No.584

 シネプレックス小倉でニュージーランド・アメリカ合作映画「シャドウ・イン・クラウド」のレイトショーを観ました。いやあ、驚きました。とんでもなくチープな物語なのですが、異様な迫力があるのです。これはもう、カルト・ムービーというやつではないでしょうか。しかも、いま、世界中で話題の映画と言ってよい「G.I.ジェーン」の続編みたいな内容なのです!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『キック・アス』シリーズなどのクロエ・グレース・モレッツ主演によるサスペンスアクション。極秘任務を遂行するために爆撃機に乗り込んだ女性大尉が、謎の生物を目撃する。メガホンを取るのはロザンヌ・リャン。『Love,サイモン 17歳の告白』などのニック・ロビンソン、ドラマシリーズ『HAWAII FIVE-0』などのビューラ・コアレ、『ラストウィーク・オブ・サマー』などのテイラー・ジョン・スミスらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「第2次世界大戦中の1943年。連合国空軍の女性大尉モード・ギャレット(クロエ・グレース・モレッツ)は、最高機密をニュージーランドからサモアへ運ぶ任務を上官から下される。フールズ・エランド号と命名されたB-17爆撃機に乗り込んだ彼女は、男性乗務員たちから侮辱的なことを言われ、銃座へと押し込められる。その機内で、モードは右翼にまとわりつく謎の生物を発見する」

 ブログ「ウィル・スミス問題に思う」で紹介したように、第94回アカデミー賞の授賞式でクリス・ロックが放った「G.I.ジェーン」のジョークが妻を侮辱するものと、怒り心頭したウィル・スミスが壇上に上がってビンタをかましました。「G.I.ジェーン」(1997年)はリドリー・スコット監督、製作・主演のデミ・ムーア丸坊主で演じた映画。ウィル・スミスの妻、ジェイダさんは脱毛症を公表しており、クリス・ロックがそれを揶揄するように「ジェイダ、『G.I.ジェーン2』の公開が待ちきれないよ」と言い放ったのです。

 デミ・ムーアが製作・主演で新たなヒロイン像を描いた「G.I.ジェーン」は、女性上院議員の政治的策謀から、海軍特殊部隊の特訓に挑む女性将校の姿を描いています。デミ・ムーアが髪を短く刈り上げ、鍛え上げた肉体でこなしたリアルな特訓シーンは圧巻です。海軍情報部に勤務する女性将校オニール大佐は、男性と平等な実戦訓練を強く望んでいました。そんな彼女に千載一遇のチャンスが訪れます。それは屈強な男たちでさえ60%以上が脱落する過酷な特訓プログラムに参加することでした・・・・・・。

「シャドウ・イン・クラウド」は、ジャンルを超越した映画です。サスペンス映画でもあり、ホラー映画でもあり、アクション映画でもあり、戦争映画でもあります。そして、ジェンダーの問題を扱った社会派映画でもあります。この映画が明らかに「G.I.ジェーン」のテーマを受け継いでいると思うのは、まずは、男性ばかりの軍人の世界に投入された女性の物語だからです。映画のエンドロールには、第2次世界大戦に従軍した女性兵士たちの実写動画がたくさん登場します。きっと彼女たちも、デミ・ムーアやクロエ・グレース・モレッツが演じた女性兵士のように、男たちからの性的なからかいに耐えてきたのでしょう。

 しかし、「シャドウ・イン・クラウド」に「G.I.ジェーン」の続編としての印象が強いのは、クロエ・グレース・モレッツ演じるモード・ギャレットが男たちよりもずっと強い女だということです。彼女はとにかく強く、銃撃戦の腕も、地上での格闘技の腕も立ちます。全身を負傷していながら、大空の魔物グレムリンとも、旧日本軍のゼロ戦との果敢に闘います。こんな強い女性は、スクリーンでも久々に観ました。「エイリアン」(1978年)でシガニー・ウィーパーが演じた女性宇宙飛行士のエレン・リプリー以来ではないでしょうか? そういえば、「エイリアン」の監督は「G.I.ジェーン」と同じく、リドリー・スコットですね。そして、この「シャドウ・イン・クラウド」の監督であるロザンヌ・リャンは新鋭女性監督です。

 連合国空軍の女性大尉モード・ギャレットは、B-17爆撃機フールズ・エランド号に乗って空へ飛び立ちます。モードは男性乗組員たちから心無い言葉を浴びせられながらも(現在では完全にセクハラです)、ひたむきに任務を遂行しようとします。やがて彼女は高度2500メートルの上空で、自機の右翼にまとわりつく謎の生物を目撃します。その生物は、伝説のグレムリンでした。Wikipedia「グレムリン」の「概要」によれば、グレムリンとはイギリスの妖精の一種です。機械に悪戯をする妖精とされ、ノームやゴブリンの遠い親戚にあたります。

