No.641
東京に来ています。10月20日、社外監査役を務める互助会保証株式会社の臨時株主総会に出席した後、夕方の産経新聞出版社との次回作『供養論』の打ち合わせまで時間があったので、TOHOシネマズシャンテで日本映画「LOVE LIFE」を観ました。本当は同館で上映中のドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」を観たかったのですが、時間が合いませんでした。事前知識のなかった「LOVE LIFE」ですが、まさにグリーフケア映画かつコンパッション映画そのもの。観て良かった!
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『淵に立つ』などの深田晃司監督が、シンガー・ソングライターの矢野顕子による楽曲をモチーフに撮り上げた人間ドラマ。夫と息子と共に幸せな毎日を送る中、予期せぬ悲劇に見舞われた女性の苦悩を描く。主人公を『ザ・ファブル』シリーズなどの木村文乃、彼女の夫を『ふがいない僕は空を見た』などの永山絢斗、主人公の元夫を手話表現モデルとしても活動する『アイ・ラヴ・ユー』などの砂田アトムが演じるほか、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲらが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「元夫との間に生まれた息子・敬太(嶋田鉄太)と、再婚相手の大沢二郎(永山絢斗)と共に幸せに暮らす妙子(木村文乃)。平凡だが穏やかな日々を過ごしていたある日、一家は思いも寄らぬ悲劇に見舞われる。突然の出来事にぼうぜんとする妙子、彼女を見守ることしかできない二郎の前に、妙子の元夫で何年も失踪していたパク・シンジ(砂田アトム)が現れる」
妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が一望できます。向かいの棟には、再婚した夫・二郎(永山絢斗)の両親が住んでいます。小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲います。ここはネタバレ承知で書きますが、二郎の父親の誕生日祝いをしている最中、風呂場で遊んでいた敬太が足を滑らせて後頭部を強打し、そのまま残り湯のある浴槽に転落して溺死してしまうのです。その後、当然ながら妙子は深いグリーフに覆われ、わが子を死なせた罪悪感から風呂に入れなくなります。わたしは、今年結婚した長女が幼い頃、風呂で溺れているのを妻が発見して、必死で蘇生させたことを思い出しました。そして、あのまま長女が助からず、わが家がグリーフに包まれて時を過ごしたパラレルワールドを想像しました。
この映画、ヴェネチア国際映画祭のコンぺティション部門に出品されています。死別のグリーフ、ホームレス支援、聾唖という身体障害、日本国内での韓国籍者の不自由さ、子持ちバツイチ女性の結婚に伴う相手親族の反対などなど、これでもかというほど社会的問題が詰め込まれています。これは、カンヌ映画祭やヴェネチア国際映画祭といった海外、それも欧米の映画祭の受賞作品に社会派の映画が多いことが影響しているのでしょうか。ヴェネチア国際映画祭といえば、ブログ「映画『愛する人へ』の監督に初対面しました」で紹介した作道雄監督も盲目の世界を描いたVRアニメーション「Than you for sharing your world」を同映画祭に出品されていました。「愛する人へ」(仮題)はまさにグリーフケア映画ですが、別に賞狙いなどではなく正真正銘の社会派映画です。ぜひ、堂々と海外の映画祭に出品されることを希望いたします。
映画「LOVE LIFE」の主役は、市役所の福祉課に勤務し、プライベートではホームレスの支援のボランティア活動を続ける妙子です。コンパッションの人である妙子を演じたのは木村文乃です。「ザ・ファブル」とか現在公開中の「七人の秘書」でのイケてる演技からは想像もつかないほどシリアスで悲壮な演技を見せてくれています。1987年10月19日生まれなので、35歳になったばかりですね。2004年にDHC協賛の映画「アダン」のヒロインオーディションにて応募者3074人の中からヒロインに選ばれ、2006年公開の同作品にて女優としてデビューしました。当初女優として演じる役は、おとなしい性格、気の弱い性格、お嬢様などが多く、2012年のドラマ「梅ちゃん先生」などで演じるキャラクターでも、地味で控え目ながら芯の強いイメージがありましたが、本人は自分を「サバサバしたタイプ」と語っています。この「LOVE LIFE」では、自分の意思をはっきりと思った強い女性を演じていました。もっとも、息子の死から彼女の強気は崩れ、元夫に精神的に頼る弱さも見せるのですが......。
