No.829
東京に来ています。1月10日の夜、ヒューマントラストシネマ有楽町でフランス映画「VORTEX ヴォルテックス」のレイトショーを観ました。被災地を訪問した後で映画鑑賞に気乗りはしませんでしたが、この作品は「人間はどうやって死ぬのか」を正面から描いた死のリハーサル映画とのことで、必見でした。夜遅い時間でしたが、劇場はほぼ満員でしたね。148分とかなり長かったですが、わたしの両親や自分自身の行く末に想いを馳せる内容でした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ルクス・エテルナ 永遠の光』などのギャスパー・ノエが病と死をテーマにして撮り上げたドラマ。最期の時が近づきつつある心臓の病気を抱えた夫と認知症を患う妻の姿を描く。『サスペリア』シリーズなどで知られる映画監督のダリオ・アルジェント、『乙女たちの秘めごと』などのフランソワーズ・ルブラン、『ファイナル・セット』などのアレックス・ルッツらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「映画評論家の夫(ダリオ・アルジェント)と元精神科医の妻(フランソワーズ・ルブラン)。仲むつまじく暮らしていた二人だったが、妻が認知症を発症してからは徐々に意思疎通が難しくなっていた。離れて暮らす息子(アレックス・ルッツ)は彼らを心配するが、その一方で金銭的に困窮している彼は両親に金を無心する。やがて妻の認知症は日を追って症状が重くなり、心臓に持病を抱える夫は追い詰められていく」です。
ヴォルテックスとは「渦巻き」という意味です。なんとなく怖いですね。レビューの中には「どんなホラー映画より怖い」というものがありました。たしかに怖い映画ではありますが、わたしは、それよりもとにかく切なかったです。どうしても、わたしの年老いた両親のことを連想してしまって気が滅入りました。最初は、ダリオ・アルジェント演じる夫をわたしの父に重ねていたのですが、次第に「彼はわたしの未来の姿ではないか」と思えてきました。というのも、彼が「夢と映画」をテーマにした本を執筆中だったり、彼が寝ている間にテレビで、どこかの学者が「悲嘆のプロセス」とか「儀式の重要性」などを語っているのです。その学者は、「ネアンデルタール人以来、人は弔いを続けてきた」などと延々と語っており、「彼は、まるで一条真也ではないか!」と思いました。
「VORTEX ヴォルテックス」の最大の特徴は、2画面同時に映し出される"スプリットスクリーン"の演出です。ギャスパー・ノエ監督は、「CLIMAX クライマックス」(2018年)でも、スプリットスクリーンの手法を部分的に取り入れています。2018年カンヌ映画祭 監督週間で初上映され、大賛否を巻き起こした同作は、同映画祭監督週間にて芸術映画賞を受賞。雪が降る山奥の廃墟に集まった22人のダンサー。彼らは、知らず知らずにLSD入りのサングリアを飲み、集団ドラッグ中毒に陥る。抜け出すことも逃げ出すこともできない――その狂乱とカオスの一晩を、視覚&聴覚を刺激する圧巻の熱量と興奮で描き切った97分間です。
続いて、ギャスパー・ノエ監督は、は「ルクス・エテルナ 永遠の光」(2019年)』でも、51分の作品ながら、部分的にスプリットスクリーンの手法を取り入れました。アートプロジェクト「SELF」の作品として制作された51分の作品ですが、2019年カンヌ映画祭ミッドナイトスクリーニングにて上映。絶賛・酷評の賛否両論を巻き起こしました。鬼才ギャスパー・ノエが、映画への愛と狂気を独特の映像で描いた異色作です。魔女狩りを題材にした映画の撮影現場。女優、監督、プロデューサー、それぞれの思惑や執着が入り乱れ、現場は収拾のつかないカオスな状態に陥っていく物語です。