 かつては、ベンジャミン・フランクリンの(ライデン瓶実験の際の)凧あげを手伝ったり、ヘクター・オクライドというスコットランドの者がジェームズ・ワットへ薬缶の蓋を蒸気で動かすことによって蒸気機関を発想させるなど人間に発明の手がかりを与えたり、職人達の手引きをしたりしていましたが、人間が彼らに敬意や感謝をせずにないがしろにしたため、次第に人間を嫌って悪さをするようになったといいます。妖精の研究家として世界的に有名なローズマリ・エレン・グィリーによれば、グレムリンは技術、気象学、工学、航空力学に、詳しいといいます。グレムリンの正体、起源には諸説あります。そのひとつは、元々高い山の頂に暮らしていたグレムリンが、人類が高空飛行をするようになり、その飛行機械に興味を持ち、乗り移ったとされるものです。

 作家のピーター・へイニングによれば、「第1次世界大戦時の英国空軍」が報告したといいます。工場にも出現することから、機械による霊体(エンティティ)である可能性もあるとか。また第2次大戦中は東京に空襲をかけたアメリカ軍爆撃機の乗組員を悩ませました。機械やコンピュータが原因不明で異常な動作をする事を「グレムリン効果」と言ったりするそうです。インドの北西戦線に駐留していた英国空軍の兵士たちの想像力の産物とも言われて、志願部隊のジョフリー・レナード・チェシャー大佐はその名をヨークシャー空港の航空機トラブルの際に挙げています。

 グレムリンは飛行機の計器に指を突っ込んで指示を狂わせたり、ガソリンを勝手に飲んでしまうといった悪戯をなすとされます。SFドラマシリーズの名作「トワイライト・ゾーン」にはこの話が元となっている「2万フィートの悪夢」という一編があり、映画化の際にはリメイクされています。作家のキャロル・ローズによれば、グレムリンは目標の座標を狂わせる、滑走路を上下させる、燃料を使い尽くさせる、機体に穴を開ける、ケーブルを齧る、等の悪戯をします。また、ローズマリ・エレン・グィリーやピーター・へイニングによれば、大した事故を起こさないため、人間と友好な接触をしたがっているかもしれず、いと一般にそれほど悪意のある妖精ではないと言っています。

 また民間機がグレムリンのような声で誘導されたとか、パイロットが無事に基地に集結できるように集団で手助けするなどとも言われています。オカルトに詳しい作家の荒俣宏氏は、著書『荒俣宏の世界ミステリー遺産』において、グレムリンのイメージは、1942年からウォルト・ディズニーが挿絵を描き、空軍の大尉でもあったロアルド・ダールが「ペガソス」名義で執筆したおとぎ話や、ジョークとしての読み物などによってアメリカ合衆国へ流通し、第2次世界大戦の最中ということもあってそれを契機に「都市伝説」として世界へ浸透したといいます。

 世界各国の意匠や信仰にあらわれる象徴を研究しているケント大学研究員でカンタベリー大学特別講師(美術史、心理学専攻)のキャロル・ローズの『世界の妖精・妖怪事典』には、フィフィネラという女性のグレムリンが紹介されていますが、荒俣氏によれば、ロアルド・ダール(著作権、などはウォルト・ディズニーが持つ)『グレムリンズ』(英語版の記事)の中に登場する、グレムリンの女性が「フィフィネラ」、男性をウィジェットというそうです。なかなか、グレムリンの世界も奥が深いですね。

 このグレムリン伝説をモチーフに、巨匠スティーブン・スピルバーグ監督がメガホンを取った映画が「グレムリン」(1984年)です。チャイナタウンの骨董屋で発明家ペルツァーが手に入れた不思議な動物モグワイ。彼はそれを息子ビリーへクリスマス・プレゼントとして贈るが、モグワイには、水に濡らさないこと、太陽光線に当てないこと、真夜中すぎにエサを与えないことの三つの誓いが必要だった。だが、この誓いが破られた時、可愛いモグワイは恐るべき凶悪な怪物グレムリンへと増殖していく。かくして平和な田舎町キングストン・フォールズは悪夢のクリスマスを迎えることになるのでした。

 それにしても、「シャドウ・イン・クラウド」におけるクロエ・グレース・モレッツのアクション・シーンは見事です。彼女は1997年生まれなので、まだ25歳の若さなのですね。ということは、わたしが彼女の存在を初めて知った「キック・アス」(2010年)出演時はまだ13歳だったわけです。「キック・アス」は、コミックオタクの平凡な高校生が、自ら「キック・アス」という名前のヒーローとして活躍する姿を描くアクション・ムービーです。

 ブラッド・ピットが製作に名を連ねる本作は、マーク・ミラーの原作を「レイヤー・ケーキ」(2006年)のマシュー・ヴォーン監督が映像化しました。「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」(2010年)のアーロン・ジョンソンが主人公を好演したほか、「(500)日のサマー」(2009年)で注目されたクロエが美少女ヒーローを熱演しました。あれから12年の月日が経過し、クロエは色気も漂う大人の美女に成長しました。ネットでの評価は低いようですが、「シャドウ・イン・クラウド」、もう一度観たいくらい面白いです!