No.828


 1月5日の夜、この日から公開された韓国映画「コンクリート・ユートピア」をシネプレックス小倉で観ました。今年最初の映画鑑賞です。災害後のコミュニティ再生がテーマと知り、能登半島地震が起こった直後だからこそ観るべきだと思いました。スクリーンの中の被災者たちの姿が能登半島の人々に重なり、心が痛みました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「大災害により荒廃した韓国・ソウルを舞台に、唯一崩落を免れたマンションに集まった生存者たちを描くパニックスリラー。極限状況下でマンションの住民代表に選ばれた男が、やがて権力者のように人々を支配し始める。監督は『隠された時間』などのオム・テファ。キャストには『白頭山大噴火』などのイ・ビョンホン、『ミッドナイト・ランナー』などのパク・ソジュン、『君の結婚式』などのパク・ボヨンのほか、キム・ソニョン、パク・ジフ、キム・ドユンらが名を連ねる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「世界規模の大災害により壊滅した韓国・ソウル。唯一崩落しなかったマンションには生存者たちが押し寄せ、さまざまな犯罪が横行する無法地帯となっていた。危機感を抱いた住民たちは代表を立て、居住者以外を追い出し、住民のためのルールを作って『ユートピア』を築くことにする。住民代表に選ばれたのは、902号室に住むさえない男・ヨンタク(イ・ビョンホン)だった。しかしやがて彼はユートピアの権力者のように振る舞いだし、その狂気をあらわにする」です。
 
 映画の冒頭では、いきなり大地震が発生するシーンが流れます。わたしがこの映画を観た4日前、2024年1月1日16時10分頃に石川県能登地方で最大震度7の地震が発生し、大津波警報が発表されました。TVニュースやネットでは、能登半島地震の発生の瞬間の映像が何度も流されました。当然ながら、映画の冒頭シーンを観たとき、このリアルな映像を連想しました。1日16時22分頃、津波警報に加えて、石川県能登地方に大津波警報が出されました。すると、NHKの女性アナウンサーは「大津波警報が出ました! 今すぐ逃げること!」と鬼気迫る様子で語気を強め、避難を呼びかけました。5日現在、今回の地震による石川県の死者は92人となり、連絡が取れていない安否不明の人は242人に上っています。
 
「コンクリート・ユートピア」は、いわゆるパニックスリラーです。能登半島地震発生の翌日、わたしたちは再びパニックの報道に接しました。2日、羽田空港で日航機と海上保安庁の航空機が衝突。炎上した機体から乗客乗員は脱出シューターを使って機外に脱出した。日航は2日夜の記者会見で、乗客乗員全員が機内から脱出し、安全な場所に避難を完了したのは18分後でした。欧米各紙が事故を伝える記事の見出しには「ミラクル」という言葉が並びました。米ニューヨーク・タイムズ紙は、旅客機の安全教育の専門家の話として「驚くべきだ。CAたちの反応速度は目を見張るものがあった。本当に奇跡だった」と報道しました。ロイター通信は、「CAたちは素晴らしい仕事をしたに違いない。乗客全員が降りられたのは奇跡的だった」との航空分析会社の専門家の話を伝えました。
 
 もちろん、「奇跡の18分間」は、日本航空のCAたちの日頃の訓練の賜物でしょうが、満席だった乗客がCAの指示に従って礼儀正しく行動した点も見逃せません。乗客たちが「我先に」と争って脱出しようとしていたら、悲劇は避けられなかったでしょう。日本人の利他の精神、マナーの良さを称える声も多いです。このように、さまざまな事故や災害の場において「お互いに助け合い、秩序を持って行動する日本人の姿はすばらしい」と言われることが多いです。しかし、じつは災害時のそうした行動は、日本人だけではなく、世界中で共通してみられると主張した本があります。『災害ユートピア』です。
 
『災害ユートピア』の著者のレベッカ・ソルニットは、1989年にカリフォルニア州でロマ・プリータ地震に遭い被災。その経験をもとに、1906年のサンフランシスコ地震から2005年に起きたニューオリンズのハリケーン被害までを取材・研究してまとめたのが同書である。「大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるがそれは真実とは程遠い」とソルニットは言います。「地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す」。災害時に形作られる即席のコミュニティは「地獄の中で」他人とつながりたいという、欲望よりも強い欲求の結果である。災害を例にとり、社会や人間心理の本質に迫っています。
 
