No.557


 29日は全国の感染者が8万4000人を超えて過去最多でした。その日の夜、日本映画「さがす」をシネプレックス小倉で観ました。映画館は換気設備が整っているのと、上映中は会話しないため飛沫感染も防げるので、じつは最も安全な場所の1つです。それでもコロナ禍中での映画鑑賞にリスクが伴うとするなら、まさにハイリスク・ハイリターンということで、凄い映画を観ることができました。早くも、今年の一条賞候補作に出合いました!

 ヤフー映画の「解説」には、「『岬の兄妹』などの片山慎三が監督と脚本を手掛けたドラマ。一人残された娘が、突然行方をくらませた父親を探し始める。『マメシバ』シリーズなどの佐藤二朗が父親、『湯を沸かすほどの熱い愛』などの伊東蒼が娘を演じ、『東京リベンジャーズ』などの清水尋也、ドラマシリーズ「全裸監督」などの森田望智らが共演する。第26回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門に出品された」と書かれています。

 ヤフー映画の「あらすじ」には、「原田智(佐藤二朗)は、中学生の娘・楓(伊東蒼)と大阪の下町で暮らしていた。ある日、彼は娘の楓に指名手配中の連続殺人犯を目撃したと告げ、その翌朝突然姿を消す。警察は本腰を入れて捜索してくれず、楓は自分の力で父を捜して歩く。ようやく日雇い現場に父親の名前を発見して訪ねて行くと、そこには全くの別人の若い男性がいた」と書かれています。

この映画は、社会の暗部というか、最底辺の世界というか、とにかく超ヘビーな物語が展開されていきます。大阪の西成地区での炊き出しの場面なども出てきて、わたしは「隣人愛の実践者」こと奥田知志さんを思い出しました。現在、「NPO法人 抱樸」の代表であり、ホームレス支援活動の第一人者である奥田さんはかつて西成で炊き出しをされていたからです。それで、あまりにも映画の内容がヘビー過ぎて気が滅入るかというと、これが大違い。じつに面白かったです。観客の予想を裏切り続けるというか、想定していたのとまったく違う展開が繰り広げられて、少しも飽きません。ミステリーとしては、一条真也の映画館「ノイズ」で紹介した前日観た映画よりもずっとハラハラドキドキの連続で、優れたエンターテインメントでした。

 この映画、とにかく映像が斬新でした。特に、佐藤二朗が演じる原田智が消える前夜の自宅アパートの様子とか、伊東蒼が演じる楓が消えた父の居所を知っていると思われる謎の男を追って自転車で疾走する場面などは、フィルム・ノワールのようでした。片山慎三監督の豊かな才能を感じます。片山監督は1981年、大阪府豊中市出身。中村幻児監督主催の映像塾を卒業。日本人唯一のポン・ジュノ作品の助監督を務め、2019年公開の「岬の兄妹」で映画監督としてデビュー。2020年には「そこにいた男」を監督しますが、「岬の兄妹」「そこにいた男」ともに実際にあった事件を元にした脚本で、「殺人の追憶」などポン・ジュノ監督からの濃い影響が窺えます。

 映画「さがす」では、懸賞金300万円を手にするために指名手配中の連続殺人犯を捕まえようとして姿を消した原田智を演じた佐藤二朗がすごく良かったです。落ちぶれた感がすごくて、「本当に、西成のオッサンでは?」と思わせるリアリティがありました。1969年愛知県出身の彼は、信州大学卒業後、リクルートに入社。しかし、入社式の雰囲気に違和感を覚え、初日で退職して帰郷。その後、劇団附属の文学座俳優養成所に入所します、1年後の入団試験に落ちたため、さらに別の劇団に入団するも1年で退団。その後も紆余曲折を経て俳優になりました。30代に入り、佐藤の出演舞台を観た堤幸彦が「ブラック・ジャックⅡ』に医者役で起用。以降、映像作品への出演が続くようになり、トリッキーな役どころで話題となりました。

 失踪した父親を捜す女子中学生の楓を演じた伊東蒼もすごく良かったです。彼女は2005年9月16日生まれで、現在16歳。大阪府大阪市出身。2011年、6歳の時にドラマ「アントキノイノチ〜プロローグ〜 天国への引越し屋」でデビュー。2016年、一条真也の映画館「湯を沸かすほどの熱い愛」で紹介した同年の多くの映画賞を受賞した話題作で子役ながらに重要な役どころを演じ、「第31回高崎映画祭 最優秀新人女優賞」を受賞。2017年には「島々清しゃ」で映画初主演を務め、「第72回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞」を12歳という史上2番目の若さで受賞しています。「湯を沸かすほどの熱い愛」で共演した杉咲花のように、いずれはNHK朝の連続テレビ小説のヒロインを演じる可能性を持った有望女優ですね。

