No.0340


 映画「マザー!」をついにDVDで観ました。日本公開中止になった超問題作です。いやあ、ぶっ飛びました。こんなにも観る者に不安をあおり、かつ不快な感情を与える映画は初めてです。大変なものを見てしまった心境ですが、「よくぞ、ここまで奇妙な映画を作ったものだ」と感心さえしました。

 オスカー女優のジェニファー・ローレンスが、一条真也の映画館「レッド・スパロー」で紹介した映画の1作前に主演したのが「マザー!」(2016年)です。第74回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で上映されるや、その衝撃から賛否が極端に分かれ、日本では劇場公開が中止されてしまったのです。「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー監督とジェニファーがタッグを組んだ異色作とは知っていましたが、公開中止とは只事ではありません。わたしは、ずっとこの作品を観たくて仕方がありませんでした。

 そして、ついに「マザー!ブルーレイ+DVDセット」が発売されたので、早速アマゾンで購入し、鑑賞した次第です。同商品の「内容紹介」には「*PG-12」の表示とともに、以下のように書かれています。

「全世界騒然!衝撃の超問題作!トラウマ必至のラスト23分!」
■『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が描く驚愕のスリラー!
『ブラック・スワン』のような全体を包む不穏な空気。アロノフスキー監督にしか作りえない驚愕のスリラーが完成した。

■ジェニファー・ローレンス、ハビエル・バルデムのアカデミー賞コンビが共演
『世界にひとつのプレイブック』でアカデミー主演女優賞受賞のジェニファー・ローレンスと『ノーカントリー』でアカデミー賞助演男優賞を受賞したハビエル・バルデムの2人が、不穏な家庭の夫婦役を怪演!
他にも『アポロ13』のエド・ハリスとミシェル・ファイファーが共演!

■世界を騒然とさせた衝撃の超問題作!
第74回ベネチア国際映画祭で金獅子賞にノミネートされ、上映時物議を醸した問題作! そして日本公開中止に! クローネンバーグ、デヴィッド・リンチを超える衝撃!

「マザー!」の「ストーリー」ですが、舞台はある郊外の一軒家です。そこには、スランプに陥った詩人の夫と若くて美しい妻が住んでいました。ある夜、家に不審な訪問者が訪れますが、夫はその訪問者を拒むこともせず招き入れます。それをきっかけに、翌日からも次々と謎の訪問者たちが現れ、夫婦の穏やかな生活は一転します。それととともに夫も豹変し始め、招かれざる客たちを拒む素振りを見せず次々と招き入れていきます。そんな夫の行動に妻は不安と恐怖を募らせます。訪問者たちの行動は次第にエスカレートし、常軌を逸した事件が相次ぐ中、彼女は妊娠して、混乱の中で出産します。母親になった彼女と赤ん坊には、想像もつかない出来事が待ち受けていました。

「マザー!」は観る者をとてつもなく不安にさせるサイコ・スリラーですが、観客は同じダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」(2010年)にも通じる不穏な空気を感じます。「ブラック・スワン」は、内気なバレリーナが大役に抜てきされたプレッシャーから少しずつ心のバランスを崩していく様子を描いています。主人公は、ニューヨーク・シティ・バレエ団に所属するバレリーナのニナ(ナタリー・ポートマン)。彼女は、踊りは完ぺきで優等生のような女性。芸術監督のトーマス(ヴァンサン・カッセル)は、花形のベス(ウィノナ・ライダー)を降板させ、新しい振り付けで新シーズンの「白鳥の湖」公演を行うことを決定します。ニナは念願かなって次のプリマ・バレリーナに抜てきされますが、気品あふれる白鳥は心配ないものの、で官能的な黒鳥を演じることに不安がありました。そこから奇妙なドラマが展開します。