 ソルニットによると、大規模な災害が発生すると、被災者や関係者の連帯感、気分の高揚、社会貢献に対する意識などが高まり、一時的に高いモラルを有する理想的といえるコミュニティが生まれるが、それは災害発生直後の短期間だけ持続し、徐々に復興の度合いの個人差や共通意識の薄れによって解体されていくというのです。しかし、映画「コンクリート・ユートピア」は、ソルニットが唱える災害ユートピア論を完全否定するものでした。ソウルで唯一崩落しなかったマンションをめぐって、住人と部外者が対立し、殺し合いにまで発展します。そこでは、ひたすら人間のエゴとエゴがぶつかり合うのでした。
 
 マンションの住人と部外者との戦いは、まるで現在の世界で現実に起こっているロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争をも連想させます。実際、マンションの外は戦争状態であり、地獄の様相を呈していました。部外者も生きるためにマンションに押し寄せたわけですが、マンションの住人たちもマンション内に籠っているだけでは生存していけません。食料や水が不足しているからです。ゆえに、イ・ビョンホンが演じるヨンタクという男をリーダーとして、獲物を求めて外に出ます。このヨンタクという男の秘密をめぐってミステリー仕立ての物語が展開していくのでした。ここは面白かったです。
 
 ところで、ヨンタクを演じたイ・ビョンホンですが、女好きと素行の悪さが有名のようですね。ある映画関係の女性と松本人志の性加害疑惑についてLINEで意見交換していたのですが、彼女から「私の場合は、15年ほど前にイ・ビョンホンと4対4でお食事会しましたけど、ホテルのスイートルーム集合でしたし(写真撮られたらマズイと言われた)、お酒一気飲みゲームし出したし、それぞれ口説くモードになって、みんなで怖くなって逃げました。女友達がイ・ビョンホンと仲良くて食事会しようって誘われたたけだったからビックリです! なので、松本人志さんの話聞いても驚かないし、勘違いしてる芸能人アルアルな話なのかなと思ってます」とのメッセージが届きました。ちなみに、イ・ビョンホンが大嫌いになった彼女は、彼の映画は絶対に観ないそうです。
 
 その話を聞いて、わたしもイ・ビョンホンが嫌いになりました。「コンクリート・ユートピア」の中では、彼が演じるヨンタクは「イケメン」などと呼ばれていますが、まったくそうは思いません。それはともかく、この映画は、まさに日本を大災害が襲ったいま、さまざまなことを考えさせてくれます。わたしは、「人間を飢えさせてはいけないし、寒さに凍えさせてはいけない」と痛感しました。7日~8日にかけて、冬型の気圧配置が強まり、日本海側は広く雪が降るそうです。能登半島の輪島市付近には大雪の目安となる強烈な寒気が流れ込み、地震の被災地である能登半島にも活発な雪雲がかかる見込みです。積雪が短時間で急増するような大雪となる恐れもあります。北陸では、住んでいた家が全壊し、余震が続く中で不安と恐怖を抱きながら、寒さに震えている方々がいます。そのことを思うと、本当にやりきれません。涙が出てきます。

コンパッション!』(オリーブの木)
 
 
 
 そのような北陸の方々に対して、いま、多くの日本人が、いや、世界中の人々がコンパッションを抱いていると思います。拙著『コンパッション!』(オリーブの木)にも書きましたが、キリスト教の「隣人愛」、仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、神道の「あはれ」にも通じる人類の普遍的精神です。ネタバレにならないように気をつけて書きますが、映画「コンクリート・ユートピア」の中には、このコンパッションの精神を抱いた看護師の女性が登場します。その彼女は、エゴイスティックな人々が次々に命を落としていく中で生き残ります。観終わったわたしは、「結局、コンパッションが生存のために不可欠である」とのメッセージを感じました。週明けに北陸に向かいます!