No.600


 6月14日の午後、日比谷のペニンシュラ東京で映画関係者とランチ・ミーティングした後、その方と一緒にシネスイッチ銀座でイギリス映画「君を想い、バスに乗る」を観ました。妻を亡くした男のグリーフケア映画で、非常に感動できる名作でした。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「妻を亡くした90歳の男性が、路線バスのフリーパスを利用してイギリス縦断の旅に出るロードムービー。道中さまざまな出会いやトラブルを経験しながら、妻との思い出の地を目指す主人公の姿が描かれる。メガホンを取ったのは『ウイスキーと2人の花嫁』などのギリーズ・マッキノン。主人公を『ターナー、光に愛を求めて』などのティモシー・スポールが演じ、バーリ国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞したほか、『ダウントン・アビー』シリーズなどのフィリス・ローガンらが共演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「最愛の妻メアリー(フィリス・ローガン)に先立たれた90歳のトム・ハーパー(ティモシー・スポール)は、路線バスのフリーパスを使ってイギリス縦断の旅に出る。長年暮らした家を離れ、妻と出会った思い出の地を目指すトム。道中さまざまな人たちと出会い、トラブルに巻き込まれるが、メアリーと交わした約束を胸に旅を続ける」

 妻を見送り、人生の終わりに近くなった老人が、バスを乗り継いで妻と出会った思い出の地を目指す物語です。カバン1つだけ持って、途中でプレゼントされた杖をつきながら歩き続ける90歳の老人の姿に、わたしは今年で88歳になる父の面影が重なりました。ティモシー・スポール演じるトム・ハーパーは、高齢であはりますが、非常に勇敢で優しい人物です。バスという他人同士が同じ空間に居る状況で、彼は常に「利他」の精神を発揮します。やがて、彼のそんな姿はスマホで撮影され、SNSで拡散され、彼は「バスの英雄」と呼ばれるのでした。映画の中のトムはヨボヨボのお爺ちゃんですが、実際のティモシー・スポールはまだ65歳だと知って驚きました。俳優の演技力というのは凄いですね。感服しました!

「利他」といえば仏教の言葉ですが、イギリス人であるトムはもちろんキリスト教徒です。仏教とかキリスト教とか宗教の違いは関係なく、他人に優しく接し、困った人を助けるという「ケア」の精神は人類に普遍的なものなのです。映画の中で、トムが「アメイジング・グレイス」を歌う場面があります。日本でもよく知られたこの歌は、イギリスの牧師ジョン・ニュートン(1725年~1807年)の作詞による賛美歌です。特にアメリカ合衆国で最も慕われ愛唱されている曲の1つであり、「第二の国歌」とまで言われています。"Amazing grace"とは「素晴らしき神の恵み」「感動をもたらす恩寵」といった意味ですが、天国に旅立つ日も近いトムの歌には、しみじみとした感動がありました。

 この映画は、グリーフケアの映画です。亡き妻の思い出を辿る旅の物語だけかと思ったら、目的地のランズエンド近くでもう1つのグリーフケアの物語が待っていました。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、わたしはこの場面に大いに感動し、涙腺が緩みました。人は死者を想いながら生き、故人を弔うために生きるという「唯葬論」的な映画であると気づきました。旅の途中で、さまざまな人たちから助けられ、支えられる様子はまことに心温まる場面であり、「隣人の時代」的な映画でもありました。

 目的地のランズエンドでも、トムは亡き妻のためにある行為を行います。この場面を観て、「ああ、このために彼はバスの長旅を続けたのか」とすべての謎が解けます。拙著『死ぬまでにやっておきたい50のこと』(イースト・プレス)にも書きましたが、わたしも死期を悟ったら旅に出たいです。そして、お世話になった方や親しい友人たちに「ありがとう」と「さようなら」を伝えたいですね。最後に、シネスイッチ銀座で、日本共産党の映画「百年と希望」の予告編がいきなり流れたのには仰天しました。

ペニンシュラ東京のロビーで




天井が天上のイメージ