No.885


 5月17日から公開された日本映画「碁盤斬り」をシネプレックス小倉で観ました。正直言って、あまり期待していなかったのですが、いやあ、ムチャクチャ面白かったです!一条真也の映画館「ミッドナイトスワン」で紹介した名作を超える俳優・草彅剛の新しい代表作の誕生ですね。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ミッドナイトスワン』などの草彅剛と、『孤狼の血』シリーズなどの白石和彌監督が組んだ時代劇。古典落語をモチーフに、冤罪事件によって藩を追われた男の、父として、さらに武士としての誇りをかけた復讐を描く。脚本は白石監督作『凪待ち』などの加藤正人が担当。草彅ふんする浪人の娘を『1秒先の彼』などの清原果耶が演じ、『虹色デイズ』などの中川大志、『死体の人』などの奥野瑛太のほか、斎藤工、小泉今日子、國村隼らが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「いわれのない嫌疑をかけられて藩を離れ、亡き妻の忘れ形見である一人娘・お絹(清原果耶)と共に貧乏長屋で暮らす浪人・柳田格之進(草彅剛)。落ちぶれても武士の誇りを捨てず、趣味の囲碁にもその実直な人柄が表れており、うそ偽りない勝負を心掛けていた。しかし、あるきっかけから隠されていた真実が明らかになり、格之進は娘のために命懸けの復讐を誓う」
 
 この映画には、原作ならぬノベライゼーションが存在します。『碁盤斬り 柳田格之進異聞』加藤正人著(文春文庫)です。映画の脚本家が自ら書き下ろした小説です。映画「碁盤斬り」は、落語の演目として長く親しまれてきた「柳田格之進」を題材に、「日本沈没」「クライマーズ・ハイ」「凪待ち」などを手掛けてきた脚本家の加藤正人が、3年半の月日をかけて書き上げたストーリーとなっています。登場人物の細かな心情の描写はもちろん、映画では描き切れなかった若き日の格之進の姿、また映画のラストの「その後」がしっかりと描かれており、小説好きの読者も十分に楽しめる作品だといいます。
 
「柳田格之進」は古典落語の演目です。別名に「柳田の堪忍袋」もしくは「碁盤割」。「柳田角之進」とも書きますが、誇り高い武士の生きざまを描いた人情噺です。もともと講釈ネタであったものを落語にした噺であり、三代目春風亭柳枝が得意としました。近年では五代目古今亭志ん生、そして子息の十代目金原亭馬生、三代目古今亭志ん朝の得意ネタでした。主人公の柳田格之進は、生来の正直さが災いして主家の彦根藩(藤堂藩の場合もあります)から放逐されます。その後、妻に先立たれ娘のお絹とともに浅草阿部川町の裏店に逼塞していました。今日の米にも困る暮しぶりでしが、そんな中にあっても武士の誇りを捨てない実直な人柄は少しも変わることはありませんでした。
 
 映画「碁盤斬り」はまず、囲碁映画です。碁盤上での囲碁の様子がスクリーンに何度も大写しになるのですが、じつに美しく、かつ神秘的に描かれています。囲碁は宇宙の遊びです。囲碁ほどコスモロジカルでシンボリックなゲームはありません。将棋が人間界の戦争を模しているのなら、囲碁は宇宙の創世を再現しているのです。まず碁盤は宇宙の模型です。それはその厳然たる正方形において大地をあらわし、縦横に走る道の直線によって整然と区画された方眼状において現実と空想の大地のシンボルとなっており、さらに国家・都市・寺院・住居のモデルとなっています。しかも囲碁のシンボリズムは空間のみに限定されていません。縦横19道361路は一年の日数の経過であり、四隅は四季であるなど、碁盤は日月星辰の推移を映し出して、さながら天体そのものとしてイメージされています。すなわち、碁盤の象徴するものはほとんど「道」そのものである宇宙の周期的生命力のリズムなのです。
 
