No.837
Netflix映画の「ナイアド その決意は海を越える」を観ました。第96回アカデミー賞で主演女優賞と助演女優賞にノミネートされている作品ですが、非常に感動しました。60歳を過ぎてからの人間が究極の挑戦をする物語で、還暦を迎えたわたしのハートに火がつきました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「[Netflix作品]実在のマラソンスイマー、ダイアナ・ナイアドの挑戦を描く人間ドラマ。現役を引退しておよそ30年を経た彼女が60歳で一念発起し、長年の夢をかなえるため、キューバからフロリダまで約180キロに及ぶ海峡を泳いで横断する冒険に挑む。ダイアナの自伝を原作に、『フリーソロ』などのエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チンが監督を務めた。主人公を『20センチュリー・ウーマン』などのアネット・ベニング、彼女を支える親友を2度のオスカーに輝くジョディ・フォスターが演じる」
ヤフーの「あらすじ」は、「マラソンスイマーを引退して約30年になるダイアナ・ナイアド(アネット・ベニング)。彼女はスポーツジャーナリストとしてキャリアを築いていたが、60歳にしてこれまで果たせなかった夢を実現しようと決意する。それはキューバからフロリダまで、約180キロに及ぶ海峡を泳いで横断するというものだった。激しい海流の中、サメや毒クラゲが生息する危険な海域を防護ケージを使わずに泳ぎ切ることを目標に、ダイアナは親友でコーチのボニー(ジョディ・フォスター)らと共に、4年に及ぶ壮大な挑戦に乗り出す」です。
アキさんのXより
この映画、昨年の10月20日に劇場公開され、11月3日からNetflixで配信されていましたが、わたしは存在をまったく知りませんでした。教えてくれたのは、わがシネマライフに多大な影響を与えているアキ(堀田明子)さんです。X(旧ツイッター)で、彼女は「どうせムリってすぐ諦めてしまう時は、Netflixの『ナイアド』を観てほしい!『限界を決めてるのは自分』『いつからでもやり直せる』観終わったあとは、もう一度何かを頑張りたくなる。20代でも滅多に成功しない『海のエベレスト』に、60歳で挑んだナイアドの本当の話。121分で凄い世界が体験できます!」と投稿しています。これを読んで、どうしても観たくなりました。
この映画の原作は、ダイアナ・ナイアドの自伝『対岸へ。 オーシャンスイム史上最大の挑戦』(官しおり訳、三賢社)です。2013年9月、著者は64歳にして、フロリダ海峡180㎞を泳いで横断するという偉業を成し遂げました。そこはサメや毒クラゲの恐怖が待ち受け、激しいメキシコ湾流がゆくてを阻む、すべてのウルトラ・スイマーにとって別格の海域。エベレスト登頂にたとえられる、オーシャンスイムの最難関です。要する時間は50〜60時間。スイマーはその間一睡もせず、人間の常識をはるかに超えた精神と肉体の極限に挑みます。 いったい何が彼女を、これほど壮大な企てに突き動かしたのか。幼少期に受けた性的虐待、同性愛者としての苦悩、家族の死など自らの人生をさらけだしながら、その答えを明らかにしていく感動のノンフィクションです。
ダイアナ・ナイアドの壮大な挑戦を描いた「ナイアド その決意は海を越える」を観て、マラソンスイムという競技そのものを初めて知りました。そして、その過酷さに仰天しました。2日半もの長い時間を一睡もでず、ひたすら泳ぎ続けるなんて信じられません。わたしは10年ぐらい前まで、週3日はプールに通っていましたが、2キロも泳ぐとヘトヘトになっていました。ナイアドは本番に挑む厳しいトレーニング期間中、3時間おきに4000カロリーの食事を取っていたといいます。それだけ体力をつけ、気力を最高レベルに持っていっても現実は甘くありません。なにしろ、世界最大の人食いザメがいる海を泳ぐのです。海中ではさまざまな幻覚を見て、彼女はタージ・マハルを訪れたり、少女時代の自分に会ったりしますが、このあたりの描写はとても幻想的で好きでした。
