字を用いたといいます。「ねたむ」「そねむ」の意味を持つ「妬」も、女偏を持つのは同じことです。しかし、男も嫉妬します。むしろ男の嫉妬の方が始末におえないのかもしれません。自分が他人より劣る、不幸だという競争的な意識があって心に恨み嘆くことを嫉妬だと考えるなら、同級生とか同期といったフラットな人間関係にこそ根深い嫉妬は生まれるのでしょう。
この映画にどうしても違和感が残ったのは、離島に対する偏見というか、差別意識です。島の住民には余所者を拒む強い排除意識があるというふうに描いていますが、高齢化と過疎化に苦しむ島民たちに対して悪意のある描写だと思いました。小説でも映画でも、ホラーには、辺鄙な地方に伝わる奇怪な風習を描いた作品があります。「フォークホラー」などと呼ばれますが、沖縄の離島とか、中国地方の山奥(横溝正史の世界がまさにそう!)とかに伝わる異常な怪奇習俗をテーマにしたものが多く、過疎地に対する悪質な偏見であると批判する見方もあるようです。わたしは、この「ノイズ」にもそれを強く感じました。
渡辺大知の演技は秀逸ではあったけれども、受刑者の描き方にも悪意を感じます。せめて映画くらい、差別や偏見のない世界を描いてほしいと思うのは、わたしだけではないでしょう。結局、この映画の最大のウリは藤原竜也、松山ケンイチ、神木隆之介の三大若手俳優の共演ですが、じつはこの中の1人が拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の映画化である「月あかり」の主演候補リストに上がっています。抜群の存在感を持つ彼が、グリーフケア映画に出演してくれれば嬉しいのですが・・・・・・。