No.754
東京に来ています。
8月20日、一条真也の映画館「アウシュビッツの生還者」で紹介した映画を新宿武蔵野館で観た後は、新宿シネマカリテに移動して、ドキュメンタリー映画「クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男」を観ました。わたしはもともとタランティーノの作品が好きなのですが、非常にテンポの良いPOPな内容で、面白かったです。上映時間は101分でしたが、映画愛に溢れた至福の時間でした。
映画ナタリーの解説には、「1992年の『レザボア・ドッグス』でデビュー以来、作品発表のたびに注目を浴びるクエンティン・タランティーノ監督を追ったドキュメンタリー。1作目から8作目に出演した俳優やスタッフたちが、監督の心と思考を紐解いていく。監督はタラ・ウッド。出演はゾーイ・ベル、ブルース・ダーン、ロバート・フォスター、ジェイミー・フォックスら」とあります。
映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「クエンティン・タランティーノ監督は、1992年に『レザボア・ドッグス』でデビューする。ひと晩で時の人となった彼は、奇想天外な物語を絶えず作り続けている。逸話や秘話、脚本の裏側などが、出演俳優やスタッフたちへのインタビューで明かされていく」
クエンティン・タランティーノは、わたしと同じ1963年生まれ。寡作な監督で、作品はわずか9作過ぎないのに、アメリカで最も有名な映画人の1人です。1990年代前半、入り組んだプロットと犯罪と暴力の姿を描いた作品で一躍脚光を浴びました。脚本も書き、自身の作品に俳優として出演もします。アカデミー脚本賞とカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。彼は、レンタルビデオショップ店員時代、大量の映画に埋もれ働きながら脚本を書きました。この当時に培った映画の知識が、後の映画制作に役立ったとされています。
主にアジアを中心としたマニアックな映画・日本のアニメ・音楽に精通しており、シネフィルを自称しています。まさに彼は「映画を愛した男」でした。彼の作風は、自身の映画趣味が随所に見受けられます。パロディ・オマージュ・引用のほか、千葉真一やパム・グリアなどタランティーノが熱狂的なファンである俳優を出演させています。脚本を担当した映画「トゥルー・ロマンス」では主人公にタランティーノ自身を投影させており、サブカルチャー・ショップの店員である主人公は「Sonny Chiba (千葉真一)の熱狂的ファンという設定でした。「パルプ・フィクション」では、ブルース・ウィリスに日本刀での殺陣を行わせました。
じつは、わたし、タランティーノの名前はT.M.Revolutionの「WHITE BREATH」の歌詞で初めて知りました。1997年の歌ですが、「タランティーノぐらいレンタルしとかなきゃなんて、殴られた記憶もロクにないくせに♪」というやつです。「タランティーノって何だ?」と思って調べたところ、当時のアメリカで最もクールとされていた映画監督でした。早速、わたしは「レザボア・ドッグス」「パルプ・フィクション」「ジャッキー・ブラウン」などのビデオソフトを求めて、一晩で一気に観ました。非常に暴力的でありながらも奇抜な娯楽作品という印象でしたね。
タランティーノのデビュー作「レザボア・ドッグス」(1992年)は、宝石店襲撃のために集まった黒スーツの男6人が登場するクライム・サスペンスです。それぞれを色名で呼び合う彼らは、互いの正体を知りません。やがて計画が実行に移されますが、なぜか現場に待ち構えていた警官らとの銃撃戦になります。間一髪で逃げ延びて集合場所に顔を揃えた男たちは、裏切り者がその中にいると考えて疑心暗鬼に陥るのでした。斬新な暴力描写が大きな話題となり、タランティーノの名は一躍世界中に轟きました。
監督第2作の「パルプ・フィクション」(1994年)は、1930~40年代のアメリカで流行した大衆向け雑誌の犯罪小説(パルプ・フィクション)をモチーフにしたクライムドラムで、3つのエピソードが交錯します。盗まれたスーツケースを取り返したギャングの2人組が、レストランで強盗を企てるカップルに出くわします。一方、八百長試合の報酬を受け取って逃げるボクサーが、銃器店の地下室に監禁されたギャングのボスと遭遇。そしてそれぞれの逃避行が血みどろに展開するのでした。第47回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドール、第67回アカデミー賞で脚本賞を受賞。
監督第3作の「ジャッキー・ブラウン」(1998年)は、70年代テイストを前面に押し出した、クセ者スター勢揃いのクライム・サスペンス。エルモア・レナードの小説「ラム・パンチ」を原作に、タランティーノ自ら脚本を担当。メキシコの航空会社で客室乗務員として働くジャッキーは、安月給を補うため、武器密売人オデールの運び屋の仕事を請け負っていました。そんなある日、彼女はオデールを追う連邦捜査官レイに逮捕され、オデール逮捕に協力するよう取引を持ち掛けられます。その一方で、ジャッキーは保釈屋マックスの力を借りてオデールの金を横取りしようと企んでいました。
その後、タランティーノはしばらく作品を発表しませんでしたが、満を持して「キル・ビルvol.1」(2003年)、それから「キル・ビルvol.2」(2004年)を発表。香港映画、特にブルース・リーへのオマージュといえるアクション超大作で、主演ユマ・サーマンの好演もあって世界的に大ヒットしました。寡作な監督ですが、その後も「デス・プルーフ in グラインドハウス」(2007年)、「イングロリアス・バスターズ」(2009年)、2012年に一条真也の映画館「ジャンゴ 繋がれざる者」で紹介した映画も大ヒット。