「マザー!」を観ながら、わたしが連想した映画がいくつかあります。まずは、ポーランド人監督ロマン・ポランスキーの異色ホラーである「反撥」(1964年)です。イギリスで働くポーランド人の姉妹キャロル(カトリーヌ・ドヌーブ)とヘレン。姉のヘレンが活動的な性格なのに対し、妹のキャロルは内気な女性でした。姉とその恋人との情事の音を毎晩のように聞かされていたキャロルは、次第に男性恐怖症に陥っていきます。その一方で、男との官能を妄想するようになるのですが、やがてその幻想は彼女に殺人を犯させるまでになっていくのでした。男性恐怖症の女性が、狂気にむしばまれていく様が悪夢のように描かれています。住んでいる家が不気味に変容するシーンは「マザー!」にも頻繁に登場し、わたしにはジェニファー・ローレンスとカトリーヌ・ドヌーブの顔が重なって見えました。

 それから、妊娠した女性主人公が大きな不安の中で出産するという点で、オカルト・ホラー映画の名作「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)を連想しました。これも「反撥」と同じく、ロマン・ポランスキー監督の作品です。思うに、ダーレン・アロノフスキーはロマン・ポランスキーから多大な影響を受けているのではないでしょうか。デヴィッド・クローネンバーグやデヴィッド・リンチよりも、わたしはポランスキーのホラー映画の影響を強く感じました。「ローズマリーの赤ちゃん」は、悪魔崇拝者たちに狙われた主婦の恐怖を描いた作品です。マンハッタンの古いアパートに、若い夫婦者が越してきます。やがて妻のローズマリーは妊娠し、隣人の奇妙な心遣いに感謝しつつも、妊娠期特有の情緒不安定に陥っていきます。彼女は、「このアパートで何か不気味なことが進行している」という幻想にとり憑かれていていきます。そして、最後に恐ろしい出来事が起きるのでした。

「マザー!」を観て連想した映画は、もう1本あります。わたしがこれまで観た中で最も不愉快な作品であるオーストリア映画「ファニーゲーム」(1977年)です。ある穏やかな夏の午後、ショーバー一家はバカンスのために湖のほとりの別荘へと向かいます。車に乗っているのはゲオルグと妻アナ、息子のショルシ、それに愛犬のロルフィーでした。別荘に着いた一家は、明日のボート・セーリングの準備を始めます。そこへ、ペーターと名乗る見知らぬ若者がやって来ます。はじめ礼儀正しい態度を見せていたペーターでしたが、もう1人の若者パウルが姿を現す頃にはその態度は豹変し、横柄で不愉快なものとなっていました。ペーターとパウルは、ゲオルグの膝をゴルフクラブで打ち砕くと、突然「一家の皆殺し」を宣言します。一家は「ファニーゲーム」の参加者にされてしまったのです。わたしは「ファニーゲーム」ほど嫌な映画を知らなかったのですが、「マザー!」はそれ以上でした。


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   『魔太郎がくる』に登場するヤドカリ一家


「ファニーゲーム」も「マザー!」も、ある日、見知らぬ他人が自宅にやってきて生活を壊していく恐怖を描いています。わたしがこの種の恐怖を初めて知ったのは、少年時代に読んだ藤子不二雄Aの漫画『魔太郎がくる』でした。ひ弱な中学生の浦見魔太郎が、イジメや理不尽な目に遭ったとき、「こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か」という決め台詞を吐いて黒魔術の「うらみ念法」で壮絶な復讐を行う物語ですが、この中に「ヤドカリ一家」というエピソードがあり、それがやたらと怖かったのです。ある日、泥酔した魔太郎のパパが酒席で仲良くなった行きずりの酔っ払いの男を家に連れ帰ります。男は図々しく何日も居座り続けただけでなく、自分の家族までも呼び寄せ、ついに魔太郎家を乗っ取ってしまうのでした。この話、少年だったわたしはトラウマになるほど怖かったです。現実の世界でも、いわゆる「尼崎連続変死事件」などは、ヤドカリ一家の悪夢そのものだと言えるでしょう。本当に怖いですね。