ナイアドの自伝で最もショッキングだったのは、少女時代に水泳のコーチから受けた性的加害でした。彼女はそのトラウマで男性を受け入れられなくなります。松本人志から被害に遭った女性たちの姿と重なりますが、映画にはメアリー・オリバーという女流詩人が紹介されます。自然を称える詩を多く書いた人ですが、子ども時代に性的虐待に遭ったことが有名です。傷ついた彼女の心を救ったのは2つのことへの情熱でした。1つは自然、もう1つは死せる詩人たちです。これが子ども時代の彼女の親友でした。ジョディ・フォスター演じるボニーが車を運転しているシーンで、カーラジオからメアリー・オリバーの詩の一部が流れてきます。それは「最後には皆死ぬ。あまりに早く。あなたは何をする気なの? たった一度きりの貴重な人生で...」という内容でした。それを聴いたボニーは、反対だったナイアドの無謀な挑戦を支える決意をします。
ナイアドとボニー(映画.comより)
ボニーは、ナイアドの親友です。ナイアドは少女時代の性的虐待によるトラウマで男性を愛せなくなっていますが、ボニーをコーチ以上の存在と見ていることは明らかです。ナイアドは、ファンからボニーとの関係を尋ねられたとき、「ただの親友よ。昔、一回だけデートしたことがあるけどね」と答えています。2人が仲違いしていたとき、ボニーがナイアドのもとを訪れ、「30歳で知り合い、バカやってきた。楽しいことや退屈なこと、きついことも一緒にやった。独りになったらダメ。それで結局、一緒にトシも取った。老人になった。もしあんたが死ぬなら、私が看取りたい。死なないでよ」と言います。それを聴いたナイアドは感極まって2人は抱き合うのですが、これは最高の愛の告白だと思いました。
外洋での60時間遊泳は金メダルに匹敵するそうですが、5度目の挑戦にして、ついにナイアドは偉業を達成しました。キューバのハバナを出発して、フロリダのキーウェストの灯が見えたときは、感動で涙が出ました。チャールズ・リンドバーグの『翼よ、あれがパリの灯だ』で知られるプロペラ機での大西洋単独未着陸飛行、堀江謙一の『太平洋ひとりぼっち』で知られるヨットでの単独無寄港太平洋横断も偉大だとは思いますが、ナイアドの場合は自身の肉体のみで180キロを泳ぎきったのですから、まさに偉業です。しかも、そのとき彼女は64歳だったのですから、凄すぎて、また涙が出てきます。
キーウェストの海岸に辿り着いて、ナイアドの両足首が海中から出たとき、集まっていた大群衆は歓声をあげます。そのとき、なんと、疲労困憊しているはずのナイアドは「みなさんに3つのことを言いたい!」と演説を始めました。彼女は、「1つ目は、絶対に諦めないこと。2つ目は、夢を追うのに年齢なんて関係ないこと。3つ目は、個人競技だと思っていたけど、チーム・スポーツよ!」と言って、人生のパートナーであるボニーを固く抱き合うのです。わたしは3番目のメッセージが最も感動しました。ボニーに対して上から目線で「生まれた時から知っていた。前人未踏の挑戦はわたしの運命よ」と言い放っていたナイアドは大きく変わりました。彼女は、ボニーに対して「わたしたち、やったよ!」と言ったのでした。
「わたし、やったよ!」ではなく、「わたしたち、やったよ!」という言葉は、深い意味を持つと思います。「わたし」とは、チーム・スポーツの仲間といったレベルを超えて、応援してくれたすべての人々、さらには人類といったスケールさえ感じさせます。1月1日に能登半島地震が発生した半月前の昨年12月16日、石川県で「月あかりの会」というグリーフケアの自助グループが誕生しました。そのスローガンは、「『わたし』から『わたしたち』へ」であり、「喜びも悲しみも、ともに分かち合う社会へ」でした。この言葉は、「北國新聞」に数回にわたって掲載された広告でもキャッチコピーとして使われました。「『わたし』から『わたしたち』へ」は、拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)で提唱した「ハートフル・ソサエティ」を実現するための合言葉です。最後に、いつも素敵な映画を紹介してくれるアキさんに感謝いたします。
『心ゆたかな社会』(現代書林)