No.599
渋谷にある映画の総合施設「シアター・イメージフォーラム」でメキシコ・フランス合作のスリラー映画「ニューオーダー」を観ました。ここを訪れたのは、一条真也の映画館「スターフィッシュ」で紹介したイギリス・アメリカ合作のSF映画を観た今年の3月16日以来ですが、前回と違って「ニューオーダー」はとにかく胸糞の悪いクズ映画でした。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ある政治体制の崩壊によって平凡な日常が一気に変化するさまを描くスリラー。結婚パーティー会場に暴徒たちが乱入し、主人公らが命からがら逃亡する。『母という名の女』などのミシェル・フランコが監督と脚本を手掛け、ナイアン・ゴンサレス・ノルビンド、ディエゴ・ボネータ、モニカ・デル・カルメンらが出演する。第77回ベネチア国際映画祭では銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「マリアン(ナイアン・ゴンサレス・ノルビンド)が住む豪邸には名士たちが集い、彼女たちの結婚パーティーが開かれていた。一方、そのすぐそばの通りでは広がり続ける貧富の差への抗議行動が行われ、人々が暴徒と化す。ついにパーティー会場にも暴徒が押し寄せ、晴れの舞台は一転して殺りくと略奪の場となる。マリアンは難を逃れたものの悪夢は始まったばかりだった」
監督のミシェル・フランコもメキシコ人監督ですし、映画はメキシコの格差社会に怒りを爆発させた貧しき者たちが暴動を起こしたさまが描かれています。ドナルド・トランプ前アメリカ大統領がメキシコからアメリカへの移民を防ぐために壁を作ると言ったことなどへの批判も込められているのかもしれませんが、とにかく暴徒のタチが悪く、それを鎮圧するべき軍隊の兵士らのモラルも最低で、とにかくフラストレーションが溜まりまくる作品です。これまで、わたしは一条真也の映画館「マザー!」で紹介したダーレン・アロノフスキー監督の2017年にアメリカで公開された作品が最も胸糞悪いクソ映画でしたが、この「ニューオーダー」はそれといい勝負です! 「マザー!」は、第74回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で上映されるや、その衝撃から賛否が極端に分かれ、日本では劇場公開が中止されてしまいました。
冒頭に、結婚披露パーティーのシーンがあります。そこに暴徒が闖入して幸福の儀式の場面は一転して地獄と化します。そのことを予告編で知り、長女の結婚式および披露宴を終えたばかりのわたしは、「どんな理由があろうとも、結婚式や葬儀を破壊する暴徒など絶対に許さん!」という思いで、正直この映画のことをボロクソに批判してやろうと思っていました。ところが、実際に観てみると、結婚披露パーティーなど大した意味のあるシーンではないことがわかりました。もっと深刻な、どうしようもない政治不信、人間不信が全篇から漂ってくる映画です。まあ、現実のフランス革命とかロシア革命はもっと悲惨だったのだとも思います。その点、別に無理に日本人を礼賛するわけではありませんが、無血革命であった明治維新は高く評価されるべきでしょう。
「ニューオーダー」の反乱軍が、無実の人々を監禁して全裸にする場面は、ナチス・ドイツのユダヤ人強制収容所を連想しました。殺した人間を弔いもしないで、ガソリンを撒いて焼き尽くす場面も、ナチス・オウム・イスラム国の非道を連想しました。ナチスやオウムは、かつて葬送儀礼を行わずに遺体を焼却しました。ナチスはガス室で殺したユダヤ人を、オウムは逃亡を図った元信者を焼きました。過激派集団イスラム国も人質を焼き殺しましたが、わたしは葬儀を行わずに遺体を焼くという行為を絶対に認めません。それは「人間の尊厳」を最も損なうものだからです。殺人シーンも多数登場しますが、とにかく意味もなく唐突に人を殺しまくるので、不愉快なことこの上ありません。
最近、ある映画通の方から「ホラー映画みると、ドーパミンとアドレナリンが出るらしいです。さらに、鑑賞後の平和な現実に戻った安心感から幸福度が高まるらしいですよ!」とのLINEを頂戴しましたが、確かにその通りだと思います。この「ニューオーダー」には、幽霊とかモンスターなどの超常的存在は登場しないので、ホラー映画というよりもスリラー映画の部類かもしれませんが、鑑賞中はとにかく気分が悪く、ドーパミンとアドレナリンに加えて、何らかの不愉快物質が出ているような気がしました。この映画を観て、新型コロナウイルスなどよりも人間の欲望や憎悪の方がずっと危険で恐ろしいと思いました。それにしても、果たして、これほどまでに救いがなく、後味の悪い映画を作る必要があったのでしょうか?!