「マザー!」は、その冒頭から観客を得体の知れない不安に陥れます。特にわたしは先に「レッド・スパロウ」を観ていたので、同作でこの上なくセクシーに描かれていたジェニファー・ローレンスが「マザー!」では別に美人とも思えない平凡な女になっていたので戸惑いました。まあ、映画の途中でしっかり化粧を施してドレスアップした彼女はやはり美しかったですが......。ローレンスが化粧映えのする顔をしているのかもしれませんが、それにしても女性というのはメイクひとつでガラッと変身するものですね。

 穏やかに暮らす夫婦の家を最初に訪れた男は、エド・ハリスが演じています。彼は、一条真也の映画館「ジオストーム」で紹介した映画ではアメリカ合衆国国務長官デッコムを好演していました。
 また、彼の妻を演じたのはミシェル・ファイファーです。一条真也の映画館「オリエント急行殺人事件」では上品なキャロライン・ハバード夫人を優雅に演じていましたが、同作の次に出演した「マザー!」では下品で淫乱な女に完全になりきっていました。女優というのは凄いですね。

 しかし、「マザー!」で一番不気味だったのは、ハビエル・バルデムが演じた詩人の夫でした。もともと詩人という職業自体が現実離れした不思議な仕事であると言えますが、彼はどんなトラブルが発生しようが、それなりに気の利いた言葉を口にしてやり過ごそうとします。わたしは、こういう言葉だけで生きているような人間が大嫌いなので、映画を観ながらイライラしてしました。だいたい、詩のようなものを書いて生活していける人間がいるとは考えにくいですが、彼の場合、詩集の初版が1日で完売するほどの売れっ子なのです。しかし、自身の言葉で人生を左右するほどの影響を受けた読者からの称賛をつねに欲している姿は著者のエゴが丸出しで、醜悪そのものでした。また、彼の詩に影響を受けた読者というのが、どうしてようもないイカレた連中ばかり。わたし自身、本を書いて他人に少しでも影響を与えるのが怖くなるというか、著者に対してトラウマを植えつけるような内容でした。まったく嫌な映画です。

 そんなふうに、わたしをイラつかせた詩人ですが、ある兄弟が激しい喧嘩の末に弟が命を落とす場面に遭遇します。両親が打ちひしがれている通夜も詩人の家で行われるのですが、そこで彼は参列者の魂を揺さぶるような弔辞を述べます。詩人なので、人を感動させる言葉がスラスラ出てくるわけですが、故人のこともろくに知らない詩人が思いつきの言葉を並べて人々を感動させ、涙を流させるシーンは非常に不快でした。わたしは、映画の中に登場する葬儀やグリーフケアの場面を細心の注意を払って観るのですが、この映画の通夜の場面は不愉快きわまりなかったです。とにかく嫌な映画です。

 最初は1人だった謎の訪問者の数はどんどん膨れ上がり、数え切れないほどの多くの人々が夫婦の家に押しかけ、妻が大切に守ってきた家の中は暴力、窃盗、殺人で溢れ返ります。傍若無人な連中はありとあらゆる人間の凶行を繰り広げ、家は崩壊状態になりますが、そんな混乱の中、妻は男児を出産します。しかし、事態はさらに悪化し、思わず目を背けたくなるような惨事が待っているのでした。
 この映画、とにかく規則性というものがありません。製作者であるアリ・ルデルは「物語が進んでいくにつれて規則性を見出した気になるが、そのうち想定外の事態が起こる」と述べていますが、とにかくイライラする内容です。不安、不快、不安、不快、不安、不快......。本当に嫌な映画です。

 ささやかな幸せを求める1人の「マザー」を、不穏で、無神経で、不可解な人々による嫌がらせが延々と続きます。それにしても、なぜ、アロノフスキー監督はこのような世にも奇妙な映画を作ったのでしょうか。彼のインタビュー・コメントによれば、本作のテーマはなんと、「地球環境問題」だそうです。ローレンス演じる「マザー」は「母なる地球」であり、バルデム演じる「詩人」は「神」だというのです。つまり、映画「マザー!」とは、気候変動と環境破壊における人類の功罪をメタファーとした物語だとか。


