No.598


 日本映画「きさらぎ駅」を北九州市の戸畑にあるイオンシネマで観ました。一条真也の映画館「犬鳴村」「樹海村」「牛首村」で紹介した一連の清水祟監督による都市伝説映画のようなテイストの作品かと思いましたが、予想の斜め上を行く展開で、ちょっと驚きました。良い意味で、遊園地のお化け屋敷のようなドキドキ感があり、かつタイムループ映画の要素もあって、面白かったです。

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「2004年に『はすみ』と名乗る人物がインターネット掲示板に書き込んで以来、いまだ話題となる都市伝説『きさらぎ駅』をモチーフにしたホラー。民俗学を専攻する女子大生が、異世界の駅の謎に迫る。メガホンを取ったのは『真・鮫島事件』などの永江二朗。主人公を『凪待ち』などの恒松祐里、物語の重要人物を『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』などの佐藤江梨子が演じるほか、本田望結、莉子、寺坂頼我らが共演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「大学で民俗学を学ぶ堤春奈(恒松祐里)は、十数年来インターネット上で話題になっている都市伝説『きさらぎ駅』を卒業論文の題材に決める。調査の結果、この都市伝説の投稿者『はすみ』だとうわさされている女性・葉山純子(佐藤江梨子)の存在を知った彼女は、数か月にわたって連絡を取り続け、ついに純子と対面を果たす。異世界へたどり着いたという純子の体験を取材後、春奈は『きさらぎ駅』の舞台となった駅へ向かう」

「きさらぎ駅」は、数多いインターネット発の都市伝説の中でも、屈指の知名度を誇る異世界遭難譚です。発祥は匿名掲示板「2ちゃんねる」(現在は「5ちゃんねる」)のオカルト超常現象板で実況投稿されたものです。2004年1月8日深夜に、「はすみ」という人物が「先程から某私鉄に乗車しているのですが、様子がおかしいのです」と書き込んだことから始まり、「はすみ」はスレッド参加者とのリアルタイムのやりとりの中で、日本には存在しない「きさらぎ駅」に辿り着きます。そこで、さまざまな怪異に見舞われます。そして、途中で書き込みが途絶えてしまって強制終了しました。

 この「2ちゃんねる」スレッドでのやりとりが注目されて以降、ネットでは「『きさらぎ駅』とはどこなのか?」といった考察が次々になされ、きさらぎ駅と同じような異世界に迷い込んでしまった体験談の書き込みも増殖しました。さらには、テレビ、漫画、アニメ、ゲーム、小説でも題材にされ、果てはモデルとされる遠州鉄道・さぎの宮駅が「きさらぎ」行きの切符まで発売するという社会現象にまで発展。すっかり日本を代表する都市伝説にまで成長を遂げてしまった「きさらぎ駅」ですが、わたしは正直それほどよく知りませんでした。この映画を観て、初めて都市伝説の内容自体を知りました。

 この映画は、「きさらぎ駅」について卒業論文をまとめている民俗学専攻の大学生・堤春奈(恒松祐里)が、投稿者「はすみ」とされる葉山順子(佐藤江梨子)から直接「きさらぎ駅」での出来事を聞きに行くという物語です。ライターの市川夕太郎氏は、「とにかく『有名な都市伝説を映画化』という単純さではなく、『有名な都市伝説を映画化』という大喜利に、おそらく劇場では笑いが起こるほどのアクロバティックなアレンジ全開で解答。見事『IPPON』を出し、都市伝説の映画化の可能性を広げている」と述べていますが、これは秀逸なコメントですね。

 映画ではPOV(一人称視点)の場面が目立ちますが、長江二朗監督いわく「POVではなくFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)」なのだそうです。これを知った市川氏は、「言われてみればたしかにFPSで、ゲームが好きな方はオカルトFPSゲーム『GhostWire:Tokyo』なんかを連想するだろう。それでも酔うほどの画面ブレはなく、とても安定したカメラワークなので一人称視点に苦手意識がある人でもきっと大丈夫」と述べています。「GhostWire:Tokyo」とは、人が消えた渋谷でゴースト退治をするゲームだそうで、仮死状態の体に何かが寄生し、反目し合う展開だとか。ゲームに無知のわたしは、これも初めて知りました。

よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典



「きさらぎ駅」という都市伝説は、日本人には馴染みの深い異郷訪問譚の一種です。現世の地上世界、『古事記』などの神話であれば葦原中国から、それ以外の異郷を訪れる話ですね。よく知られている例としては、わが監修書『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』(廣済堂文庫)にも登場する伊邪那岐命の黄泉国訪問、浦島子の竜宮訪問、大穴牟遅神の根国訪問譚、火遠理命の綿津見宮訪問譚、神功征韓譚、「舌切り雀」の雀のお宿などがあります。これら日本人によく知られた異郷訪問譚の現代版として、「きさらぎ駅」をとらえることができるでしょう。ちなみに「きさらぎ駅」には、「伊佐貫(いさぬき)」と言う名称のトンネルが登場しますが、これは「伊邪那岐(いざなぎ)」と関連していると思われます。「鬼」という漢字を「きさらぎ」と読むこともできることから、きさらぎ駅には黄泉の国のイメージが強く漂っています。

 また、「きさらぎ駅」には、迷い家(まよいが、マヨイガ、マヨヒガ)の要素もあります。迷い家とは、東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家、あるいはその家を訪れた者についての伝承の名です。この伝承は、民俗学者・柳田國男が現在の岩手県土淵村(現・遠野市)出身の佐々木喜善から聞き書きした話を『遠野物語』の「六三」「六四」で紹介したことにより広く知られるところとなりました。『遠野物語』によれば、迷い家とは訪れた者に富貴を授ける不思議な家であり、訪れた者はその家から何か物品を持ち出してよいことになっています。しかし誰もがその恩恵に与れるわけではなく、「六三」は無欲ゆえに富を授かった三浦家の妻の成功譚となり、「六四」は欲をもった村人を案内したせいで富を授かれなかった若者の失敗譚を描いています。

 主演女優の恒松祐里は良かったです。彼女は、ブログ「全裸監督」で紹介したネットフリックスのオリジナル・ドラマのシーズン2で大ブレークしました。幼稚園児の頃、照れ屋な性格を心配した両親が、アミューズとパルコのオーディションを受けさせ合格。2005年のテレビドラマ「瑠璃の島」で子役としてデビュ。オーディションは7歳の頃から受け続けており、10年間で約240回受けたそうです。明石家さんま、篠山紀信から高い評価を受け、2015年のNHK連続テレビ小説「まれ」で、桶作元治(田中泯)、文(田中裕子)夫婦の孫・友美役を演じました(妹・麻美役は浜辺美波)。2022年に、「きさらぎ駅」で映画初主演したわけですが、目力があって、存在感のある女優です。これからが楽しみですね。