 そして黒白の石は、言うまでもなく陰陽の気そのものです。二人の対局者自身も陰と陽の対立であり、彼らが盤上に石を置いていくことは、ただちに陰陽の二気による天地の創造、少くとも天地創造の反復であることになります。碁局を据え、碁子を取る、この瞬間に潜在していた「道」の力は動きはじめ、次いで陰石が置かれ陽石が布かれます。対局者の意識がどうであれ、これはまぎれもなく宇宙発生の反復であり、いながらにして2人の対局者が天地創造の渦動のうちに遊ぶことを意味するのです。囲碁は三千年以上も前に中国で生まれたとされていますが、以来、孟子などをはじめ中国人たちはこの宇宙遊びを愛してきました。この碁盤の中でも最高の名品がこの映画では斬られます。斬ったのは、主人公の柳田格之進です。そこには、ものすごいドラマがありました。
 
 草彅剛が演じる主人公の柳田格之進は、一言でいって「かたい」人物です。どちらかというと杓子定規のカンカン頭で、藩の武士たちの間で袖の下が横行しているのが許せず、藩主に直訴するほどの男です。しかし、武士たちにとっては薄給ゆえに生活のための必要悪でした。それが格之進の直訴によって、みな落ちぶれて生活苦に陥ります。「水清ければ魚棲まず」と言いますが、格之進は多くの者たちから恨みを買うことになります。彼の碁も真面目そのものですが、コスモロジカルでシンボリックな宇宙の遊びである囲碁はもっと自由に遊び心をもって行った方がいいのではないかと思いました。格之進は己を藩から追いやり、愛妻を死に追いやった憎き仇を討つことを決意しますが、復讐鬼と化した草彅剛も、敵役の斎藤工も名演技!
 
 他には、吉原の女郎屋の女将を演じた小泉今日子が良かったですね。あのキョンキョンが見事な「やりてババア」になっていました。その女将から50両を金を借りるために、格之進は亡き妻の忘れ形見である一人娘・お絹(清原果耶)を女郎屋に預けます。大晦日を過ぎても返済できなかった場合は、お絹は客を取ることになっています。それが間に合うかどうかというのが1つの見せ場なのですが、わたしは少々違和感をおぼえました。というのも、すでに客を取っている女郎たちがたくさんお絹の周囲にいるわけです。お絹1人が汚されずに父親に引き取られていったとしたら、それでハッピーなのか。すでに汚れている女郎たちの気持ちや人生はどうなるのか。そう考えると、物語の展開を素直には喜べませんでした。
 
 4月23日、東京都内で行われた「碁盤斬り」の完成披露上映会に出席した主役の草彅は、「持っているものすべてを出し切れたし、エンタテインメントとしても非常に楽しめる作品になっている。僕の代表作になったと思います」と語りました。誇らしげだった。舞台挨拶には、草彅をはじめ、共演する清原果耶、中川大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、斎藤工、小泉今日子、國村隼、白石和彌監督が登壇。草彅にとっては、市村、斎藤、國村ら共演経験があるキャストも多く「みんな"グルーブ"がいいじゃないですか。幸せな環境でした」と現場の雰囲気を述懐。市村からは「現場で会ったら、ヨレヨレの衣装に汚いひげで。本当に剛なのかと思うほど、ひどい状態だった。演技の虫だなと」とストイックな役作りを称賛する言葉が飛びました。主人公と対峙する役どころの斎藤は「草彅さんから、静かな哲学を感じ、自分も沸騰した」といい、草彅も「工くんとの集大成のシーンが撮れた」と満足げでした。
 
 音尾が「草彅さんは現場で座っていなかった」と証言すると、草彅は高倉健さんを引き合いに「高倉剛です」とおどけ、「座ると眠くなっちゃう。みんな、よく眠くならないですよね」と笑いを誘いました。久々に共演したキョンキョンは、草彅について「今回、久しぶりにお芝居をして、主役としてすべてを背負っている背中を見て、感動しましたし、その背中の役に立ちたいと思った」と語りました。一方、娘役で草彅と初共演した清原は「以前からいつかご一緒したいと思っていた。しかも、白石組で、本当でぜいたくで幸福だなと思う」と感無量の面持ちでした。"父"草なぎは「その言葉、一生忘れません!」と感動を共有していた。俳優陣からも絶賛の草彅剛、次は高倉健の熱演で知られる「新幹線大爆破」をネットフリックスで主演するそうです。これは、かなり楽しみですね!