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   『リゾートの思想』(河出書房新社)


 映画「マザー!」のテーマが「地球環境問題」であることを知ったわたしは、1991年に上梓した拙著『リゾートの思想』(河出書房新社)の内容を思い出しました。同書の序説「『千年リゾート』に向けて」の中で、わたしは「母なる地球とよく言うが、私は地球というのは人類にとって、本当に母親だと思う。でも、人間が自然に対して暴力的にふるまってきた結果、母親はどうなってしまったか。その姿は皮膚病におかされ、微熱を帯びて苦しんでいるのである。われわれは彼女の病を癒し、今まで苦労をかけてきた償いをしなければならない。21世紀は『地球孝行』の時代である」
 同書では地球を擬人化した「ガイア理論」なども紹介していますが、アロノフスキー監督のインタビューで「マザー!」に込められた驚くべきメッセージを知り、「なるほど!」と納得した次第です。

「dmenu映画」の「日本公開中止!ジェニファー・ローレンス主演作『マザー!』は、何が衝撃なのか?」という記事で、ロサンゼルス在住のライターである町田雪氏は以下のように述べています。
「気候変動、自然災害、大気汚染、貧困、飢餓......言葉は話せなくとも、さまざまな形で人類にメッセージを送っている地球。芸術、信仰、名声、開発、欲求・・・・・・と、もしかしたら人類中心的であるのかもしれない理由で、地球を傷つけ続ける人間。自分が感じた『もう、やめて』が、地球の声だと思った瞬間、どんな環境ドキュメンタリーを見るよりもリアルな痛みを感じたことは確かだ」
 一方で、町田氏は「もちろん、そのほかにも、芸術と狂気、宗教と信者、セレブリティと世論、キャリアと家庭・・・・・・など、さまざまな要素が突き刺さるため、批評家のなかには、『監督は気候変動についての映画だと言っているが、それは嘘だ』などと反論をする声もあるほどだ」とも指摘しています。



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   『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)


 あと、「マザー!」にはやたらと『聖書』の言葉が多く登場します。なんだか、キリスト教の映画のようにも思えてきます。
 拙著『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)では、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教を三姉妹に例えましたが、「マザー!」という映画も宗教的な隠喩に満ちています。すなわち、ジェニファー・ローレンス演じるマザー=地球、ハビエル・バルデム演じる詩人=創造主(神)、エド・ハリス演じる訪問者の男=アダム、ミシェル・ファイファー演じる訪問者の妻=イヴ、彼らの2人の息子の兄=カイン、弟=アベル、マザーが産み落とす赤ん坊=イエス=キリスト(救世主)、家に押し寄せる群衆=人類(キリスト教信者)ということになります。人類は愚行を繰り返す存在ですが、それも「マザー!」の群衆が見事に表現してくれています。

 さらに、「マリブのブログ」の「マザー!」レビューによれば、『聖書』の内容に当てはめると、郊外の家=世界(エデンの園)、詩人が大事に書斎に飾るクリスタル=生命の樹、シンクを壊した訪問者達を追い出す=ノアの箱舟(大洪水)、そして、ラストで妻が家を破壊された怒りに地下のオイルタンクに火を点ける=ヨハネの黙示録に於けるハルマゲドンのメタファーであると述べられています。うーん、なるほど!

 いずれにしても、「マザー!」は凄い映画です。これは間違いありません。ジェニファー・ローレンスは、この超問題作について、「好きか、嫌いか、そのどちらか。中間点はない。それでも必ず何かしら感じさせる作品」と発言しています。たまらなく不快で嫌な気持ちにさせられながらも、正直に告白するならば、わたしはこの映画が好きです。こんなに面白い映画は観たことがありません。まだ未見の方は、ぜひブルーレイやDVDで未知の不条理世界を味わわれて下さい。

  • 販売元:パラマウント
  • 発売日:2018/04/25
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