No.883

 15日は業界の会議ラッシュでしたが、夜は編集者と夕食を共にした後、フランスのスリラー映画「またヴィンセントは襲われる」をヒューマントラストシネマ有楽町のレイトショーで観ました。1番シアターの観客は5人だったので快適でしたが、映画そのものはイマイチでした。

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「第76回カンヌ国際映画祭の批評家週間に選出されたスリラー。なぜか突然他人から暴行を受けるようになった男性が、襲われる中でそこに法則性を見いだして生き抜こうとする。メガホンを取るのは『群がり』など俳優としても活動しているステファン・カスタン。『ワールド・イズ・ユアーズ』などのカリム・ルクルー、『スーパーヒーローへの道』などのヴィマーラ・ポンスらが出演する」

 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「職場でいつもと同じように働いていたヴィンセント(カリム・ルクルー)は、インターン生から何の前触れもなく襲われる。けがをして手当てしたのもつかの間、別の同僚からも暴行を受けるが、彼に襲いかかった人はそのことをまったく覚えていなかった。見ず知らずの他人からも殺意を抱かれ、命を狙われるようになったヴィンセントは『自分と目線が合った瞬間に、人々は襲いかかってくる』という法則性を見つけ、自らを守る術に考えをめぐらせる」


 目が合うと攻撃してくると聞いて「ヤンキーかよ?」と最初は思いましたが、そんな甘い物語ではなかったです。視線が合うと暴力沙汰になってしまうので、主人公ヴィンセントは人と触れ合えませんし、つねに生命の危機に脅かされています。これはかなりのストレスですね。フランスが舞台ですが、キリスト教の隣人愛に基づく「隣人祭り」の国なのに、ヴィンセントが人間と会えない設定なのがどうにも皮肉でした。コロナ禍のときのソーシャル・ディスタンスをグロテスクに描いた感もありましたね。

 ヴィンセントがスーパーのような商業施設で多くの人々を視線を合わせてしまい、彼らから追いかけられるシーンがありましたが、これは怖かったです。彼らはヴィンセントに敵意を抱いたり、憎んだりするというよりも、我を忘れて無意識のうちに彼を殺そうとする感じでした。わたしは、ジョージ・Å・ロメロ監督のホラー映画「ゾンビ」(1978年)のショッピングモールでのシーンを連想。謎の原因により突如死体が蘇り、次々と人々を襲い始める物語です。殺された人間もまた蘇って人を襲い、急増する彼らの前に救助施設は次々に閉鎖を余儀なくされます。

 映画「ゾンビ」は数多くのホラー作品を手掛けている映画監督のダリオ・アルジェントが音響効果、ヨーロッパ公開版の監修および一部プロデュースを担当して制作費を集め、ヨーロッパでの配給権を得ました。以降の「ゾンビ映画」というジャンルを確立したとされ、当時無名だったロメロは、本作で一躍有名に。ヴィンセントと目が合った連中は片っ端から思考停止して生ける屍のようになる。映画「またヴィンセントは襲われる」では、主人公の存在そのものが周囲の人間をゾンビ化するわけですね。考えてみれば、これはもう一種のゾンビ映画であり、さらに言えば「逆ゾンビ映画」なのではないでしょうか?