No.617
7月29日から公開されている、タイを舞台にしたホラー映画「女神の継承」をシネプレックス小倉で鑑賞。原題は、「THE MEDIUM」。ホラー映画史に残る名作のエッセンスが詰まった内容で、わたし好みの映画でした。ものすごく怖い映画でしたが、何よりも、こんなミニシアター向けの名作が小倉のシネコンで観れたのが嬉しい!
ヤフー映画の「解説」には、「『哭声/コクソン』などのナ・ホンジン監督が、原案とプロデュースを担当したホラー。タイの村を舞台に、祈祷師一族の家に生まれた女性が不可解な現象に襲われる。メガホンを取ったのは『愛しのゴースト』などのバンジョン・ピサヤタナクーン。サワニー・ウトーンマ、ナリルヤ・グルモンコルペチ、シラニ・ヤンキッティカンらが出演する」と書かれています。
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「タイ東北部、イサーン地方。その小さな村に暮らす女性ミンが突如体調不良に陥り、それまでの彼女からは想像できない凶暴な言動を繰り返す。ミンの豹変になす術もない母親は、祈祷師をしている妹ニムに救いを求める。ニムは、ミンが祈祷師を受け継いできた一族の新たな後継者として何者かに目され、取りつかれたために苦しんでいるとにらむ。ミンを救おうと祈祷を始めるニムだが、憑依している何者かの力は強大で次々と恐ろしい現象が起きる」
「女神の継承」は、「チェイサー」(2008年)、「哭声/コクソン」(2016年)で、その名を轟かせた韓国映画界が誇る気鋭 ナ・ホンジンが原案・プロデュースした最新作です。もともと、カンヌ国際映画祭に出品され、世界中の度肝を抜いた「哭声/コクソン」の続編として、ファン・ジョンミンが怪演した祈祷師・イルグァンの物語をナ・ホンジンが思いついたことから、企画がスタート。その構想はタイの祈祷師をモチーフに、本作へと受け継がれ、「哭声/コクソン」のアナザー・バージョンとも言える衝撃作が完成しました。先祖代々続く祈祷師の一族に生まれるも、呪術を信じない、若く美しい娘ミンに異変が起こり始め、そこから祈祷師一族のみならず、周囲の人々までをも巻き込んだ戦慄の映像が加速度的に展開していきます。「女神の継承」には世界のホラー映画史に残る名作のモチーフがたくさん込められていますが、真っ先に挙げるべき作品とは、 本作のプロデューサーであるナ・ホンジン監督の代表作「哭声/コクソン」です。
「哭声/コクソン」は、「チェイサー」「哀しき獣」ではスピード感を重視して直接的な暴力描写を用いたナ・ホンジン監督が、一転してシャーマニズムのほかキリスト教に関する要素を取り入れ、徐々に追い詰められる心理を丹念に捉えた作品です。韓国国内では観客動員数687万人を超える大ヒットとなりました。謎めいた山の中の男を演じた國村隼は、外国人として初めて青龍映画賞で賞を得ています。日本人の國村がキャスティングされた理由は、イエス・キリストを「歴史上最も世界に混乱を与え、疑念を持たれた人物の1人」と評したナ・ホンジン監督の、「同じアジア人ではあるものの韓国人とは違う"よそ者"が必要だった」という考えによるそうです。たしかに、國村隼演じる「よそ者」は圧倒的に怖かった!
何の変哲もない田舎の村である谷城(コクソン)にやってきた日本人。番犬とともに、山中で孤独な生活を送る。村にやってきた目的や、どんな人物かは「言っても信じない」として一切自分の口から語ろうとせず、さらに彼の来訪から事件が頻発したことによって不審がられます。やがて、その村の中で、村人が家族を惨殺する事件が立て続けて発生。容疑者にいずれも動機はなく、幻覚性の植物を摂取して錯乱したための犯行と発表されますが、謎の発疹を発症するなど説明しきれない不可解な点が多く残っていたことから、いつしか、村人たちの中では山中で暮らす謎の日本人が関わっているのではないかとささやかれはじめるのでした。「哭声/コクソン」は超一流のオカルト映画であり、宗教ホラー映画の大傑作です。終盤に登場する儀式によって戦うサイキック・ウォーの場面が圧巻で、それは「女神の継承」にもしっかりと継承されていました。
「女神の継承」に強い影響を与えたと思われる映画が「エクソシスト」(1073年)です。ホラー映画史に燦然と輝く最高傑作の1つですね。12才の少女リーガン(リンダ・ブレア)に取り付いた悪魔パズズと二人の神父の戦いを描いたウィリアム・ピーター・ブラッティ(オスカーを受賞した脚色も担当)の同名小説を映画化したセンセーショナルな恐怖大作で一大オカルト・ブームを巻き起こしました。アメリカ本国において1973年の興業収入1位を記録。第46回アカデミー賞の脚色賞と音響賞を受賞。題名となっているエクソシストとは、英語で"悪魔払い(カトリック教会のエクソシスム)の祈祷師"という意味で、この映画は、その後さまざまな派生作品を生みました。「女神の継承」では、ヒロインのミンに憑依したのは神でなく悪霊でした。最初は涙目で、助けを求めるような顔でこちらを見つめていたミンですが、邪悪さを含む表現しがたい表情へと変わり、黒い体液を吐き、ついには何かが乗り移ったかのような 見るもおぞましい姿へと変貌します。そして、その姿は「エクソシスト」の悪魔少女リーガンにそっくりでした。
