No.743
東京に来ています。7月25日、出版関係の打ち合わせなどをした後、夜はヒューマントラストシネマ有楽町でフランス・ベルギー合作アニメーション映画「古の王子と3つの花」を観ました。3本の短編アニメから成っている作品ですが、昔話のような物語はどれも幻想的で、絵も美しく、フランス語も音楽のようで素晴らしかったです!
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『キリクと魔女』シリーズや『ディリリとパリの時間旅行』などのミッシェル・オスロ監督によるアニメーション。それぞれに異なる都市と時代に生きる3人の王子が、自らの人生を切り開いていく。古代エジプト・クシュ王国の王子が、上下エジプトを統一して王座に就く『ファラオ』、酷薄な城主である父に立ち向かった中世フランスの王子を描く『美しき野生児』、「千夜一夜物語」から着想を得た18世紀トルコが舞台の『バラの王女と揚げ菓子の王子』の3話で構成される」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「古代エジプト・クシュ王国の王子は、結婚を認めてもらうため遠征に出発。各国を降伏させた彼は上下エジプトを統一し、初の黒人ファラオとなる(『ファラオ』)。中世フランスで、地下牢の囚人を逃がしたことで城主である父に追放された王子。貧しい人々を慈しむ彼は数年後、城主に反逆し、囚人の娘と結ばれる(『美しき野生児』)。18世紀、モロッコ王宮を追われた王子はバラの王女の国へ逃れ、国を出たことがない王女と出会う。二人は宮殿を抜け出し、自分たちで生きていくことを決断する(『バラの王女と揚げ菓子の王子』)」
エジプトからフランス・オーヴェルニュ、そしてオスマン・トルコ帝国へ。古代・中世・18世紀のうっとりするような至福の旅は、美しい歴史書の世界へと観客を誘います。第1話「ファラオ」は、ルーヴル美術館とのコラボレーションで制作されました。古代エジプトのクシュ王国の王子は結婚を認めてもらうため、エジプト遠征の旅に出ます。彼は神々に祈り、祝福されながら戦わずして国々を降伏させ、上下エジプトを統一、最初の黒人ファラオとなります。わたしは古代エジプトへの憧れが強く、エジプト神話にも強い関心を抱いています。『死者の書』の国に行ってみたいと、これまで何度もエジプト訪問を試みましたが、そのたびに現地でテロなどが起こって、未だに訪れていません。せめて生きているうちに一度はピラミッドやスフィンクスをこの目で見たいと願っています。そんなわたしにとって、「ファラオ」は夢のようなアニメでした。
第2話「美しき野生児」では、中世フランス・オーヴェルニュ地方の理不尽な城主(父親)に追放されてしまう主人公(美しき野生児)の物語です。城の中庭でボール遊びをしていた主人公は、地下牢にボールを落としてしまったのをきっかけに、囚人と言葉を交わすようになります。囚人は、主人公の少年の声に自分の娘の声を重ね合わせ、娘のことを恋しく思い出すのでした。少年が「どんな子なの?」と尋ねると、「朝日のように美しく、優しい子だ。まるで天使のようだよ」と返ってきて、「一緒に遊びたいな」とつぶやく主人公。しかし、牢屋に閉じ込められ娘に会うことが叶わない囚人は「なんという絶望だ」と苦痛なうめき声をあげるのでした。子供時代の吹き替えを、歌舞伎俳優の市川新之助が担当していますが、そのあどけない声は、美しき野生児の子供時代にぴったりで、吹替え収録に立ち会ったミッシェル・オスロ監督も「プロフェッショナルの仕事だった。素晴らしい!」と絶賛したそうです。
