No.628


 東京に来ています。新宿で出版の打ち合わせ後、新宿シネマカリテでフランス・ベルギー合作映画「ザ・ディープ・ハウス」を観ました。簡単に言えば、水中の幽霊屋敷の物語です。ネットでの低評価もあり、「そんなに怖くないだろう」と甘く見ていましたが、けっこう怖かったです!

 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。 「『呪術召喚/カンディシャ』などのジュリアン・モーリー、アレクサンドル・バスティロが監督を務めたホラー。湖に沈んだ屋敷の撮影に挑むYouTuberの男女が、壮絶な恐怖に見舞われる。『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』などのジェームズ・ジャガー、『スパルタン 皆殺しの戦場』などのカミーユ・ロウ、『CAGED―監禁―』などのエリック・サヴァンのほか、アレクシス・セルヴァース、アン・クレサンらが出演する」

 ヤフー映画の「あらすじ」は、「世界各地の廃虚映像を配信する、YouTuberカップルのティナ(カミーユ・ロウ)とベン(ジェームズ・ジャガー)。湖に沈む屋敷を撮影しようとフランス郊外を訪れた彼らは、湖畔で出会ったピエール(エリック・サヴァン)の案内を受ける。湖に潜って屋敷内を探索するうちに、不思議な現象や幻影に襲われる二人。酸素量も少なくなったことから屋敷から出ようとするも、知らぬ間に出口がふさがれて慌てる彼らに、さらなる怪現象が降りかかる」となっています。

 水没したものは不気味です。沈没船の中などに入っていく最大のスリルは、そこで遺体を発見するのではないかという不安(期待?)が大きいと思いますが、この映画に登場する湖の底の屋敷には遺体などよりももっと恐ろしいものが潜んでいるのでした。それにしても、屋敷の中が地上にあったままの姿であることが一番怖いです。いくら海水ではなく淡水の中とはいっても、まったく地上のままというのはあり得ません。屋敷の中の環境からして、すでに超常現象なのです。こんな恐ろしい場所にどうして潜入するのかというと、主人公のカップルが世界各地の廃墟などを撮影した動画で登録者数を増やしているYouTuberだからです。彼らはさらに再生回数と登録者数を増やすべく、フランスのある湖に沈められた、いわくつきの屋敷を撮影しようと現地を訪れたのでした。謎の屋敷に挑む男女を演じたのは、ミック・ジャガーの息子ジェームズ・ジャガーと人気モデルのカミーユ・ロウです。

 「ザ・ディープ・ハウス」を観たわたしは、ある日本のホラー映画を思い浮かべました。一条真也の映画館「犬鳴村」で紹介した清水祟監督の2020年公開作品です。SNSなどで話題が拡散しコロナ禍に異例のヒットを記録した映画ですが、舞台となる犬鳴村もダムの底に沈んだ水中の村なのです。また、この映画にも、アッキーナというYouTuberが登場します。わたしは再生回数や登録者欲しさに活動しているYouTuberほどくだらない職業はないと思っているのですが、このアッキーナは心霊スポットである「犬鳴トンネル」の撮影に向かい、犬鳴村で無数の手に襲われ鉄塔から飛び降りる悲惨な目に遭います。また、映画「犬鳴村」では「水」が重要な役割を果たし、溺死する犠牲者が続出します。このあたりは中田監督の「リング」(1998年)、「仄暗い水の底から」(2002年)を連想しました。そして、当然ながら、「ザ・ディープ・ハウス」は水のホラーそのものです!

 「ザ・ディープ・ハウス」の監督を務めたジュリアン・モーリーとアレクサンドル・バスティロの代表作といえば、なんといっても「屋敷女」(2007年)です。出産を控えた一人暮らしの妊婦と、彼女に襲い掛かる謎の女の決死の攻防を描く衝撃のサイコ・ホラーで、全世界を震撼させた衝撃の超問題作です。クリスマス・イブの夜、出産を翌日に控えた妊婦サラ(アリソン・パラディ)の家に、黒い服を着た長い髪の見知らぬ女(ベアトリス・ダル)が忍び込みます。サラが呼んだ警察も、何も知らない客も、女の手により死亡。巨大なハサミを手に襲い掛かってくる女を前に、理不尽な恐怖に包まれたサラは陣痛を起こしてしまうのでした。この映画は本当に怖かった! 世界のホラー映画史に燦然と輝く大傑作でした!

 しかし、「屋敷女」はホラー映画史に残る大傑作とされていますが、その後のジュリアン・モーリー&アレクサンドル・バスティロ監督作品の評判は良くないです。「ザ・ディープ・ハウス」の直前作となる「呪術召喚/カンディシャ」(2021年)もそうでした。「カンディシャ」というのはモロッコで伝えられている復讐を司る女の魔物の霊で、男を襲うとされています。ティーンエイジャーのアメリは幼なじみの親友2人と怖い話で盛り上がり、復讐に燃える邪悪な存在カンディシャの物語を耳にします。元カレに暴力を振るわれたアメリは思わずカンディシャを召喚してしまい、翌日には元カレが死体で発見されます。この「カンディシャ」を扱った映画は数本ありますが、この魔物の特徴は魔術とか呪い殺すのが通常なのですが、この映画ではそういった魔術は使わずに「物理攻撃」で殺していくのが特徴です。物理攻撃なら「屋敷女」の方がはるかに怖いので、失敗作だと言えるでしょう。

 このようにジュリアン・モーリー&アレクサンドル・バスティロの2人は、「屋敷女」で才能を使い果たしてしまったように言われています。最新作の「ザ・ディープ・ハウス」もネットでは散々に叩かれていますが、わたしは期待値が低かったぶん、面白かったです。ただでさえ、水中の屋敷の中なんて不気味なのに、そこに次から次に出現する光景は恐怖そのものでした。この怖さは、「犬鳴村」と同じく、遊園地のお化け屋敷的な怖さだと思います。「何かが出そうで、出る出ると思っていたら、やっぱり出た!」みたいな、ある意味、予定調和の怖さですね。最後の主人公のエアポンプの酸素がなくなったときは、観ていたわたしまで息苦しくなって、思わずマスクを外しました。