「女神の継承」への強い影響を感じる次のホラー映画の名作は、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」で紹介したアリ・スター監督の映画で、A3の製作です。ある日、グラハム家の家長エレンがこの世を去る。娘のアニーは、母に複雑な感情を抱きつつも、残された家族と一緒に葬儀を行う。エレンが亡くなった悲しみを乗り越えようとするグラハム家では、不思議な光が部屋を走ったり、暗闇に誰かの気配がしたりするなど不可解な現象が起こります。「女神の継承」の冒頭にはタイの葬儀のシーンがありますが、「ヘレディタリー/継承」の冒頭にも、グラハム家の家長である老女エレンの葬儀の場面があります。予告編の印象から、わたしはエレンが魔女か何かで、その血統を孫娘が受け継ぐ話かなと思っていたのですが、その予想は完全に裏切られました。「継承」には、もっと深い意味があったのです。「女神の継承」の邦題にも「継承」の文字が入っていますが、わたしは日常的に「継承」という言葉を使っています。一般社団法人・全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の副会長として儀式継創委員会を担当していますが、儀式継創とは儀式の「継承」と「創新」という意味です。
『儀式論』(弘文堂)
「ヘレディタリー/継承」には葬儀の他にも、さまざまな儀式が登場します。それは死者と会話する「降霊儀式」であったり、地獄の王を目覚めさせる「悪魔召喚儀式」であったりするのですが、『儀式論』(弘文堂)を書いた「儀式バカ一代」を自認するわたしとしては、これらの闇の儀式を非常に興味深く感じました。そのディテールに至るまで、じつによく描けています。一条真也の映画館「来る」で紹介した日本映画は和製儀式映画でしたが、「ヘレディタリー/継承」は西洋儀式映画と言えるかもしれません。そして、「女神の継承」こそは東洋儀式映画であると言えるでしょう。ミンに憑依した悪霊を祓う当日まで「儀式5日前」「儀式3日前」「儀式前日」などと期待を煽っていくのですが、ついに行われた悪霊祓いの儀式は、闇夜に行われます。壁に頭を打ち付け続ける男、絶叫する祈祷師ニム、暗闇に引きずりこまれる人々、血まみれの祭壇など、おぞましい映像が随所に差し込まれ理解が追いつきません。儀式は正しく行わなければ、とんでもない禍を呼ぶことを「女神の継承」ほど見事に示した映画はないでしょう。
「女神の継承」に強い影響を与えたと思われる次の作品は、「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」(1999)です。ビデオを使った最恐ホラーとして大きな話題になりましたが、超低予算(6万ドル)・少人数で製作されながらも、全米興行収入1億4000万ドル、全世界興行収入2億4050万ドルを記録したインディペンデント作品です。「魔女伝説を題材としたドキュメンタリー映画を撮影するために、森に入った3人の学生が消息を絶ち、1年後に彼らの撮影したスチルが発見されました。彼らが撮影したビデオをそのまま編集して映画化した」という設定ですが、実際は脚本も用意された劇映画です。この手法は、擬似ドキュメンタリー(モキュメンタリー)映画の先駆けとなりました。とても怖い映画でしたね。「女神の継承」には巫女の継承ドラマをドキュメンタリーとして撮影するスタッフが登場するのですが、映画の終盤でカメラマンたちが「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」のような恐怖のブレブレ動画を撮りまくります。
モキュメンタリーの手法が使われたアメリカのホラー映画といえば、「パラノーマル・アクティビィティ」(2007)を忘れることができません。タイトルの意味は"超常現象"。この映画は実話に基づいて作られているそうですが、家族設定や怪奇現象等、異なる点もいくつかあるとか。同棲中のカップル、ミカとケイティーは夜な夜な怪奇音に悩まされていました。その正体を暴くべくミカは高性能ハンディーカメラを購入、昼間の生活風景や夜の寝室を撮影することにしました。そこに記録されていたものは彼らの想像を超えるものでした。これもかなり怖い映画でしたが、しっかりと「女神の継承」に影響を与えています。ドキュメンタリーの撮影クルーたちは、怪異が続くミンの自宅の様子をカメラで隠し撮りするのですが、そこには恐るべき光景が写っていました。ミンの叔父夫婦の夜の寝室の隠し撮りなどは、「パラノーマル・アクティビィティ」そのものと言っていいぐらいでした。
