No.776


 東京に来ています。10月3日の夜、角川シネマ有楽町で映画「ヒッチコックの映画術」を観ました。わたしはヒッチコック映画をほとんど全部観ているほどの大ファンなので、大変興味深かったです。「逃避」「欲望」「孤独」「充実感」「時間」「高さ」という6つのテーマに沿ってわかりやすく解説したドキュメンタリーで、勉強になりました!
 
 ヤフーの「解説」には、「『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』などのマーク・カズンズ監督が、『めまい』『鳥』などで知られるサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の演出術に迫るドキュメンタリー。イギリス時代のサイレント作品からハリウッドに渡って以降の作品まで、フッテージ映像などを駆使しながらヒッチコックの演出について解説していく」とあります。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「"サスペンス映画の神様"と称されるアルフレッド・ヒッチコック監督。監督第1作となった1925年の『快楽の園』、ヒッチコック監督にとってトーキー映画第1作となった1929年の『ヒッチコックのゆすり』、ハリウッドでの1作目にしてアカデミー賞作品賞を獲得した『レベッカ』など、今もなお観る者に驚きを与えるヒッチコック作品の秘密を解き明かしていく」
 
 マーク・カズンズ監督といえば、約120年に及ぶ映画史をひも解いたドキュメンタリーシリーズ「ストーリー・オブ・フィルム」で知られます。DVD‐BOX全3巻が発売された「ストーリー・オブ・フィルム」は、制作に6年、5つの大陸で撮影を敢行、約1000本の映画とともに映画史に隠された物語に迫るドキュメンタリーの金字塔です。多数の名監督・名俳優たちのインタビューや貴重なアーカイブ映像によって、壮大なる映画史120年の世界に旅をすることができます。
 
 そのマーク・カズンズ監督が、2010年から2021年の11年間に公開された世界の映画を検証したドキュメンタリー映画が、「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」です。 一条真也の映画館「ジョーカー」で紹介した2019年の超問題作や一条真也の映画館「アナと雪の女王」で紹介した2013年のディズニーアニメのような大ヒット作からアートハウス系の作品まで世界中の映画111本を取り上げ、映画の変化や進化に迫ります。アニエス・ヴァルダ、チャールズ・バーネット、アリ・アスター、シャンタル・アケルマンといった監督たちが出演しています。
 
 そんな映画史の生き字引のようなカズンズ監督が新たに取り組んだのが、"サスペンス映画の神様"とも称されるアルフレッド・ヒッチコックの映画の謎を解明する「ヒッチコックの映画術」でした。監督デビューから100年。映像が氾濫するこの時代においても、ヒッチコック作品は今なお映画を愛する者たちを魅了し続けています。本作は「本人」が自身の監督作の裏側を語るスタイルで、その"面白さの秘密"を解き明かしていくドキュメンタリー作品です。膨大なフィルモグラフィと過去の貴重な発言を再考察し、観客を遊び心と驚きに富んだヒッチコックの演出魔法の世界へと誘ってくれます。
 
 ヒッチコックのドキュメンタリーといえば、1999年のテレビドキュメンタリー番組「ヒッチコック~天才監督の横顔」があります。テッド・ハイムズ監督が、ヒッチコックの初期作品を年代順に追っていき、完成されなかった未公開作品の映像、ホームビデオの映像までを使用し、ヒッチコック監督の真実に迫るドキュメンタリーです。ナレーションを担当するのは、ケビン・スペイシー。冒頭のトリュフォーの言葉から始まって、「羊たちの沈黙」のジョナサン・デミ、「殺しのドレス」のブライアン・デ・パルマ、「LAコンフィデンシャル」のカーティス・ハンソン、「ペーパームーン」のピーター・ボグダノビッチ、「ユージュアル・サスペクツ」のブライアン・シンガー、「プレタポルテ」のロバート・アルトマン、「スクリーム」のウエス・クレイブン、「ポセイドン・アドベンチャー」のロナルド・ニームといった豪華監督たちが"ヒッチコキアン"として出演しています。
 
