No.757


 8月24日、東京から北九州に戻りました。前日の夜、ヒューマントラストシネマ渋谷でメキシコ映画「イビルアイ」を観ました。"セレモニー・スリラー"というキャッチフレーズだったので「これは観なければ!」と思っていたのですが、上映館ならびに上映回数が少なくてなかなか鑑賞できませんでした。まさに国内終映日の最終上映回でようやく観れたのですが、内容は大したことなかったですね。
 
 映画ナタリーの「解説」には、「第18回ファンタスティック・フェスト映画祭でプレミア上映され、メキシコで3週連続TOP10入りを果たしたスリラー。13歳の少女が、祖母の不可解な行動に疑念を抱き、恐怖に怯えながら真相を暴こうとする姿を描く。監督は『パラドクス』のアイザック・エスバン。出演はオフェリア・メディナ、パオラ・ミゲル、サマンサ・カスティージョら」とあります。
 
 映画ナタリーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「都会に住んでいた13歳の少女ナラは、妹の奇妙な病を治すために母親の故郷・ラスアニマス村を訪れる。村には祖母がひとりで暮らしていたが、その村は不穏な空気が漂っていた。ナラは、度重なる祖母の不可解な行動に疑いを抱き、その原因を探り始めるのだが......」
 
 アイザック・エスバン監督は、「パラドクス」(2016年)で注目を浴びました。「パラドクス」はタイムループ・ホラーで、ある日突然、刑事と犯罪者の兄弟、家族4人が出口のない空間に閉じ込められてしまいます。刑事と兄弟が足を踏み入れたビルの非常階段。そこでは1階を下るとなぜか最上階の9階が出現、何度下っても同じ9階に辿り着いてしまいます。一方、家族4人が迷い込んだのは荒涼とした大地が続く中の一本道。真っ直ぐ車を走らせても、どうしても元の同じ道に戻ってきてしまいます。そんな中、刑事に足を撃たれた主人公は瀕死となり、長女は持病の発作で危険な状態に陥るのでした。メキシカン・ホラーの代表的作品といえます。
 
「イビルアイ」の冒頭には、三つ子の姉妹と魔女についての伝承が紹介されます。三つ子の1人を魔女が邪眼(イビルアイ)で見つめたことから、すべての不幸が始まったことが明かされます。邪眼は、世界の広範囲に分布する民間伝承の1つです。悪意を持って相手を睨みつけることにより、対象者に呪いを掛ける魔力です。さまざまな民族の間でこの災いに対する信仰は形成されています。また、邪視、邪眼はしばしば魔女とされる女性が持つ特徴とされ、その視線は様々な呪いを犠牲者にもたらします。
 
 邪眼によって人が病気になり衰弱していき、ついには死に至ることさえあるといいます。ちなみに邪眼は「、「邪視」「魔眼」とも言われます。邪視という言葉は民俗学者の南方熊楠による訳語であり、彼が邪視という概念を日本に紹介しました。いくつかの文化では、邪眼は人々が何気なく目を向けた物に不運を与えるジンクスとされます。 他方ではそれは、妬みの眼差しが不運をもたらすと信じられました。南ヨーロッパそして中東では、青い瞳を持つ人間には邪視によって故意に、あるいは故意ではないものの、呪いを人々にかける力があるとして恐れたといいます。わたしの書斎には、トルコ旅行の際に求めた邪眼除けのお守りが飾られています。

トルコで求めた邪眼除けのお守り
 
 
 
 民間伝承ということでは、一条真也の映画館「ブギーマン」で紹介した闇に棲み憑く怪物も同様ですが、ブギーマンがアメリカに限定された伝承であるのに対して、イビルアイは世界各所に伝わっていることが特徴です。中東では、邪視に対抗するアミュレットとして青い円の内側に黒い円の描かれた塗られたボール(または円盤)が用いられました。 同様のお守りとしてファーティマの手があります。同様の目的で広くユーラシアでは天然石の虎目石や天眼石(縞瑪瑙)も利用される。邪眼の迷信はヨーロッパからアメリカ州に持ち込まれました。1946年にアメリカ合衆国のマジシャン、アンリ・ガマシュが出版した邪眼についてのいくつかのテキストはアメリカ合衆国南部のヴードゥー医に影響を与えたといいます。
 
 ホラー映画としての「イビルアイ」ですが、「千と千尋の神隠し」を思わせるようなラスアニマス村へ向かうドライブシーン、祖母の住む屋敷がいかにも幽霊が出そうなゴシック趣味である点など期待値が高まっていったのですが、両親が屋敷から出て、姉妹と祖母だけになったあたりからビミョーな感じでした。祖母の異様さが描かれるシーンも想定内でしたし、その正体が明かされる場面では「おいおい、お化け屋敷かよ!」と引いてしまいました。映画「ブギーマン」もそうでしたが、邪悪なものの正体の描き方があまりにも幼稚でチープです。ホラーというものは、もっと心理的な恐怖を表現するべきです。わたしを惹きつけた"セレモニー・スリラー"という側面も「どこが?」といった感じで、肩透かしを喰らわせられた思いです。
 
 では、"セレモニー・スリラー"は看板に偽りありかといえば、作中に悪魔カルト教団の儀式みたいなシーンが登場します。いかにもありがちな邪教の儀式なのですが、ちょうど「イビルアイ」の上映前に劇場で予告編が流れた「悪魔の追跡」を連想しました。おぞましい悪魔の儀式が繰り広げられる「悪魔の追跡」は1975年の作品ですが、9月1日よりリバイバル公開されるそうです。この作品、史上最高の面白さを誇る<奇跡のB級映画>と呼ばれています。「ローズマリーの赤ちゃん」「エクソシスト」に登場する悪魔の存在、「わらの犬」「悪魔のいけにえ」といった見知らぬ土地の恐怖、そして「ウィッカーマン」一条真也の映画館「ミッドサマー」で紹介した映画で描かれたカルト集団の不気味さがすべて合体、さらにはカーアクションの要素までプラスされた衝撃作です。これは楽しみですね!