No.835
映画「僕らの世界が交わるまで」をシネプレックス小倉で観ました。上映時間が88分ですので、一条真也の映画館「サン・セバスチャンへ、ようこそ」で紹介した前日に観た映画とほぼ同じでした。でも、短いのは良かったのですが、面白さはウディ・アレン最新作には敵いませんでした。親子間のジェネレーションギャップ、理想と現実の食い違いなどを描いていて、メッセージは非常にわかりやすかったです。でも、どうも映画として薄っぺらいのです。A24の作品にしてはヒネリもありませんでしたね。残念!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ソーシャル・ネットワーク』などの俳優ジェシー・アイゼンバーグが、自身が制作したラジオドラマを基に長編劇映画で初監督を務めたヒューマンドラマ。社会奉仕活動に忙しい母親とインターネットのライブ配信に熱中する高校生の息子に、ある変化が訪れる。母を『アリスのままで』などのジュリアン・ムーア、息子をドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』などのフィン・ウォルフハードが演じ、製作に『ラ・ラ・ランド』などの俳優エマ・ストーンらが名を連ねる」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ドメスティックバイオレンス被害者のためのシェルターを運営する母エヴリン(ジュリアン・ムーア)と、インターネットのライブ配信で人気を集める高校生の息子ジギー(フィン・ウォルフハード)は、互いのことが分かり合えずに空回りばかりしていた。ある日、すれ違い続ける二人の日常に小さな変化が訪れる」
フィン・ウォルフハード演じるジギーは、ネットのライブ配信で人気の高校生です。2万人のフォロワーがいることが自慢ですが、フォロワー数と投げ銭の金額にしか関心がないZ世代です。本編映像には、ジギーが配信ライブをしている様子が映っています。そのシーンを含め、ジギーが歌う曲はアイゼンバーグと作曲家のエミール・モッセリが製作したオリジナルだとか。ジギーが作曲したかのような音楽にすることを重視していたそうで、アイゼンバーグ監督は「ジギーが拾い集めてきた安物の楽器で演奏したかのような楽曲というコンセプトを元に、エミールが作曲してくれた」と語っています。でも、そうやって作られた音楽、60歳のわたしには少しも良いと思えませんでした。
ジギーが作曲したという設定の曲ですが、アイゼンバーグ監督によれば「スコアに使用されたメインの楽器は、おそらくは1990年代初頭の12インチのカシオのキーボードで、自分のことにかまってくれない母親の気に触るようなものを作っている感じの楽曲になっている。ジギーが自分の寝室で不快な手作り音を鳴り響かせて、母親の気を引こうとしているかのような感じを出している。カシオのキーボードで『助けて』と叫んでいるんだ」と解説しています。ジギーは好きな女の子に自作の歌を披露しますが、自作の歌なんか歌う男というのは女性にモテないのでは?
一方のジュリアン・ムーアが演じるエヴリンは、DV被害者のためのシェルターを運営するなど、社会奉仕に身を捧げています。彼女の志は高く、行動も素晴らしいのですが、どうも思い通りには行かずに悶々とした日々を送っています。シェルターに入居しているDV被害者たちとのコミュニケーションも理想通りではありませんし、夫や息子といった家族ともすれ違いが多いです。エヴリンの心の中には、「わたしはこんなに頑張っているのに、どうして、みんなはわかってくれないのかしら?」というストレスが膨れ上がっていくのでした。かわいそう。
この映画、母親と息子の対立がテーマになっています。アメリカ映画の定番テーマは父親と息子の対立なので、その意味では興味深いのです。しかし、わたしはどうしても親の立場で観てしまうわけですが、息子であるジギーの方に非があると思いました。エヴリンは実の息子に対してもじつに礼儀正しく接しているのに、ジギーはいつもキレるばかりで、わがままです。まあ、そんな母親の真っ当すぎる部分が嫌なのかもしれませんが、それでは中二病ではありませんか。彼はもう高校生なのですから、もっと母親の生き方を理解するべきです。でも、そんな母子が、それぞれに意のままにならない相手に惹かれ、空回りの迷走を続けます。つまり、この母子はそっくりなのです。
ジギーを演じたフィン・ウォルフハードはイケメンで、スター性がありました。2002年生まれで現在21歳の彼は、フランス人・ドイツ人・ユダヤ人の血を引くカナダ出身の俳優・ミュージシャンです。また、サンローラン等の様々なブランドでキャンペーンモデルとしても活躍しています。初めて観た映画はサム・ライミ版の「スパイダーマン』」で、これがきっかけで幼い頃から俳優を志したそうです。2013年公開、短編映画「Aftermarth」で子役としてデビュー。テレビシリーズでゲスト出演を果たした後、2016年シーズン1、2017年シーズン2が配信されたNetflixオリジナル作品「ストレンジャー・シングス 未知の世界」でマイケル・ウィーラー役でブレイク。2017年公開のホラー映画「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」のリッチー・トージア役で長編映画デビューを果たしました。
ジェシー・アイゼンバーグは、フェイスブックの誕生物語を描いた映画「ソーシャル・ネットワーク」(2011年)に出演した俳優です。自身が監督した「僕らの世界が交わるまで」ではライブ配信が重要な役割を果たしていますが、やはりSNSの力を訴えたかったのか。いや、そうではありません。世界はSNSのメッセージや政治的主張で変わることもあるけれども、もっと地道な仕事の大切さを忘れてはいけないという想いが感じられます。エヴリンはアッパーミドルの暮らしをしながら、ソーシャルワーカーとして働いていますが、アイゼンバーグ監督の妻は活動家で、両親は医療ケアシステムのなかで働いているそうです。当然ながら、両親や妻の生き方は彼がメガホンを取った映画に反映しているのではないでしょうか。
「僕らの世界が交わるまで」は、アイゼンバーグ監督が、コロナ禍でAudible(Amazonのオーディオブック)向けに作った5時間のラジオドラマをもとに、新たに脚本を執筆した物語です。彼は、「僕の人生での楽しみは書くことだけなので、常に書くものを探しています」と語っています。そんな彼が脚本も手がけた初監督作「僕らの世界が交わるまで」で選んだテーマは、ちぐはぐにすれ違う母と息子の物語でした。一方、ミュージシャンでもあるウルフハードは、映画の中で流れるジギーの心の叫びともいえる楽曲の数々に歌声を乗せました。楽曲製作にも携わったウルフハードは、楽曲がジギーという人間を如実に物語っていると話しています。アイゼンバーグが書いた物語と、ウルフハードが歌いあげた音楽。正直、そのどちらも「薄っぺらいし、青臭いなあ」と思ってしまう自分がいました。還暦を迎えたジジイだから許してくれ!