 サイコキラーを演じた清水尋也も存在感がありました。前日に観た「ノイズ」で主人公たちに殺される元受刑者・小御坂睦雄を演じた渡辺大和に負けない不気味さを醸し出していました。1999年東京都出身の彼は、4つ年上の兄・清水尚弥の主演映画「からっぽ」の試写会で事務所の人間に誘われ芸能界入り。初めての出演作は2012年制作の映画「震動」オーディションの末、一条真也の映画館「渇き。」で紹介した中島哲也監督の問題作で壮絶ないじめにあうボク役、「ソロモンの偽証」ではクラスメイトに恐怖を与える不良役という両極端な役を演じ、脚光を浴びました。2018年、広瀬すず主演の日本テレビ系テレビドラマ「anone」で第11回コンフィデンスアワード・ドラマ賞新人賞を受賞。同年7月期のテレビ東京系テレビドラマ「インベスターZ」でドラマ初主演。201年、第11回TAMA映画賞において最優秀新進男優賞を受賞。

 そして、もう1人、「さがす」で強烈な存在感を放った人物がいます。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、清水尋也演じる指名手配中の連続殺人犯と何らかの関係がある「ムクドリ」と呼ばれる女性です。女優の森田望智が演じていますが、彼女は昨年、NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」で気象予報会社の同僚役だった清水と共演しています。今回は「モネ」とは正反対な役柄を演じ、本人はインタビューの答えて「一緒の人たちに見えないはずです! 同時期に撮影をしていたので、お互いの目つきも違いすぎて」と語っています。彼女といえば、Netflixで配信の「全裸監督」シリーズで、ヒロインのAV女優黒木香こと佐原恵美役を、まさに「体を張って」熱演したことで注目されました。オーデションで摑んだ役ですが、黒マジックで黒木香のトレードマークである腋毛を描いて臨んだそうです。「さがす」でも堂々の怪演ぶりを見せており、この凄い映画がさらに凄味を増しています。

 さて、「さがす」は親しい者の失踪の背景に想像を絶する真実が存在したという物語ですが、1981年の松竹映画「真夜中の招待状」を思い出しました。遠藤周作の小説「闇のよぶ声」を映画化した作品で、監督は野村芳太郎。稲川圭子(小林麻美)は、婚約者の田村樹生(小林薫)のことで神経科医の会沢(高橋悦史)を訪ねました。樹生の三人の兄が次々と蒸発するという謎の事件が続き、そして今度は自分が蒸発してしまうのではないかという強迫観念にとらわれて樹生がノイローゼに陥ってしまったのです。まるで神隠しにあうかのように忽然と人が消えていきます。その事件を解く鍵として、会沢は樹生に夢の記述を勧めます。夢という形で近い将来に起こることを予見する本能が人間にはあるのだというのです。樹生と圭子はやがて3人の蒸発には奇妙な関連があることに気づくのでした。人間の深層心理と存在の本質に迫るミステリーでした。

 また、「さがす」には多くの社会問題が登場しますが、最も深刻なのは「死にたい」と願い、「自分を殺してほしい」と他人に依頼する人々の存在でした。これは、園子温監督の「自殺サークル」(2002年)を連想しました。当時、国内で流行し始めた集団自殺をテーマにした映画で、同監督による「紀子の食卓」(2006年)の前日譚です。新宿のプラットホームで、楽しげにおしゃべりをする女子高校生の集団。電車がホームに入ってきた瞬間、彼女たち54人の女子高校生たちは手をつないだまま飛び降りました。同じ頃、各地で集団自殺が次々と起こり始めます。"事件"なのか"事故"なのか、迷う警察。そんな中、警視庁の刑事・黒田(石橋凌)のもとに次回の集団自殺を予告する電話が入ります。本格捜査に切り替え、集団自殺をくい止めようとする黒田や渋沢刑事(永瀬正敏)たちの奮闘も虚しく、再び都内のあちこちで壮絶な連鎖自殺が続発します。最初から最後まで、救いのない映画でしたね。

「さがす」に話を戻すと、「指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」と言う智の言葉を、楓はいつもの冗談だと聞き流していましたが、その翌朝、智が忽然と姿を消します。警察からも「大人の失踪は結末が決まっている」と相手にされない中、必死に父親の行方を捜す楓の姿は、観ていて胸が痛みました。こんなふうに親が突然消えた子どもが実際にいたら、どれほど不安でしょう。また、「自分は親から捨てられたのだ」と思ったら、どんなにか心が傷つくことでしょうか。姿を消した父親を演じた佐藤二朗、必死に父を捜す伊東蒼ともに自然な演技で、まるで本当の父娘みたいでした。2人が卓球をプレイする場面があるのですが、ともに信じられないほど上手で、延々とラリーが続くので仰天しました。しかも、その間、この映画で最も重要なセリフを口にし合っているのです。最後まで、「とんでもないものを観せられた!」と思わされる凄い映画でした。