No.834


 1月21日の日曜日、映画「サン・セバスチャンへ、ようこそ」をシネプレックス小倉で観ました。お気に入りの監督であるウッデイ・アレンの新作とあって楽しみにしていました。往年のヨーロッパ映画へのオマージュにも溢れ、映画好きにはたまらない物語でしたね。アレン監督らしい、男と女の駆け引きを描いたキュートな傑作でした。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ミッドナイト・イン・パリ』などのウディ・アレン監督によるコメディー。妻に同行してスペインのサンセバスチャン映画祭を訪れた男が、妻の行動に心を乱される中で現地の女性医師と知り合う。アレン監督作『スコルピオンの恋まじない』などのウォーレス・ショーンが主人公を演じ、『バウンド』などのジーナ・ガーション、『グッバイ・ゴダール!』などのルイ・ガレル、『私が、生きる肌』などのエレナ・アナヤらが共演。『カフェ・ソサエティ』などでアレンと組んだヴィットリオ・ストラーロが撮影監督を担当する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「アメリカ・ニューヨークの大学教授で売れない作家のモート・リフキン(ウォーレス・ショーン)は、映画の広報担当者である妻スー(ジーナ・ガーション)に同行してスペインのサンセバスチャン映画祭を訪れる。彼は著名な映画監督フィリップ(ルイ・ガレル)と妻との浮気を疑い、同映画祭にやって来たのだった。ところが彼はそこで、自らが往年の名作映画の世界に入り込む不思議な体験をする。そして妻への疑念で心気症となったモートは、訪れた病院で美しい医師ジョー(エレナ・アナヤ)と出会う」
 
 ウディ・アレンらしい洒脱な映画でしたが、何より上映時間が88分と短いのが良かったです。最近はやたらと長い映画が多いですが、映画評論家の蓮実重彦氏などは「映画は90分以内で作るべし」と言っているように、短いと観客も鑑賞に集中できますね。この映画、「映画の映画」の要素があり、主人公モートが愛してやまないヨーロッパのクラシック映画へのオマージュ演出が良かったです。妻への疑念から悩みを募らせたモートが見る夢は、目くるめく名画の世界でした。高い再現度と洒落のきいたアレンジで、「市民ケーン」(オーソン・ウェルズ)、「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ)、「突然炎のごとく」(フランソワ・トリュフォー)、「男と女」(クロード・ルルーシュ)、「勝手にしやがれ」(ジャン=リュック・ゴダール)、「仮面 ペルソナ」(イングマール・ベルイマン)、「野いちご」(イングマール・ベルイマン)、「皆殺しの天使」(ルイス・ブニュエル)、「第七の封印」(イングマール・ベルイマン)の9作品が登場します。その他、会話の中で「忠臣蔵」(稲垣浩)、「影武者」(黒澤明)といった日本映画のタイトルも出てきます。映画好きには、たまりません!
 
 オマージュとして登場する9作品の中に、「仮面 ペルソナ」(1966年)、「野いちご」(1957年)、「第七の封印」(1957年)とベルイマン映画が3作品もあります。ベルイマンはアレンがもっとも尊敬するという映画監督で、アレンの自伝『唐突ながら』には、彼はかつてベルイマン本人に自宅に招待されたが、畏れ多いと断ったエピソードが出てきます。2つの顔を並置した独自の構図をキーに、人間の二面性を描く「仮面 ペルソナ」は、アレン作品では「私の中のもうひとりの私」(1988年)の参照元になっています。女医との楽しいピクニックでは、モートは「野いちご」に自分を重ねていますが、この「野いちご」はアレンの「地球は女で回ってる」(1997年)と、まったく同じ話です。両作品の主人公は、名誉ある賞の授与式に向かう道中で出会う人々から、自分の人生を振り返るのでした。そして「第七の封印」での死神とのチェスは、映画史上でも屈指の名場面です。ちなみに、この死神はいろんなアレン作品に登場しています。
 
 でも、わたし的には、クロード・ルルーシュの「男と女」(1966年)が登場したことが印象深かったです。一条真也の映画館「男と女 人生最良の日々」にも書きましたが、わたしは昔から「男と女」という映画が大好きでした。共にパートナーを亡くした男と女が子供を通して出会い、過去にとらわれながらも互いに惹かれ合う姿を描いていますが、有名な「ダ~バ~ダ~、ダバダバダ、ダバダバダ♪」というフランシス・レイ作曲のテーマ曲とともに、「こんなロマンティックな恋愛がこの世にあるのか!」と完全に魅了されました。主演女優のアヌーク・エーメの美しさは神々しいまででしたし、さまざまなシーンを映し取る巧みなカメラワークも忘れられません。リモートが夢で見る映画はアレンの愛する作品にほかなりませんが、あの斜に構えたようなアレンが「男と女」のようなピュアな恋愛映画を愛していたとは意外でしたね。なんだか嬉しかったです。
 
 長年、恋愛や結婚生活をテーマに描き続けてきたウディ・アレンですが、映画.comのメールインタビューに応じています。インタビュアーの「今作でも恋愛のままならさ、結婚生活の難しさ、偶然がもたらす運命などを取り上げています。日本では小津安二郎が家族を描き続けたように、(現在88歳という年齢は気になさらないとは思いますが...)アレン監督が長年恋愛を題材にする理由を教えてください」という発言に対して、アレンは「ドラマの重要な部分を占めるものですね。結局、映画館に行って何をみんな見るかというと人間関係、男と女の恋愛関係がうまくいくもの、いかないもの、陰謀、野望、殺人、ずっとテーマとしてもう何百何千年もこれから先にも取り上げられるものです。ですからギリシャ悲劇のように、それらはとてもドラマ的な効果があるわけです。ロマンスは人生に喜びをもたらすものです。ロマンティックな冒険は特に。うまくいけば、男と女における直感的な喜びに直結するし、複雑になると痛みも悲しみも伴います」と答えています。映画「男と女」が好きな理由がよくわかりました。
 
 また、「正しい人生の選択、も今作のテーマでもありました。監督ご自身は、長年のキャリアを振り返って、良い選択ができてきたとお考えですか?」というインタビュアーの質問に対しては、アレンは「みなさんと同じぐらい、いい選択だった時と悪い時ともちろんあります。人生というのは、毎日何らかの選択を1分ごとにしているようなものですよね。私は本当についていると思います。十分いい選択をしてきたので、いい人生とキャリアを築いてくることができました。素晴らしい家族もいます。もちろん悪い選択もしました、ただそれでも運が良かった。私にそれほど打撃を与えていないからです。ですので、幸運な一般的な決断を下す人間だと言えると思います」と答えています。さすがですね! ちなみに、アレン監督の大ファンだという「爆笑問題」の太田光とのリモート対談も行われていますが、あの毒舌家の太田光が憧れの人の前で嬉しそうにしている姿は微笑ましいです。ブログ「太田光のコンパッション」にも書いたように、これからの日本のお笑い界は彼の時代だと思います。その彼は「サン・セバスチャンへ、ようこそ」の予告編でナレーションを務めたのでした。