No.558


 オミクロン感染大爆発の2月4日に公開された「大怪獣のあとしまつ」を観ました。小倉のシネコンで最大の1番シアターでしたが、ガラガラでした。ちなみに、映画館は換気設備が整っているのと、上映中は会話しないため飛沫感染も防げるので、じつは最も安全な場所の1つです。映画ですが、悲しいほど残念な内容でした。公開前のネット評価は異常に低かったです。怪獣好きのわたしは「公開後は評価も上がるだろう」と期待しましたが、ダメでした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『音量を上げろタコ! なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』などの三木聡が監督と脚本を務めた特撮ドラマ。腐敗と膨張が進んで爆発する危険のある巨大怪獣の死体処理に、1人の男が挑む。『記憶屋 あなたを忘れない』などの山田涼介、『哀愁しんでれら』などの土屋太鳳、『喜劇 愛妻物語』などの濱田岳のほか、オダギリジョー、西田敏行らが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「人類を恐怖の渦にたたき込んだ巨大怪獣が、突如死ぬ。人々は歓喜に沸き、安堵していたが、巨大怪獣の死体は腐敗と膨張が進んでいた。全長380メートルもの死体が膨張した末に爆発すれば、国家規模の被害が生じるということが新たな問題になる。その処理にあたる特務隊員として、3年前に姿を消したわけありの男・帯刀アラタ(山田涼介)が選ばれる。爆発までのカウントダウンが刻一刻と迫る中、帯刀は巨大怪獣の死体に挑む」

 わたしは子どもの頃から怪獣映画が大好物なのですが、日本の怪獣映画は世界中の人々を魅了してきました。近年、日本の怪獣映画へのリスペクトを示したハリウッド作品も多く、一条真也の映画館「パシフィック・リム」「パシフィック・リム:アップライジング」「ランペイジ 巨獣大乱闘」で紹介した映画などが代表と言えます。特に「パシフィック・リム」シリーズは日本の怪獣ファンを狂喜させましたが、ここに出演していた菊地凛子がそのままのオカッパ頭で「大怪獣のあとしまつ」に登場していたのは驚きました。日本の怪獣映画へのリスペクト作品である「パシフィック・リム」を逆リスペクトしたというより、パロディなのだと思います。そう、この「大怪獣のあとしまつ」は怪獣映画のパロディなのです!

 さらに言えば、「大怪獣のあとしまつ」は怪獣映画のパロディであると同時に、政治パロディ映画でもあります。その点では、一条真也の映画館「シン・ゴジラ」で紹介した映画を踏襲していると言えます。あの映画も、ゴジラの出現と駆除に奔走する政府と自衛隊のパロディ的要素がありました。しかし、内閣官房副長官役の長谷川博己、内閣総理大臣補佐官役の竹野内豊、アメリカの大統領特使役の石原さとみほか300名を超えるキャストが集結した「シン・ゴジラ」には真の諷刺精神がありましたが、「大怪獣のあとしまつ」はコメディ映画と割り切っているのか、ふざけるばかりで、ひたすら下劣で退屈です。「うんこ」とか「ゲロ」といった単語を連発したりして、下品です。あと、岩松了の演じる国防大臣がつまらない下ネタギャグばかり口にするのですが、どれも見事にスベっていました。

 思い返せば、2016年に公開された「シン・ゴジラ」は奇跡的な名作でした。あの映画に登場した怪獣は、地震・津波・原発事故という「東日本大震災」の三大想定外をすべて体現した、途方もないゴジラでした。「エヴァンゲリオン」シリーズなどの庵野秀明と「進撃の巨人」シリーズなどの樋口真嗣が総監督と監督を務め、日本発のゴジラとしては初めてフルCGで作られた特撮映画です。現代日本に出現したゴジラが、戦車などからの攻撃をものともせずに暴れる姿を活写します。一方、「大怪獣のあとしまつ」に登場するのは怪獣の死体だけで、生きた怪獣が暴れるシーンが皆無なのは、怪獣好きとしては非常に残念でした。せめて、過去の回想シーンとして出してほしかった!

 この映画のタイトルとテーマを知ったとき、最初は「怪獣が倒された後の死体をどうするのか」という視点に意表を衝かれ、とても面白いと思いました。環境問題はもちろん、SDGsを考える深い問題作ではないかと期待しました。何かが死んだら、その後には死体の問題が生まれます。人間も同じです。一人暮らしの人間が、周囲に人がいない状況で亡くなることを「孤独死」といいますが、発見されるまでに時間がかかった孤独死の死体はひどい腐敗しています。当然、死亡した部屋は非常に汚れ、悪臭もひどいです。その部屋を清掃する「特殊清掃」と呼ばれる仕事に従事する人々もいます。人間の死体の処理は「人間の尊厳」に深く関わっており、社会にとって不可欠な仕事です。だから、葬祭業はエッセンシャルワークなのです。

「人間の尊厳」といえば、「大怪獣のあとしまつ」の中には、直視に耐えない姿の人間の死体が登場します。大怪獣の死体から放出された菌糸に感染した犠牲者の死体で、全身がキノコだらけでした。このシーンを観た特撮映画マニアなら、誰でも「あ、マタンゴだ!」と思うことでしょう。わたしが生まれた年である1963年の東宝の特撮SF映画ですが、未知の生物の恐怖と人間のエゴを描いた怪奇色の強い作品です。この「マタンゴ」に、有名なキノコ人間が登場するのです。わたしは「マタンゴ」という映画を怪奇幻想映画の名作として高く評価しているので、「大怪獣のあとしまつ」でのコント的な扱いのキノコ人間は非常に不愉快でした。

 ちなみに、「ゴジラ」も「マタンゴ」も東宝の作品です。しかしながら、「大怪獣のあとしまつ」の配給は東映と松竹です。ライバル会社同士がタッグを組んだ日本映画史上初の大型共同プロジェクトだそうですが、それでこんなショボい映画しか作れないとは驚きです。東映の怪獣映画といえば「シリーズ怪獣区 ギャラス」、松竹は「宇宙大怪獣ギララ」。ともにマイナー感が隠せません。初の大型共同プロジェクトの作品に、けっして得意ではない怪獣映画を選ばなくても良かったのではないでしょうか? それとも、東宝の怪獣映画そのものをパロることによって、嫌がらせしようとしたのでしょうか?

 東宝といえば、待望の「シン・ウルトラマン」がいよいよ5月13日に公開されます。「シン・ゴジラ」の製作陣があの"ウルトラマン"を描くということで楽しみで仕方ありません。科学特捜隊のハヤタ隊員は、パトロールの際にM78星雲人・ウルトラマンと衝突したのが原因で瀕死状態に陥ってしまいます。そんなハヤタを見たウルトラマンは、彼と命を共有。1つになった彼らは、やがて地球の平和を守るために共に戦うことを決意するのでした。そういえば、「大怪獣のあとしまつ」のラストシーンは......おっと、無駄口はこのへんにしておきます。でも、東映・松竹の「大怪獣のあとしまつ」という映画が、東宝の「シン・ウルトラマン」の単なる露払いのように思えるのは、わたしだけではありますまい。