妙子の元夫である耳が聞こえない韓国人パクは、物語のキーパーソンです。演じたのは砂田アトム。彼は、耳が聞こえない「ろう者」の俳優として、20年以上映画や舞台で活躍してきました。映画「LOVE LIFE」についての手話によるインタビューで、彼は「これまでの映画と違うところは、『ろう者を特別扱いしていない映画』だという点です。ろう者が当たり前にいて、自然な生活を描いている映画ですので、みんなの映画の見方が変わるのではないかというのも楽しみです。ありのままのろう者が描かれているのを見てほしいと思います。「ろう者だからかわいそう」という内容を期待しているかもしれませんが、そうではありません」と語っています。「これまで『ろう者をテーマにした作品』や『福祉を描いた作品』でろう者が出てくる事は数多くあったと思いますが、ラブストーリーの中でろう者が出てくるという描かれ方については、どのように感じましたか」という質問に対しては、「もし、『LOVE LIFE』が"障害者がかわいそうだ"とか、"お涙頂戴"みたいな描き方だったら、多分私は降板していたと思います。ただ台本を見てみたら、そんな匂いは一切ないんですね。聞こえる人、聞こえない人が対等に、普通に描かれている。"障害だから"という描き方はそこにはありません。自然の生活の中にあるものを、そのまま映画の中で描いているという感じです。もちろん監督が聞こえる人なので、ろう者の文化、生活様式を深く知っているわけではありません。なので私と対話をしながら、台本の中に取り入れてくださっていたんです」と答えています。
妙子の新しい夫である二郎を演じた永山絢斗は、とても魅力的でした。。彼は東京都出身で、長兄は俳優の永山竜弥、次兄は俳優の永山瑛太、義姉は歌手の木村カエラです。三人兄弟の末っ子ですが、アクティブな性格で、愛読書である村上春樹の『海辺のカフカ』に感銘を受けたそうです。10代の頃に「青春18きっぷ」を使い北海道を1人で2週間、ほぼ野宿の旅をしたといいます。また、仕事がクランクアップした日の夕方に地元に行こうと現場から地元へ向かうつもりが埼玉まで来てしまい、たまたま標識の一番下にあった「新潟 340km」の文字を見てそのまま新潟まで原付きバイクで行ったこともあるとか。しかし、映画「LOVE LIFE」ではそんなアクティブな面はまったく見えず、ひたすら内向的で、相手の目を見ずに会話をする青年を演じていました。わたしは初めて永山絢斗という俳優を知ったのですが、素晴らしいルックスで演技力もあり、これから大活躍する予感がします。
永山絢斗演じる二郎の父親を演じたのは、田口トモロヲです。わたしは、昔から彼がけっこう好きだったので、スクリーンでその姿を見た瞬間、嬉しくなりました。1957年生まれの彼は、俳優、ナレーター、ミュージシャン、映画監督、エロ劇画家、さらにはパンク・ファンクバンド「ばちかぶり」のボーカリストなどとして、多彩な活動を繰り広げてきました。東京都武蔵野市出身、獨協大学経済学部中退(4年間一度も進級しませんでした)。在学中からアングラ演劇、自主映画、自販機本などに係わります。1978年、劇団「発見の会」入団。1979年、自販機本『劇画アリス』(アリス出版)に掲載した「愛虐の果て」で漫画家デビュー。1982年には『俗物図鑑』で映画デビュー。1985年、ケラと共に演劇集団「劇団健康」を結成。その傍ら、エロ劇画家、ライター、イラストレーターなどで生計を立てていました。1989年に放映された実話ドラマ「シャボン玉の消えた日」(日本テレビ)で、自らも尊敬する植木等役を演じたのを皮切りに、同時期に主演した塚本晋也監督の劇場映画「鉄男」が話題を集めて世間から注目され出し、カルト映画出演俳優として知られるようになりました。今回の「LOVE LIFE」では、子持ちのバツイチ女と結婚する息子に不満を抱く父親を見事に演じています。
二郎の母親を演じたのは、神野三鈴です。嫁である妙子に理解があるようでいて、じつは夫と同じく、「息子の二郎には離婚歴がなくて連れ子のいない普通の女性と結婚してほしかった」と心の底で思っている母親を演じました。彼女は、1966年生まれの56歳。神奈川県鎌倉市出身。夫はジャズピアニストの小曽根真で、兄はナレーターの假野剛彦です。1991年、NHK大河ドラマ「太平記」で女優としてのキャリアをスタートさせ、翌1992年に「グリーン・ベンチ」で初舞台を踏みます。以降、舞台を中心に活動する一方で、1996年にはNHK連続テレビ小説「ひまわり」に出演。2000年代に入ると、「太鼓たたいて笛吹いて」や「兄おとうと」「組曲虐殺」といった井上ひさしの舞台作品で活躍。2012年、栗山民也演出の「組曲虐殺」とアントン・チェーコフ作・三谷幸喜演出の「三谷版『桜の園』」の演技が評価され、第47回紀伊國屋演劇賞の個人賞を受賞。その後も、舞台「象」(2013年)、「カッコーの巣の上で」(2014年)、「三人姉妹」(2015年)などに出演。映像作品でも、TVドラマ「大空港2013」(2013年)や「おやじの背中」(2014年)、映画「駆込み女と駆出し男」「日本のいちばん長い日」(ともに2015年)などに出演しています。
