No.629
9月22日、グリーフケア委員会の会議を終えた後、東京から福岡に戻りました。その前夜、一条真也の映画館「ザ・ディープ・ハウス」で紹介したフランス・ベルギー合作映画に続いて、日本映画「ザ・ミソジニー」を新宿シネマカリテで鑑賞。Jホラーの巨匠・高橋洋監督の最新作です。一応はホラーなのでしょうが、なんともシュールで意味不明な内容で、コメディ映画のようでもありました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ある山荘を舞台に、母親殺しの事件を題材に描くホラー。二人の女優が呪われた事件を演じているうちに、現実と物語の境界が次第に曖昧となっていく。脚本と監督を手掛けるのは『女優霊』や『リング』シリーズなどの脚本家でもあり、『霊的ボリシェヴィキ』などで監督も務めた高橋洋。高橋監督作『狂気の海』などの中原翔子、『truth~姦しき弔いの果て~』などの河野知美をはじめ、横井翔二郎、浅田麻衣、内田周作らが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「女優で劇作家でもあるナオミ(中原翔子)は、かつて自分の夫を奪った女優ミズキ(河野知美)を、夏の間借りた山荘に呼び寄せる。彼女はマネージャーの大牟田(横井翔二郎)と共にやって来て、ある不可解な母親殺しの事件をテーマにした芝居の稽古に入るが、ミズキは母親を殺した娘を演じるうちに、実際に事件が起きたのはこの屋敷ではないかと思い始める」
高橋監督は1959年生まれ。千葉県立東葛飾高等学校を経て、1985年早稲田大学第一文学部ロシア文学科を卒業。在学中は早大シネマ研究会に所属し、「夜は千の眼を持つ」(1984年)」などの8ミリ作品を発表。1990年、森崎東監督のテレビドラマ「離婚・恐婚・連婚」にて脚本家デビュー。その後、中田秀夫監督の映画「『女優霊』(1995年)や「リング」(1998年)の脚本を手がけました。2004年、「ソドムの市」にて長篇監督デビューを果たします。2008年、「狂気の海」が公開され、2010年、「恐怖」が公開。2012年、「旧支配者のキャロル」が公開されました。
「ザ・ミソジニー」は、脚本を担当した「女優霊」「リング」から監督作品である「霊的ボリシェヴィキ」に至る、高橋洋監督の"霊的モード"探究の集大成とされているようです。「女優霊」は、中田秀夫が監督を務めたジャパニーズ・ホラーの初期の傑作です。新人監督の村井俊男は、カメラテストの映像にまったく別な女優が写っていることに気がつきましたた。それから奇妙なことが次々に起こり始めます。映画の撮影現場を舞台にした正統派ホラーの力作です。1964年に公開予定で、日本では1967年にTV放送されたアメリカの伝説的ホラー映画「シェラ・デ・コブレの幽霊」の強い影響のもとに作られたといいます。
世界のホラー映画の歴史に燦然と輝く「リング」は、鈴木光司の人気ホラー小説を中田秀夫監督が映画化。見ると死んでしまうという謎のビデオテープを巡って繰り広げられるホラー・サスペンスです。テレビレポーターの浅川玲子は、見たら一週間後に死ぬというビデオテープの噂を耳にします。にわかには信じられない玲子でしたが、姪の死をきっかけにビデオについて調べ始めます。やがて、偶然手に入れた問題のビデオを確認のため見た玲子は、噂が本当であることを確信します。が、それは7日後の自分の死を意味しました。この物語に登場する「貞子」はジャパニーズ・ホラーそのもののアイコンとなりましたね。
高橋監督の心霊ホラー映画といえば、「ザ・ミソジニー」の前作となる「霊的ボリシェヴィキ」(2018年)がなかなかの傑作でした。これも新宿シネマカリテで上映された作品ですが、わたしはDVDを購入して鑑賞しました。あの世に触れたという経験のある何人かの男女が、集音マイクがさまざまな場所に設置された施設に集められるホラー映画です。彼らの中には、幼少期に神隠しにあって以来妙な違和感を抱えていてその正体を知りたいと参加した由紀子(韓英恵)もいました。そしてテープが回り始め、心霊実験がスタートすると、信じられない出来事が起こります。映画の全篇にわたって漂う不気味な雰囲気は、「ザ・ミソジニー」にも通じますね。
「霊的ボルシェヴィキ」に続いて、「ザ・ミソジニー」にもおどろおどろしく妖しい雰囲気が満ちています。そして、高橋監督のオカルト趣味が充満しています。映画の中で使われたムッソリーニらのファシストがリンチで殺された写真も恐ろしかったですが、西洋の魔法陣が登場したのには驚きました。わたしは、昔から西洋の悪魔崇拝に興味があり、魔法陣のことも調べました。オカルト大好き少年だったのです。中学生のとき、国書刊行会から出ていた「ドラキュラ叢書」という怪奇小説のシリーズを愛読していましたが、その第1巻がまさに悪魔崇拝をテーマにした『黒魔団』(デニス・ホイートリ著、平井呈一訳)でした。その後、同じ国書刊行会から出た『デニス・ホイートリ黒魔術小説傑作選』の第1巻も『黒魔団』です。わたしはこの小説が大好きで、もう10回ぐらい読みました。
デニス・ホイートリは「現代イギリスのデュマ」と呼ばれた希代のストーリーテラーで、サスペンスとミステリーと魔術に満ちたスーパーエンタテイメントの作家でした。その妖しい世界の虜になったわたしは、『デニス・ホイートリ黒魔術小説傑作選』全7巻も読破しました。代表作『黒魔団』の原題は"The Devil Rides Out"といって、1968年に映画化もされています。主演は、ドラキュラ俳優として有名なクリストファー・リーです。DVDでも発売されており、こちらも10回くらい観ました。この物語にも、もちろん魔法陣が登場し、きわめて重要な役割を果たします。
さて、タイトルにある「ミソジニー」とは「女性嫌悪」や「女性蔑視」という意味です。思想家の内田樹氏は著書『映画の構造分析』(文春文庫)の中で、「アメリカの男はアメリカの女がきらいである。私の汁限り、男性が女性をれほど嫌っている性文化は地上に存在しない」として、アメリカ映画には「女は必ず男の選択を誤って『間違った男』を選ぶ」「それゆえ女は必ず不幸になる」「女のために仲間を裏切るべきではない」「男同士でいるのがいちばん幸福だ」という定型的な説話原理があり、これを「アメリカン・ミソジニー物語」の定型であると指摘します。この定型をハリウッド映画は実に執拗に、強迫的に反復し続けてきたというのです。
一方、日本ではあからさまに女性嫌悪的な映画で興行的に成功したものは存在しないといいます。内田氏は、1980年~90年代の日本映画で圧倒的なポピュラリティを獲得した宮崎駿監督のアニメ映画が自然と文明を媒介する魅力的な少女たちを主人公に据えた映画群であることを指摘し、「宮崎の映画には、ハリウッドが量産している種類の定型的な『嫌悪される女性』は一人も登場しない(かろうじて『ルパン三世・カリオストロの城』の峰不二子がいるが、彼女は最初から、最後まで、どんな男にも権威にも服しないスタンドアローンの『不死身』の女賊であり、その点でハリウッド的ではない)」と述べています。