さて、「クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男」では、タランテーノの栄光の映画人生を華々しく描くだけでなく、黒歴史というべきタブーにも言及しています。「キル・ビル」での主演女優ユマ・サーマンの衝突事故の件です。サーマンはクタランティーノ監督に「俺のミューズ」と称えられてきましたが、「キル・ビル」の撮影中に欠陥車の運転を強制されて衝突事故に至っています。彼女は、事実をニューヨーク・タイムズに明かし、タランティーノを批判。同紙ウェブサイトに掲載された動画には、サーマンが猛スピードで運転する車が砂利道で道路脇の木に激突する瞬間が捉えられています。激しい衝撃を受けたサーマンはしばらく身じろぎもしません。彼女は駆け寄った撮影スタッフに抱えられて車を降りました。膝を負傷し、頭部も腫れ、脳振とうを起こして病院で手当てを受けましたが、首などに重い後遺症を負いました。
ユマ・サーマンといえば、映画プロデューサーのハーヴェィ・ワインスタインをセクハラで告発しています。ワインスタインは、米国映画界の実力者として、業界内で非常に大きな影響力を持ち、業界の人々から恐れられ、逆らいがたい存在となっていた人物です。タランティーノの良き理解者であり、両者は盟友ともいえましたが、そのことも「クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男」にはしっかり描かれています。ワインスタインのセクハラ被害者は大多数にのぼり、「#MeToo」を盛り上げました。2017年にニューヨーク・タイムズが、2015年から性的虐待疑惑のあったワインスタインによる数十年に及ぶセクシャルハラスメントを告発。後に「ワインスタイン効果」と呼ばれるほどの大反響がありました。
2015年にワインスタインの名を出さずに問題のセクハラを告発していた女優のアシュレイ・ジャッドら数十名が実名でセクハラを告発、雑誌「ザ・ニューヨーカー」も10ヶ月に及ぶ被害者への取材記事をウェブ版で発表し、大きな話題になりました。セクハラや性的暴行が発覚したことで、ワインスタインが経営するワインスタイン・カンパニーは経営が悪化、2018年3月19日に連邦破産法の適用申請手続きが行われました。また、被害者たちによって申し立てられていた性的暴行の件で、2018年5月25日にニューヨーク市警によって逮捕され、その姿はマスコミにもさらされ、訴追されました。2020年2月24日、ニューヨークの裁判所の陪審はワインスタイン被告に有罪評決を出しました。
数々のセクハラと性的暴行を繰り返したワインスタインですが、わたしは彼が無類の女好きとばかり思っていたのですが、この映画を観て、違う考えも沸いてきました。一条真也の読書館『映画の構造分析』で紹介した内田樹氏の著書にも書かれているように、アメリカ映画の本質の1つに「ミソジニー」があります。「女嫌い」という意味です。西部劇やミュージカル映画の名作にも、数多くのミソジニー映画があります。わたしは、ワインスタインがユダヤ人やアジア人に強い偏見を持っていたにもかかわらずユダヤ人女性やアジア人女性にもセクハラをしていたという事実から、「彼はもしかして女嫌いというか、女性への復讐の意味合いで、あのような行為を繰り返したのではないか」と思えてきました。その思いは、次第に確信に近くなりました。
よく考えれば、ワインスタインほどの金と地位があれば、セクハラなどしなくても、枕営業もいとわない女優の卵などをいくらでも愛人にできたはずです。それでも特定の愛人を作らずに、手あたり次第に周囲の女性に手をつけたというのは、女性の存在そのものに憎しみような感情があり、個々のセクハラは女性への復讐だったのかもしれません。失礼ながら、ワインスタインはあの外見ですし、若い頃からモテるタイプではなかったものと推察されます。女性への復讐というのは、自分を無視し、自分を振り、馬鹿にし続けてきた女どもへの仕返しということです。まあ、女好きから来るセクハラも、女嫌いのミソジニーも、正反対のようで、じつは女性蔑視という点では共通しています。どちらも、許されることではありませんね。
では、ワインスタインと盟友関係にあったタランティーノも女性蔑視をしていたかというと、それは違うと思います。逆に、彼は女性を主人公、強い存在として描いてきました。「ジャッキー・ブラウン」も「キル・ビル」も、みんなそうです。最近、わたしはある日本映画を観て「なんか、タランティーノっぽいなあ!」と思ったのですが、それは一条真也の映画館「リボルバー・リリー」で紹介した東映のアクション超大作です。行定勲監督作品で、大正時代の東京を舞台に女性スパイが躍動します。1924年。関東大震災から復興する東京には、モダンな建物が増え、繁華街は賑わっていました。3年で57人の殺害に関与した元スパイの百合(綾瀬はるか)は、銘酒屋の女将をしていました。彼女はある日、家族を殺され、父親に託された陸軍資金の鍵を握る少年に助けを求められるのでした。
「リボルバー・リリー」のテーマというのが「男が作った不完全な世界を女が終わらせる物語」で、主人公がとにかく強いわけです。これは完全にタランティーノ映画の影響を受けていることが明らかですね。三隅研次、深作欣二、北野武ら日本人監督の大ファンであることを明かしているタランティーノですが、日本映画が彼の影響を受ける時代が来たことを痛感しました。「10作撮ったら引退する」と以前より公言している彼も残すところ、あと1作。渾身の10作目を今から楽しみにしています!