第3話「バラの王女と揚げ菓子の王子」は、自分の国を追われイスタンブールの揚げ菓子屋で働く王子が、バラの王女のもとへ揚げ菓子を届けることになります。まだ見ぬ憧れのバラの王女へ胸を躍らせつつ、揚げ菓子を王宮へと届ける王子。王宮に到着すると侍女たちが待ち受けており、「私たちと一緒に来て。秘密の待ち合わせが」と王子を王宮の中へと招き入れ、豪華絢爛に飾られた応接間へと連れていきます。「ここで王女様があなたを見るの」とこっそり伝えると、「会える?」と興奮して尋ねる王子。「会えないわ。王女様が見るだけ」とすげなく答える侍女に、どこから王女が見ているのか尋ねますが、「内緒よ」「ここからは分からない」とはぐらかす侍女たち。しかし、頭上で音がして見上げると飾り台の一部が開き、そこから顔を覗かせたバラの王女と目が合い、思わず息を飲む二人。この出会いで恋に落ちた二人は、この後、知恵と行動力で自分たちの運命を切り開いていくのでした。オスロ監督は『千夜一夜物語』に想を得ながら、18世紀イスタンブールが舞台の豪華絢爛な美しい物語を自由に創作しました。
オスロ監督のアニメは、いつも鮮やかな色使い・細密な描画・個性的な音楽・大胆なストーリーで、子供から大人まで楽しめます。ミッシェル・オスロは、1943年、コート・ダジュール生まれ。ギニアで幼少時代、アンジェで青年期を過ごしました。これらの体験は、のちの作品に影響を及ぼすことになります。最初はアンジェの美術学校で、のちにフランス国立高等装飾美術学校で装飾芸術を学びました。オスロ監督のアニメーション映画は1998年の作品「キリクと魔女」が最もよく知られていますが、それ以前にセザール賞と英国アカデミー賞を受賞した作品を制作しています。1994年から2000年まで国際アニメーション映画協会の議長を務めました。2009年にはレジオン・ドヌール勲章をアニエス・ヴァルダ監督から授与。2015年、ザグレブ国際アニメーション映画祭で生涯功労賞を受賞。さらには、レジオンドヌール勲章も受章。
「キリクと魔女」は、1998年のフランス・ベルギー・ルクセンブルクのアニメーション映画です。数々の国際的な映画賞を獲得し、フランス国内だけでも観客動員130万人・興行収入650万ドルの大ヒットで、アニメーション映画としてはフランス映画史上歴代興行収入第1位の作品です。フランスでは関連グッズの売れ行きを含めて一種の社会現象となりましたが、日本での公開は2003年8月2日、日本語版制作はスタジオジブリ、アルバトロス・フィルム配給。内容はアフリカの村を描いたファンタジー映画です。アフリカのある村で、1人の赤ん坊キリクが自分の意志で生まれます。村は魔女カラバの魔力によって泉は涸れ、男たちはむさぼり食われ、困窮しているといいます。キリクは赤ん坊ながら、その超人的な働きで、魔女の手から村人を救い、魔女に立ち向かってゆきます。母に助けられ、幾多の冒険の末に「お山の賢者」から知恵を授けられたキリクは、魔女に決戦を挑むが、その行く手には思いもかけない運命が待ち受けていました。
オスロ監督による劇場用アニメーション幻の初監督作が、「プリンス&プリンセス」(2000年)です。独創的な6つの国の王子様とお姫様の寓話が、6編の珠玉のファンタジーとして綴られます。愚かだがどこか憎めない、愛すべき人間達の姿を影絵の手法で描き、その光と影の世界を強烈なコントラストであぶり出しています。古代エジプトから中世、そして江戸時代の日本まで、様々な時代をまたいだ物語が楽しめる逸品です。この作品は、2人の子供が映画館のスクリーンの裏で、「もしも私がプリンセスだったら...、そして僕がプリンスだったら...と空想の翼を広げる内容です。彼らが即興で物語を創り、変装するのを年老いた映写技師が助けます。