そして、今回の「VORTEX ヴォルテックス」は、ほぼ全編スプリットスクリーンで、老夫婦人生最期の日々を描いています。登場人物が亡くなると、画面が白くなるという趣向は興味深かったです。物語の前半、ある日の朝、心ここにあらずといった様子でふらふらと雑貨屋へ入る認知症を患う妻(フランソワーズ・ルブラン)と、寝起きのパジャマ姿のまま熱心にタイプライターを打つ映画評論家の夫(ダリオ・アルジェント)が描かれます。夫は、妻のことが気になり、携帯で電話をかけますが、妻は全く電話に気づきません。そして、夫は仕方なく電話を切って妻を探しに行きます。その様子が2画面同時進行で映し出されるのです。最初は戸惑って物語に集中できませんでしたが、次第に慣れていきました。雑貨屋で、夫が妻に花束を買ってあげたのは、愛情の表現のようでもありますが、彼には20年来の愛人がいるのでした。男の悲しい性ですね。
映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子は、2人を心配しながらも、金銭の援助を相談するために家を訪れます。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになります。家で夫が原稿を執筆しているとき、認知症の妻はガス栓を開けっぱなしにします。夫は慌てて部屋の窓を開けますが、このシーンは夫を演じたダリオ・アルジェンドのどんなホラー映画よりも怖かったです。しかも、この恐怖シーンが2画面で映し出されるのですから、たまりません。妻は夫が書いた大事な原稿を丸めてトイレに流したりもするのですが、わたしも物書きの端くれなので、このシーンが一番怖かったです。
夫は心臓に疾患を抱えています。ある日の夜、彼は寝室で突如身体に異変を感じます。次第に息づかいが粗くなり、手で心臓を抑えて声を荒げながら、なんとかベッドから立ち上がります。この描写も、ダリオ・アルジェントの傑作ホラー映画「サスペリア」を彷彿とさせるくらい画面で怖かったです。一方で、認知症を抱えた妻は全くそれに気づくことなく、深い眠りについている様子が2画面同時進行で映し出されます。このシーンでのアルジェントの演技力はハンパではなく、本当に心臓病を発症してしまったかのようなリアルさがあります。わたしは、俳優としてのダリオ・アルジェントの非凡さを痛感しましたね。
夫役のダリオ・アルジェントは、この映画のクランクインまで何をするのか知らないまま現場入りしたとか。ほとんどが即興の演技だったそうですが、キャラクターの職業も決まっておらず、アルジェントの意向で、若かりし頃に就いていた映画評論家になったことが明かされています。妻役のフランソワーズ・ルブランも熱演でした。彼女は、映画を観た観客から本当に認知症と思われていたと述べ、「この映画を観た人の一人がギャスパーに、私が本当に認知症なのかと尋ねたそうです。未知への飛躍という意味でも、私はよく頑張りました」と振り返っています。
「VORTEX ヴォルテックス」は、「病」と「死」を直視した作品ですが、「死」の先には「葬」があります。この映画のラストには葬儀社の人間が登場し、ある人物の葬儀のシーンも展開されます。「葬」といえば、この日のヒューマントラストシネマ有楽町のシアター2では、「葬送のカーネーション」というトルコ・ベルギー映画の予告編が流れました。第35回東京国際映画祭「アジアの未来」部門に出品されたロードムービーです。亡き妻を故郷に埋葬するため彼女の棺を運ぶ男とその孫娘が、行く先々でさまざまな人たちと出会う物語です。これはぜひとも観たいところですが、12日から公開とのこと。わたしが北九州に帰る日ではないですか! 仕方ないので、次回の東京出張でなんとか鑑賞したいと思います。
ついに購入したフィルム缶バームクーヘン
まことに残念でしたが、その代りに、この日はヒューマントラスト名物の「フィルム缶バームクーヘン」をGETしました。同劇場で「銀幕麦酒」とともにCMが流されている商品なのですが、いつも売り切れなのです。わたしは「買えないのなら、CMを流すなよ!」と憤慨していたのですが、この日はなんと再入荷されたばかりとのことで、2個だけ売られていました。迷わず2個とも買ったのは言うまでもありません。現在、松柏園ホテルでバームクーヘンを新商品として開発中なので、参考にさせていただきます。あと、中味よりもケースであるフィルム缶を手に入れられたのが嬉しいですね。さあ、バームクーヘンを食べた後は何を入れようかな?