No.775


 9月29日、この日から公開された日本映画「沈黙の艦隊」をシネプレックス小倉で観ました。「キングダム」シリーズで王騎将軍を怪演した大沢たかおが主演と知り、彼の演技を見るのが最大の目的でした。期待に違わぬ素晴らしい熱演で、映画そのものも面白かったです。原作は35年前の漫画ですが、現在の世界情勢にマッチしていますね。
 
 ヤフーの「解説」には、「かわぐちかいじのコミック『沈黙の艦隊』を実写化したポリティカルアクション。日本とアメリカが極秘開発した原子力潜水艦が、所属するアメリカ艦隊の指揮下を離れて姿を消す。メガホンを取るのは『ハケンアニメ!』などの吉野耕平。『AI崩壊』などの大沢たかお、『極主夫道』シリーズなどの玉木宏、『昼顔』などの上戸彩のほか、ユースケ・サンタマリア、夏川結衣、江口洋介らが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「海上自衛隊の潜水艦がアメリカ軍の原潜と衝突し、艦長・海江田四郎(大沢たかお)ら全乗員76名が死亡したと報じられる。だが乗員は生存しており、事故は彼らを日米極秘開発の原潜シーバットに乗務させるための偽装工作だった。シーバット艦長に任命された海江田は、シーバットに核ミサイルを搭載し、潜航中に許可なくアメリカ艦隊の指揮下から離脱して姿を消す。アメリカがシーバット撃沈を決める中、海自のディーゼル艦たつなみの艦長・深町洋(玉木宏)はアメリカより先にシーバットを捕獲しようと動く」となっています。
 
『沈黙の艦隊』は、かわぐちかいじによる日本の漫画作品です。『モーニング』(講談社)にて、1988年から1996年まで連載。1990年に第14回講談社漫画賞一般部門を受賞。2023年1月時点で紙・電子を合わせた累計発行部数は3200万部を突破しています。アニメ・ラジオドラマ化もされています。潜水艦戦を描いた戦記物に、核戦争や国際政治等の問題提起を絡ませ、各方面から注目を集めました。 「沈黙の艦隊」とは、「潜水艦戦力」を意味する英語の「Silent Service」の直訳です。足掛け8年・全32巻という長期に渡って連載された物語ですが、劇中で実際に経過した時間はわずか2ヶ月。折しもその連載中にソビエト連邦の崩壊・冷戦終結など現実世界の世界情勢が劇的に変化しており、本作の設定やストーリーにも影響を及ぼしています。連載が始まった1988年10月は、「なだしお事件」から約2ヶ月しか経っておらず、海上自衛隊や潜水艦に関心が集まっている時期でした。
 
「なだしお事件」とは、1988年(昭和63年)7月23日に海上自衛隊潜水艦と遊漁船が衝突し、遊漁船が沈没した海難事故です。海難審判での事件名は潜水艦なだしお遊漁船第一富士丸衝突事件。衝突の結果、なだしおは右舷艦首部に凹傷を生じましたが、第一富士丸は船首部に破口等を生じて浸水沈没、乗客及び乗組員の30人が死亡、16人が負傷しました。本件については、平成元年7月25日横浜地方海難審判庁で第一審の裁決がありましたが、これを不服として、理事官から第二審の請求がなされ、平成2年8月10日高等海難審判庁で裁決されました。
 
 潜水艦の座礁といえば、2002年の日本映画「宣戦布告」が思い出されます。突然の有事に対する日本政府の対応をリアルにシミュレートしたポリティカル・サスペンスで、監督は石侍露堂です。200X年、駿河半島沖で国籍不明の潜水艦が座礁、乗り込んでいた特殊作戦部隊が上陸したことが判明。その情報が総理官邸に届くまで半日を要し、平和慣れした日本中に戦慄が走りました。外敵が侵入すると言う未曽有も事態に政府、自衛隊とも法解釈を巡り混乱をきたしました。遂に正体不明の敵の攻撃によって自衛隊員に死傷者が出ました。原発への危機を抱え込みながら、一挙に極東から世界への危機へと変わります。
 
「宣戦布告」も「沈黙の艦隊」も、日本にとって大きな国防上の危機となるポリティカル・サスペンスです。ともに突然の有事に対する日本政府の対応が描かれますが、「宣戦布告」で古谷一行が演じた内閣総理大臣がじつに堂々としていたのに対して、「沈黙の艦隊」で笹野淳史が演じた首相は自身の考えも持たず、オロオロするばかりで情けない限りでした。江口洋介が演じた内閣官房長官の方がずっと冷静沈着でリーダーシップを感じましたね、あと、首相を影で操る内閣府参与の老人を橋爪功が演じていましたが、この人物もなかなか貫禄があって良かったです。この映画、三島由紀夫が生きていたら感想を聞きたかった!
 
 映画「沈黙の艦隊」ですが、わたしは原作漫画も読んでおらず、アニメも観ていなかったので、原子力潜水艦に核ミサイルを搭載して世界平和を実現するというアイデアにはちょっと感心しました。もちろん荒唐無稽な考えであり、現実には不可能であることは承知していますが、世界平和実現のためのアイデアとしては面白いと思いました。ちなみに、わたしは世界平和は生者の視点から死者の視点にシフトすることがポイントだと考え、月に地球人類の墓標を建立する「月面聖塔」、各国が同じ日に死者の供養をする世界共通「リメンバー・フェス」などを構想しています。
 
 わたしは狭い場所が苦手なので、潜水艦には絶対乗りたくありません。暗い海の中の狭いベッドで寝ることを想像しただけで怖くなってきます。しかし、「沈黙の艦隊」も主人公・海江田四郎は自由自在に潜水艦を操り、核ミサイルを搭載したシーバットは広大な海を悠々と航海します。実際、映画の中で海江田がモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」をヘッドホンで聴き、「クジラが泳いでいる様子をイメージする」というシーンがあります。「ジュピター」はモーツァルトが作曲した最後の交響曲ですが、1788年8月10日に完成され、同年に作曲された第39番、第40番とともに「3大交響曲」と呼ばれます。映画「沈黙の艦隊」では、この「ジュピター」の曲に合わせて戦闘シーンが壮大に繰り広げられます。
 
 海江田を演じた大沢たかおは、やっぱり良かったです。いつも堂々としていて清々しい。当時のドラマ史上ではまれに見る最高視聴率25%を超える高視聴率をマークした「JIN-仁-」(2009年)のプロデューサーである石丸彰彦は、大沢について「空気がきれいな人ですね。僕の周りにある空気よりも、大沢さんの周りにある空気の方がきれいですね。生まれつき持っている空気がきれいな人っているんですよ。僕はすごくカッコイイ大沢さんも知っている反面、真っ白な大沢さんも知っていて。人間大沢たかおの魅力というのは空気だと思っているんです。淀んでいない空気。嘘のない真っ直ぐの空気とでも言うんでしょうか」と評しましたが、彼がいるだけで「沈黙の艦隊」は清々しい映画になったと思いました。