女優・山崎紘菜は、永山絢斗演じる二郎の元カノ・山崎を演じました。一人息子の敬太を亡くして哀しみに打ち沈む妙子の前に、失踪した前夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)が現れます。再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。一方、二郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていました。第7回東宝「シンデレラ」オーディションで審査員特別賞を受賞し、TOHOシネマズ各館の上映前動画で「今のうちにポッポコーンをお買い求め下さい」とか「幕間の時間も、もう終わり。みなさま、どうぞ、映画をお楽しみ下さいね」などと微笑んでいた山崎紘菜のシリアスな演技に、ちょっと戸惑ってしまいました。彼女は、2012年、「僕等がいた」で映画初出演。その後、「今日、恋をはじめます」、「この空の花 長岡花火物語」、「悪の教典」などの作品に出演しています。2014年公開の映画「神さまの言うとおり」では、自身初のヒロインを務めました。2018、ポール・W・S・アンダーソン監督、脚本、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の映画「モンスターハンター」に出演、ハリウッドデビューを果たしました。
多彩なキャストが登場する「LOVE LIFE」ですが、中でも砂田アトム演じる韓国人ろう者のパクが圧倒的な存在感を放っています。深田晃司監督は、「もし今回、ろう者の役を聴者の方にお願いしていたとしたら、おそらくその作品は今後『ろう者の役に当事者をキャスティングしないことの言い訳』に使われていくはずです。そして、私はインタビューで『なんで聴者がろう者を演じていいのか』ということを力説するはずなんです。そうしないと、演じてもらった俳優さんにも失礼なので、どうしても自分を正当化せざるを得なくなってくる。結局、そういうことがいままで積み重ねられて、『当事者キャスティング』というものが行われてこなかった。そもそも、これまでろう者に対してキャスティングの扉はほとんど開かれていなくて、その時点で不平等がずっと続いてきたんです。まずはその不平等を是正するという目的が先にあるべきで、『俳優は誰にでもなれる。だから聴者もろう者を演じられるはずだ』という演技論や芸術論は、もっと先のことではないでしょうか。ろう者が演じるということが当たり前の日常になったときに、初めて演技論が成立するのではないかと思っています」と語っています。
この「LOVE LIFE」という映画、想定外の出来事が続き、観客の心は落ち着きません。敬太の死という大事件が起こった後も、両親である妙子と二郎の心も不安定に揺れ動き、それをスクリーンで見せられる観客も不安にかられます。その不安感や不安定さは、オセロが得意だった敬太が最後に妙子を相手に対局したとき、「待った」がかかったままになってしまったオセロ盤が象徴しています。オセロとは白黒で勝ち負けがはっきりするボードゲームですが、人生は曖昧なことの連続で、なかなか白黒がはっきりとはしません。また、妙子や二郎をはじめとした登場人物たちの心はオセロのように入れ替わり続けます。「こころ」を「かたち」にしたものとしてセレモニーがありますが、二郎の父親の誕生日祝いという晴れのセレモニーをしている最中に敬太が事故死し、悲しい葬儀が行われます。また、映画の最後にはある人物の結婚式が盛大に行われるという、セレモニーの場面も慶弔、白と黒が入れ替わり続ける儀式映画の側面がありました。
この映画は、深田監督が矢野顕子の「LOVE LIFE」という曲を聴いてインスパイアされた物語だそうです。「LOVE LIFE」は、矢野顕子のアルバムのタイトルでもあります。1991年10月25日発売。パット・メセニーが多くのパートでギターを担当しています。ジェフ・ボヴァ(英語版)、宮沢和史との共同作業も本作から本格的に開始されました。この中の「LOVE LIFE」を聴いて触発されたという深田監督は、構想に20年以上をかけて映画「LOVE LIFE」を製作したわけです。映画公開に際して矢野顕子は「楽曲の"LOVE LIFE"に大きな風景を見せてくれた」と感謝を述べています。わたしが楽曲をもとに映画を作るなら、千昌夫「星影のワルツ」、尾崎紀世彦「また逢う日まで」、西城秀樹「ブルースカイ・ブルー」、矢沢永吉「時間よ止まれ」、桑田佳祐「TSUNAMI」などが思い浮かびます。ちなみに「LOVE LIFE」という曲は聴いていると優しい気持ちになれる名曲ですね。