No.624


 9月1日公開の映画「ブレット・トレイン」をシネプレックス小倉で観ました。わたしと同い年であるブラッド・ピットの最新主演作ということで、鑑賞前はかなり期待していました。しかし、映画はタランティーノ作品、特に「キル・ビル」の出来損ないみたいな感じでイマイチでした。

 ヤフー映画の「解説」には、「映画化もされた『グラスホッパー』などで知られる伊坂幸太郎の小説を原作に、ブラッド・ピットが主演を務めたアクションスリラー。日本の高速列車を舞台に、謎の人物から指令を受けた殺し屋が、列車に乗り合わせた殺し屋たちから命を狙われる。メガホンを取ったのは『デッドプール』シリーズなどのデヴィッド・リーチ。共演には、『キスから始まるものがたり』シリーズなどのジョーイ・キング、『キック・アス』シリーズなどのアーロン・テイラー=ジョンソンのほか、真田広之、マイケル・シャノンらが名を連ねる」とあります。

 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「あるブリーフケースを盗むよう謎の女性から指令を受け、東京発京都行の高速列車に乗り込んだ殺し屋・レディバグ(ブラッド・ピット)。ブリーフケースを奪って降りるだけの簡単な任務のはずだったが、疾走する車内で次々に殺し屋たちと遭遇してしまう。襲い掛かってくる彼らと訳も分からぬまま死闘を繰り広げる中、次第に殺し屋たちとの過去の因縁が浮かび上がってくる」

 列車内でバトルを繰り広げる映画はたくさんありますが、「ブレット・トレイン」は日本の高速列車すなわち新幹線が舞台というのが注目すべきポイントです。ただ、現在の新幹線では見かけない食堂車のような車両があったり、グリーン車を「ファーストクラス」と呼んで、飛行機のファーストクラスのような飲み物サービスをするのが気になりましたね。東海道新幹線や北陸新幹線をしょっちゅう利用するわたしとしては、「?」の連続でした。

 ブラッド・ピット演じる主人公のレディバグが、殺し屋たちを次々に迎え撃つのですが、彼らが襲ってくる理由もわからずにバトルが展開されるので、観客は取り残されたように感じてしまいます。新幹線の車内も異様に乗客が少なく、殺し合いをしていても他の乗客は気づきません。富士山も有り得ないような変な場所で登場するし、日本が馬鹿にされているような気になってきました。最初は「映画だから、まあいいか」と思いましたが、あまりのリアリティのなさに次第にストレスが溜まっていきます。

 わたしは、SF・ホラー・ファンタジーといった非日常的な物語を描いた映画こそ細部にはリアリティが必要だと考えているのですが、「ブレット・トレイン」は「ほぼファンタジー」と呼んでいいレベルのアクションスリラーです。当然ながらリアリティが求められますが、そんなものは皆無。列車内バトルで死人が出るたびにトイレに隠すという荒っぽさで、「そんなことしてたら、すべてのトイレが死体安置所になるよ!」と思ってしまいました。京都駅のホームで武装した殺し屋たちが待ち構えているのも、「パラレルワールドのSFかよ!?」と思ってしまいました。

 そもそも、次から次に人が殺されているのに、列車がそのまま京都に向かうというのもナンセンスです。普通は1人殺された時点で発覚し、大騒ぎになって停止するのが確実だからです。いくら荒唐無稽な物語といっても、純粋にそれを楽しむことはできませんでした。もっと、1つの死体を慎重に隠さなければなりません。1つ1つのリアリティが、楽しめるファンタジーを生むのです。その点、ハチャメチャなラストシーンも含めて、まったく楽しめない映画でした。カタルシスなどゼロです!

 映画「ブレット・トレイン」の原作は、伊坂幸太郎の『マリアビートル』(角川文庫)です。わたしは同書を読んでいませんが、アマゾンの内容紹介には、「殺し屋シリーズ累計300万部突破!東京発盛岡着、2時間30分のノンストップエンターテインメント! 幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの殺し屋『木村』。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生『王子』。闇社会の大物から密命を受けた、腕利きの二人組『蜜柑』と『檸檬』。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋『天道虫』。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する――。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点! 『グラスホッパー』『AX アックス』に連なる、殺し屋たちの狂想曲」と書かれています。原作はすごく面白そうなのですが、このプロットが映画「ブレット・トレイン」にうまく反映されておらず、キャラクターもおかしな方向に改変され、とにかく観客は混乱する一方です。

 はっきり言って、この「ブレット・トレイン」、シナリオが大失敗だと思います。ラストに唐突に登場するサンドラ・ブロックの使い方も「?」で、彼女のような大スターを起用する意味がまったくありませんでした。これでは、シナリオとキャスティングのバランスがあまりにも悪いです。音楽もかなり「?」で、なんと、カルメン・マキの「時には母のない子のように」、麻倉未稀の「ヒーロー HOLDING OUT FOR  A HERO」、坂本九の「上を向いて歩こう」などが流れます。きっと、わたしのような昭和歌謡ファンが感涙にむせぶとでも思ったのでしょうが、そうは問屋が卸しません。この選曲も日本人が馬鹿にされたように思えて、ひたすら不愉快でした。

 ただ、エンターテインメントとしてのレベルは低い映画でしたが、アクションシーンは見応えがありました。特に、ブラット・ピットのアクションは良かったです。ただ殴り合うだけでなく、近くにあるものを武器として駆使する戦い方は魅力的でした。アクションといえば、日本が誇るアクションスターの真田広之も良かったです。デヴィッド・リーチ監督が確実に影響を受けたであろう「キル・ビル」には千葉真一が出演していましたが、千葉の弟子である真田は「ブレット・トレイン」で見事な刀さばきを披露しました。これは亡き師への追悼にもなったでしょうし、アメリカの観客たちも「日本にサムライあり!」と思ったのではないでしょうか?