 また、ヒッチコックのドキュメンタリーでは、2015年のフランス・アメリカ合作映画「ヒッチコック/トリュフォー」も有名です。フランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコックへのインタビューを収録し、「映画の教科書」として長年にわたって読み継がれている『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』を題材にしたドキュメンタリー映画です。インタビューが行われた1962年当時のヒッチコックとトリュフォーの貴重な音声テープをはじめ、マーティン・スコセッシ、デビッド・フィンチャー、黒沢清、ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレイターらヒッチコックを敬愛する10人の名監督たちにインタビューを敢行し、時代を超越したヒッチコックの映画術を新たな視点でひも解いていきます。
 
 そして、一条真也の映画館「ヒッチコック」で紹介した2012年の伝記ドラマ映画も忘れることができません。ヒッチコックと妻アルマとの葛藤も交えて、名作「サイコ」(1960年)製作の舞台裏を描いています。監督は、「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」のサーシャ・ガヴァシ。ヒッチコックには「羊たちの沈黙」のアンソニー・ホプキンス、妻アルマには「クイーン」のヘレン・ミレンと、オスカー受賞者の2人が夫婦役を演じています。実際のヒッチコック自身は生涯、オスカーとは縁がなく「無冠の帝王」と呼ばれたので、皮肉なキャストですね。他にも、スカーレット・ヨハンソン、ジェシカ・ビールといった豪華キャストが脇を固めています。
 
 映画「ヒッチコック」で重要な役割を果たした「サイコ」はわたしの大好きな映画です。小学5年生のとき、ホラー映画の歴史を塗り替えたといわれた「エクソシスト」が公開されました。当時、ホラー映画をテーマにしたムック本を買ったのですが、その中に「世界の恐怖映画ベストテン」というランキングが掲載されていました。そして、ボリス・カーロフ主演の「フランケンシュタイン」やベラ・ルゴシ主演の「吸血鬼ドラキュラ」などを抑えて、「サイコ」が堂々の1位に輝いていたのです。わたしは、「『フランケンシュタイン』や『ドラキュラ』よりも怖い映画がある!」ことに強い衝撃を受け、それから「サイコ」の名はわたしの脳裏に刻み込まれたのです。後に、テレビの洋画劇場で初めて「サイコ」を観たときも、その陰鬱な雰囲気と結末の意外さに大きな刺激を与えられました。

わたしの好きなヒッチコック映画のDVD
 
 
 
 特に、「サイコ」に主演したジャネット・リーが恐怖のために絶叫する場面は一度観たら忘れられません。多くのアメリカ人の心にも刷り込まれ、絶叫といえばジャネット・リーの顔を思い浮かべるのではないでしょうか。わたしが最初に観たヒッチコック作品こそ「サイコ」でしたが、以後、その魅力に取りつかれ、「鳥」「めまい」「裏窓」「泥棒成金」などにもハマリました。「裏窓」「泥棒成金」に主演したグレース・ケリーは今でも憧れの女性です。映画「ヒッチコック」にも彼女のポートレートにアルマが嫉妬するシーンがありましたね。あと、「バルカン超特急」「見知らぬ乗客」なども大好きな作品です。わたしは、ビデオとDVDを揃え、ヒッチコックの全作品を観賞しました。今でも、ときどき観返しています。

わが書斎の映画本コーナー
 
 
 
 一時は『リゾートの思想』(河出書房新社)の続編として、チャップリン、ディズニー、ヒッチコックの3人をテーマにした『エンターテインメントの精神』という本を書こうと思っていたくらい、ヒッチコックには夢中になりました。映画の本質は魔法だと思いますが、ヒッチコックという希代の魔法使いの秘密を詳しく解き明かしてくれて、たまらない内容でした。映画「ヒッチコックの映画術」の中に登場したイングリッド・バーグマンやグレース・ケリーの美しさには息を吞みましたが、最もわたしの心をとらえたのは「白い恐怖」(1945年)に主演した若きの日のグレゴリー・ペックの凛としたカッコ良さでした。