このように「女神の継承」には、「エクソシスト」「ブレア・ウイッチ・プロジェクト」「パラノーマル・アクティビィティ」「ヘレディタリー/継承」、そして「哭声/コクソン」といった最恐のホラー映画の名作たちのテーマやモチーフを"継承"しているわけですが、タイ東北部イサーン地方を舞台に、観る者を社会の常識が通用しない戦慄の秘境へと招き入れていくところは、同じくタイを舞台にした映画「ブンミおじさんの森」(2011年)です。第63回カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞した話題作です。物語の主人公は、腎臓病を患い、自らの死期を悟ったブンミ(タナパット・サイサイマー)。彼は、亡き妻の妹ジェン(ジェンチラー・ポンパス)を自宅に招きます。昼間は農園に義妹を案内したりして、共にゆったりとした時間を過ごしますが、彼らが夕食のテーブルを囲んでいると、唐突に19年前に亡くなったはずの妻(ナッタカーン・アパイウォン)の幽霊が姿を現し、行方不明だった息子が猿人の姿で帰ってきたりします。死期を悟ったブンミは洞窟に向かうのですが、「死別の悲嘆」と「死の不安」を乗り越えるというグリーフケアの二大機能を見事に描いた大傑作でした。
「ブンミおじさんの森」は、タイの僧侶による著書『前世を思い出せる男』を基に、ある男性が体験する輪廻転生の物語をファンタジックに描いた映画です。タイ映画として初めてパルムドールを獲得した、独特な世界観とストーリーに魅了されます。ホラー映画というよりも、ファンタジー映画やグリーフケア映画と表現するべきでしょう。でも、「ピー」と呼ばれるタイの精霊を扱っている映画という点は、「女神の継承」と共通しています。「女神の継承」のオープニングでは、「タイにはピーと呼ばれる精霊がいる」といった説明が登場しましたが、タイには「ピー信仰」と呼ばれるものがあるのです。主にタイ族が信仰するアニミズム(精霊信仰)のことです。
ピー信仰は、バラモン教、仏教などの外来宗教の伝来以前からタイ族全般に存在したとされる信仰の形態であり、現在でも外来宗教の影響を受けながらも、タイ族の基層の信仰として根強く残っています。Wikipedia「ピー信仰」の「概要」には、「ピーとは、タイ語において『精霊、妖怪、お化け』の類を説明するために用いられる言葉である。ピーが一般的にどのようなものを指すかというのは人によって考えに相違があり、一定のイメージは存在しないであろうといわれている。しかし、大まかに分けて解説をすると、バンコクなど都市部では、ピーについて話すと映画などで現れる死霊がイメージされる場合が多い。なお、英語のghostや日本の霊、お化け、妖怪の類はタイ語ではこの語を用いて表現される」と書かれています。
他方、農村部でのピー信仰になると、「日本で言う、霊、妖怪、小さき神々の総体として存在し、民間信仰の神々としてのイメージが現れてくる。荒神的性格があり、人々の生活を守護すると同時に、不敬な行いに対しては祟ることがある。一方で自然霊、悪霊・浮遊霊のようなイメージもあり、日本の妖怪のような性格を持つ。実体のないものとして存在される場合もあるが、プラカノーンのメー・ナークなどのように実体を伴っている場合もある。また、ピーの会話の中での用法には、『死体』『死者』を意味する言葉として用いることがある。火葬はパオ・ピーなどと表現される。また、『ピーのように不可思議なもの・人』を表現するためにもこの語を用いる。例えば、ピー・プン・タイは流星を表す」とも書かれています。
映画「女神の継承」におけるピーは、まさに悪霊そのものでした。その悪霊の暴れっぷりは、「エクソシスト」の悪魔バズズどころではなく、すさまじい破壊力でした。タイの悪霊は故人の怨念だけでなく、複数の怨霊はもちろん、動物や植物の霊まで動員して、復讐を目的とした一大グループを形成するというから恐ろしいです。正直言って、ドキュメンタリーの撮影クルーの存在には違和感をおぼえましたが、これだけの名作ホラーのコラージュといっていいほどの作品が破綻せずに映画として完成したことは見事としか言えません。
ラストでは、女神バヤンの巫女であるはずのニムが「バヤンの存在を信じられなくなった」と告白する衝撃的なシーンがあります。心の底からバヤンの存在を信じていたはずの巫女でさえ、その存在を疑うようになるとは......これも悪霊のパワーのせいかもしれませんが、それにしても信仰というもののむつかしさを感じます。その意味で、日本史上に残る犯罪者となった山上徹也容疑者の母親をいまだに洗脳し続けているという旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の凄さがよくわかりますね。