No.884
17日の夜、この日から公開された映画「ボブ・マーリー:ONE LOVE」を観ました。ボブ・マーリーといえば「レゲエと大麻の象徴」みたいなイメージがあり、本人も「マリファナは国を癒す。酒は滅ぼす」と言っていましたが、結果として36歳で亡くなったのは残念でしたね。この映画を観て、わたしは彼の生涯を初めて知りました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ジャマイカ出身のレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーの波乱に満ちた生涯を描く伝記ドラマ。『ドリームプラン』などのレイナルド・マーカス・グリーンがメガホンを取り、製作陣にはボブの妻・リタや子供たち、俳優のブラッド・ピットらが参加。『あの夜、マイアミで』などのキングズリー・ベン=アディルがボブ・マーリーを演じ、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』などのラシャーナ・リンチ、『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』などのジェームズ・ノートンらが共演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「1976年、カリブ海の小国・ジャマイカは二大政党が対立し、不安定な国内情勢に揺れていた。若くして国民的アーティストとなっていたボブ・マーリー(キングズリー・ベン=アディル)は、政治闘争に巻き込まれて銃撃を受けるが、その2日後にはけがを押して『スマイル・ジャマイカ・コンサート』に出演する。その後彼はロンドンへ逃れつつ、アルバム『エクソダス』の発表やヨーロッパツアーを経て、世界的スターとなる。その一方で母国ジャマイカの政情はさらに不安定になり、内戦の危機が迫っていた」となっています。
この映画は特定のミュージシャンの伝記映画ですが、このジャンルには、 一条真也の映画館「ボヘミアン・ラプソディ」、 「ロケットマン」、 「エルヴィス」、「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」などで紹介した作品群があります。それぞれ、フレディ・マーキュリー、エルトン・ジョン、エルヴィス・プレスリー、ホイットニー・ヒューストンといった偉大なミュージシャンたちの伝記映画です。彼らに比べて、わたしはボブ・マーリーという人物のことをよく知らなかったので、「ボブ・マーリー:ONE LOVE」によって多くのことを知りました。
まず、ボブ・マーリーはレゲエという音楽ジャンルを代表する人物として知られています。レゲエは、狭義においては1960年代後半ジャマイカで発祥し、1980年代前半まで流行したポピュラー音楽です。広義においてはジャマイカで成立したポピュラー音楽全般のことをいいます。4分の4拍子の第2・第4拍目をカッティング奏法で刻むギター、各小節の3拍目にアクセントが置かれるドラム、うねるようなベースラインを奏でるベースなどの音楽的特徴を持ちます。狭義のレゲエは、直接的には同じくジャマイカのポピュラー音楽であるスカやロックステディから発展しましたが、ジャマイカのフォーク音楽であるメントや、アメリカ合衆国のリズム・アンド・ブルース、トリニダード・トバゴ発祥のカリプソ、ラスタファリアンの音楽であるナイヤビンギ、コンゴ発祥のクミナ(英語版)や西アフリカ発祥のジョンカヌー、さらにはマーチなど多様な音楽の影響を受けて成立したとされています。
ボブ・マーリーの本名は、ロバート・ネスタ・マーリーです。1945年2月6日に生まれ、1981年5月11日に亡くなりました。レゲエの先駆者の1人であり、スカの時代から活躍しロックステディ、レゲエの時代まで音楽界を駆け抜けました。また洗練された歌声と宗教的・社会的な歌詞、曲で知られました。マーリーは、60年代から80年代初頭までレゲエ音楽とカウンターカルチャーの活躍により、ジャマイカ音楽の世界的な認知度を高めることに貢献しています。さらにマーリーは「ラスタファリ」の象徴であり、ジャマイカの文化とアイデンティティの世界的なシンボルともみなされました。マリファナ合法化支持者であり、汎アフリカ主義でもあります。音楽ソフトの推定売上枚数は世界中で7500万枚を超え、マーリーの音楽と思想は後進のミュージシャンなどに影響を与えました。
それでは、ボブ・マーリーが象徴した「ラスタファリ」とは何か? 映画の中でもこの言葉は何度も登場しましたが、正式には「ラスタファリ運動」といいます。この言葉はしばしばドレッドヘアと、マリファナとジャマイカのキングストンの街並みとレゲエ音楽を連想させます。ラスタファリ運動を簡単に言うと黒人意識運動(特にアフロ、カリビアン)ですが、ラスタファリアンには世界的に認められている指導者や、教理などがありません。この運動は「ラス・タファリ」という言葉が語源です。エチオピアの言葉でラスは「頭」、「王子」、「司令官」などの意味があり、タファリは「恐れられるべき」という意味があります。ラスタファリ運動において「ラス・タファリ」という言葉が使われる際は、エチオピアの皇帝、ハイレ・セラシエ1世という洗礼名を持ち、また「ユダの獅子、神に選ばれし、王の王」とも呼ばれたラス・タファリ・マコンネン(1892年~1975年)を指しています。彼の呼び名はアフロ、カリビアン文化に衝撃波を与えました。
ジャマイカのキングストンの街では、ジョセフ・ヒバートなどの説教者がハイレ・セラシエこそが長い間待ち望んでいたキリストの再臨としての「メシヤ」であると教え始めました。このようにして、セラシエを、既存の秩序を壊し、黒人の支配をもたらす生ける神、黒人のメシヤとみなすラスタファリア運動の教派が始まったのです。しかし、この運動は『聖書』の教えと矛盾しています。ハイレ・セラシエはメシヤではありません。ですから、彼を礼拝する者は偶像礼拝をしているわけです。王の王、ユダの獅子は1人だけであり、それはもちろんイエスキリストのことです。キリストは、やがてその御国を地上にもたらします。キリストの再臨の前には大患難が起こり、その後に全世界はイエスが「大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来る(マタイ伝)」のを見るのです。ハイレ・セラシエは人間であり、他の人間のように生まれ、生きて、死にました。現在のラスタファリアンたちは、真のメシヤであるイエス・キリストは今も生きており、父なる神の右に座していると考えています。
その「ラスタファリ」の象徴であったマーリーですが、わたしが誕生した1963年の暮れにスタジオ・ワンから発表したシングル「Simmer Down」が、1964年2月にはJBC(ジャマイカ放送)などで1位を獲得、約8万部を売り上げる大ヒットとなりました。のちにレゲエの象徴ともなる名曲「One Love」も、この時期にボブによってスカ・バージョンで作られています。「One Love」が初めて発表されたのは1965年、マーリーが所属していたコーラスグループ、ウェイラーズのデビューアルバム「The Wailing Wailers」においてでした。 一条真也の映画館「ジョン・レノン 失われた週末」で紹介したジョン・レノンの「Imagine」と同じく、精神の自由と世界の平和を歌い上げた永遠の名曲と言えるでしょう。レゲエはもともと好きなので、これからはときどきボブ・マーリーのナンバーを聴いてみたいです。