フランスで「キリクと魔女」を超える大ヒットを記録したアニメが、「アズールとアスマール」(2006年)。兄弟のように育ったアズールとアスマールが、妖精を探す冒険を経てたどり着く心の成長を、鮮明なストーリー展開と色彩で表現しています。アラベスク文様のモザイク、アラビア語の響き、幻想的な音楽など、異国情緒あふれる中世イスラム世界の美しさも印象的です。青い瞳に金色の髪をもつ領主の息子アズールと、黒い瞳と髪で乳母の息子アスマールは、アスマールの母親にまるで兄弟のように育てられました。幼い頃に聞かされた子守唄に登場する「ジンの妖精」のことが忘れられないアズールは、海を渡りアスマールの故郷へと旅をします。しかし、憧れの地でアズールは、「青い目は不吉」と煙たがられるのでした。
独特の世界観を構築してきたオスロ監督による影絵アニメーションが「夜のとばりの物語」(2011年)です。年代物の映画館を舞台に、感受性豊かな少年と少女が紡ぐ、さまざまな世界観によって描かれる6つの愛の物語を追い掛けます。異国情緒あふれる色彩の美しさや、個性的な物語に圧倒されます。「狼男」の物語では、とある場所で暮らす姉妹が、ある日、偶然にも同じ青年に心を奪われてしまいます。彼のハートを射止めたのは、輝くような美貌を持ち、男女の駆け引きにたけた姉のほうでした。お似合いのカップルとして人々の祝福を受け、婚約を交わした2人でしたが、その当日、彼女が愛した男性は満月の晩に変身を遂げるおおかみ男だと判明するのでした。
オスロ監督が2018年に発表した長編アニメーション映画が「ディリリとパリの時間旅行」です。「イングリッシュ・ペイシェント」「コールド マウンテン」などのガブリエル・ヤレドが音楽を担当。パリにやって来た少女と配達人が、パブロ・ピカソら有名人と接しながら、少女誘拐事件の核心に迫る物語です。外国に行きたかった少女ディリリは、ひそかにニューカレドニアから船に乗って、ベル・エポック時代のパリにやって来ます。博覧会で彼女は配達人のオレルと知り合い、街を案内してもらう約束をします。一方、パリでは男性支配団を名乗る謎の組織によって少女たちが次々と誘拐されていました。男性支配団について聞き込みをしていたディリリとオレルは、パブロ・ピカソから彼らのアジトの場所を教えられるのでした。
そして、オスロ監督の最新作が「古の王子と3つの花」です。「プリンス&プリンセス」や「夜のとばりの物語」のようにオムニバス映画となっていますが、前2作は6話構成でしたが、今回は3話構成です。3話とも最高に夢があって、素晴らしい映像と音楽でおとぎ話の世界を楽しむことができました。第1話「ファラオ」と第2話「美しき野生児」には共通したメッセージを感じました。それは、戦って勝つことによって目的を果たすのではなく、相手を助けたり、血を流さずに勝つ道を選んだり、説得して仲間になってもらうといったやり方で良い方向に持っていくところです。そこにはまさに「コンパッション」の精神がありました。現実の世界でも、武器を持って戦うのではなく、思いやりを持ってお互いに歩み寄れたらいいですね。
そして、わたしが一番好きなのが第3話「バラの王女と揚げ菓子の王子」です。もうすべてが美しく、ファンタスティックでした。王宮も豪華だし、王子と王女が密会する方法もユーモア満点だし、衣裳も音楽もダンスも魅力的でした。さらに、王子はイケメンだし、王女も可愛らしい。わたしにとっての映画の理想である「美男美女」の姿がそこにありました。第1話はエジプト、第3話はトルコの物語ですが、彼らの肌が黒いとか白人ではないとか...一切気になりませんでした。無理にポリコレ・アニメを作るより、こういうアニメの方が平等の精神を育むと思います。わたしがこれまでの人生で観たすべての短編アニメ映画の中でも、「バラの王女と揚げ菓子の王子」は最高傑作でした。この完成度の高さには、ディズニーやピクサーやジブリも敵わないでしょう。特に歌とダンスのシーンが素晴らしいので、ミュージカル化しても素敵だと思います。