No.756


 東京に来ています。8月23日、互助会保証株式会社の監査役会・取締役会・株主総会が開催されました。その日の朝一番で、わたしはTOHOシネマズ日比谷を訪れ、ホラー映画「ブギーマン」を観ました。グリーフケアの要素もあって興味深かったのですが、ブギーマンの正体が明らかになる終盤はちょっとショボく感じました。
 
 映画ナタリーの「解説」には、「『キャリー』『シャイニング』など多くのホラー作品の原作を手がけたスティーブン・キングのサスペンスホラーを、配信ドラマ『ストレンジャー・シングス...』の製作陣が映画化。母を亡くした姉妹に近づく、正体のわからない恐怖を描く。監督はロブ・サヴェッジ。出演はソフィー・サッチャー、クリス・メッシーナ、ヴィヴィアン・ライラ・ブレアら」とあります。
 
 映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「9歳のソーヤーと高校生のセイディは、母の死から立ち直れずにいる。セラピストの父親も打ちひしがれたまま娘たちに向き合えず、家族は崩壊寸前だった。ある日、ソーヤーは部屋の隅で恐ろしい何かを見て怯えるが、セイディはそんな妹の言葉を疑うばかりで......」
 
 映画「ブギーマン」の原作は、スティーヴン・キングのホラー短編集『深夜勤務』の中の「子取り鬼」です。主人公のビリングスは、ブギーマンによって3人の子どもを全員死なせてしまったと悔やむ男です。彼がDr.ハーパーの診察室でことの次第を語る形で物語は進行します。ハーパーは、ビリングスから信じられないような話を聴くのでした。この短編小説は何度か映画化されているようですが、なかなか映像化には成功してきませんでした。今回初めて、「子取り鬼」の物語が映画化されたわけです。
 
 ブギーマンとは、一体何か? 映画ファンの多くは、ジョン・カーペンター監督が世に送り出した「ハロウィン」(1978年)の怪力マスク男を思い出すでしょう。しかし、ブギーマンと言うのはもともと世界中に広く伝わる民間伝承からきています。それが、アメリカではブギーマンなのです。子どもたちが言うことを聞かない時に母親は「ブギーマンが来るわよ!」と大人が脅しに使っていました。まさに、日本でいう鬼に近い存在であると思います。
 
 ブギーマンは「心の闇」に棲み憑くといいます。特に、愛する人を亡くしたばかりで悲嘆の淵にあるような人物の心が大好物です。「愛する人」と一言でいっても、家族や恋人や親友など、いろいろあります。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)で、わたしは「親を亡くした人は、過去を失う。配偶者を亡くした人は、現在を失う。子を亡くした人は、未来を失う。恋人・友人・知人を亡くした人は、自分の一部を失う」と書きました。映画「ブギーマン」には、妻を亡くして現在を失った父親と、母を亡くして過去を失った娘たちという二種類の「愛する人を亡くした人」が登場します。
 
 ハーパー家の長女セイディは母を亡くしたことで塞ぎ込み、それが原因で高校の同級生との間にも溝ができます。本当は、心理カウンセラーである父のウィルがセイディのケアをしなければならないのですが、彼も妻を亡くしたことで子育ての自信をなくして娘たちとの対話を避けるようになります。セイディは、そんな逃げ腰の父に反発する一方で、幼い妹のソーヤーの前では気丈に振る舞います。そんなソーヤーは、暗闇にうごめくブギーマンを怖れるのでした。思うに、この手のホラー映画は、子どもが1人で寝る習慣のある欧米だからこそ成立するように思います。日本だと、住宅事情もあって、幼い子どもは最初から親と一緒に寝るでしょうから。
 
 この映画は、NETFLIXの人気SFホラードラマテレビシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の製作会社21Lapsのプロデューサー・チーム、そして彼らが惚れ込んだ次世代のホラー映画界を担うロブ・サヴェッジ監督によって作られました。同作は、姿を消した少年、人目を忍び行われる数々の実験、破壊的な超常現象、突然現れた少女......すべての不可解な謎を小さな町に隠された恐ろしい秘密が繋ぐ物語で、わたしも大ファンです。特に主人公の少女イレブン役のミリー・ボビー・ブラウンの熱演が素晴らしい。来たるシーズン5をもってシリーズがフィナーレを迎えることが明らかになっていますが、今年5月に全米脚本家組合(WGA)がストライキを宣言して以降、現在まで中断されています。
 
 21Lapsのプロデューサー・チーム&ロブ・サヴェッジ監督という、イマドキのホラー・プロジェクトが取り組んだ「ブギーマン」は、全世界を震わせる新たな「恐怖」を生みだしたと言えるでしょう。ただし、映画の終盤で正体を現したブギーマンは、あまりにも実在感のあるモンスターでした。ブギーマンの怖さは、もっと得体の知れない何かであることに尽きるのに、これでは、闇に棲む異次元の存在というより、屋根裏や地下室に潜む大きな害獣といった感じで一気に興ざめしました。昔から、幽霊映画もモンスター映画も、恐怖の主体が姿を現すまでが勝負とされていますが、まさに「ブギーマン」はモンスター出現後が残念なホラー映画でした。