No.896


 日本映画「THIS MAN」をイオンシネマ戸畑で観ました。ある読者の方が「一見ホラーですが、グリーフケアの要素もあるようです」と教えてくれたのですが、実際に鑑賞してみてガッカリ。「なんちゃって、グリーフケア」というか、いちいち気に障る世紀の駄作でした。正直、観た時間とエネルギーと料金を返してほしいです!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「夢の中に現れる、眉のつながった男性の都市伝説『THIS MAN』をモチーフに、奇妙な連続変死事件を描いたパニックスリラー。眉のつながった男性の夢を見たという人たちが次々と変死する事件が発生する中、主人公の周囲に危険が迫る。監督は『幸福な囚人』『わたしの魔境』などの天野友二朗。『恋する男』などの出口亜梨沙や『仮面ライダーW』シリーズなどの木ノ本嶺浩のほか、鈴木美羽、津田寛治、渡辺哲などが出演する」
  
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ある田舎町で連続変死事件が発生する。被害者には眉のつながった男性の夢を見たという共通点があった。八坂華(出口亜梨沙)は夫の義男(木ノ本嶺浩)と娘の愛と共に幸せに暮らしていたが、彼女の身にも夢の男性の恐怖が近づいてくる。やがて、華は究極の選択を迫られる」
 
「THIS MAN」は、都市伝説の「This Man」を題材としたホラー映画です。「This Man」とは大人数の夢の中に繰り返し現れる、見知らぬ男性のことです。大きな目に太い眉毛、やや禿げ上がった頭で薄ら笑いを浮かべています。竹書房怪談文庫の「怪談News」の「This Manの都市伝説〜夢の中に現れる不気味な男の正体と真相」によれば、「This Man」は、「Ever Dreamed This Man?」というサイトから、インターネットを介して世界中に爆発的に広まったそうです。最初は精神病院に通うとある女性患者の夢に現れます。次第に他の人からも夢に現れたとの目撃証言が多発。「この男」という意味で「This Man」と名づけられたその男性は、世界中で目撃証言を増やし続け、一大都市伝説となりました。

「怪談News」より
 
 
 
This Manの都市伝説〜夢の中に現れる不気味な男の正体と真相」には、都市伝説の詳しい詳細として、「2006年の1月、ニューヨークにある精神病院に通う女性患者が、夢に繰り返し出てくる男の似顔絵を描きました。女性患者は夢に出てくる男とは、今まで一度も会ったことはないと話します。このとき、担当した医者は特にこの話を気に留めていませんでした。しかしその数日後、今度は別の男性患者が、夢に知らない男が繰り返し出てくると言い出します。男性患者に女性患者が描いた似顔絵を見せたところ、『この男だ』と言うのです。しかも男性患者もまた、似顔絵の男に今まで一度も会ったことがないとのこと。」と書かれています。

「怪談News」より
 
 
 
 不思議に思った医者は同僚に似顔絵を送り、他にも同じ男を見た患者はいないか調べると、数ヶ月のうちに4人の患者が似顔絵の男を見たと言うのでした。患者たちが揃って「This Man」と呼ぶ似顔絵の男性。彼の情報が集められた公式サイトが作られ、世界中で実に2000人以上もの人が、This Manを見たと訴えたのです。その夢の内容は、「This Manとただ見つめ合っていた」「This Manと一緒に空を飛んだ」「This Manがサンタクロースの恰好をしていた」と目撃者によって千差万別。目撃情報が相次ぐ中、仕舞いには自身が「This Man」だと主張する者まで現れました。
 
This Manの都市伝説〜夢の中に現れる不気味な男の正体と真相」には、「This Man現象の仮説」も紹介されています。「This Man」の公式サイトである「Ever Dreamed This Man?」では、一連の現象について5つの仮説を立てています。1つめは、「This Man」は大多数の人々が無意識のうちにイメージする原型の1つである説。2つめは、「This Man」とは神であり、男の姿も神の形態の1つである説。3つめは、精神に干渉する技術を持った大手企業が、This Manの夢を見せている説。4つめは、「This Man」の話を聞いた人が影響を受け、同じように夢で見ただけという説。5つめは、夢の中で人の顔を覚えるのは難しいので、夢の中の人物を思い出そうとすると、「This Man」になってしまうという説です。
 
 何人もの夢に現れる謎の人物「This Man」の正体ですが、じつはこの現象は仕組まれたものであり、イタリアのマーケッターであるアンドレア・ナタレが、ゲリラ・マーケティングとして実施したことを認めています。広告事業を行っていたアンドレア・ナタレは、SNSなどのネット上の口コミを利用して拡散させる「バイラルマーケティング」を行っていました。その一環で「This Man」のサイトを制作したというのです。しかし、「This Manの都市伝説〜夢の中に現れる不気味な男の正体と真相」には、「『This Man』はアンドレア・ナタレ氏が仕組んだマーケティングだと判明しましたが、何を広報しようとしていたのかは明らかになっていません。一説にはとある映画の宣伝のためとも言われていますが、件の映画は公開されることはありませんでした」と書かれています。さまざまな陰謀論も生まれています。
 
 This Manを題材とした作品も作られました。全世界を巻き込んだバイラルマーケティングで一躍有名になり都市伝説にもなった「This Man」は、その正体が明らかになった後も、その広告戦略は他の業種でも取り入れられました。また、「This Man」を題材とした作品も制作されました。日本では、2017年4月29日放送の「世にも奇妙な物語´17春の特別編」で放送された「夢男」があります。中条あやみ扮する女子大生の主人公が大学の授業で、夢にはメッセージが隠されていると教わるところから物語は始まります。怖いもの見たさで夢に出てきた男の顔をイラストソフトで再現し、それをTwitterに上げ「この男が夢に出てきます。助けてください」と投稿。翌朝になると投稿は大きな反響を呼んでおり、周囲の人々も次々に「この男を夢で見た」と言うのでした。
 
 また、2018年には、漫画『This Man その顔を見た者には死を』(漫画:恵広史、原作:花林ソラ)が発表されています。似顔絵を得意とする主人公の警察官は、「ある"不審者"の似顔絵を描いてほしい」との依頼を受けます。依頼者の証言を元に似顔絵を描くと、出来上がったのは都市伝説に登場するThis Manそっくりな人物。似顔絵の男は、「This Manを見たものには死を」と言い、連続殺人を起こす危険人物だったのでした。仕掛け人は明らかになったものの、都市伝説は往々にして独り歩きするものです。「This Manの都市伝説〜夢の中に現れる不気味な男の正体と真相」の最後は「『This Man』もまた、人の噂によって拡散され周知される存在となりました。もし、『This Man』が日本人のような顔であったら、日本でも夢での目撃証言が多発したかもしれませんね」と結ばれています。
 
 「もし、『This Man』が日本人のような顔であったら、日本でも夢での目撃証言が多発したかもしれませんね」ということで作られたであろう映画「THIS MAN」ですが、「どうしちゃったの?」と思えるぐらい、つまらなかったです。ネットでは「クソ映画」などと罵倒され、評価も平均で2点台となっていますね。企画も脚本も監督も天野友二朗が1人で担当していますが、これが原因で「一人よがり」の駄作が生まれたのかもしれません。とにかく冒頭の夫婦のイチャイチャシーンから絵に描いたような「バカップル」の過剰演出で不愉快になりました。その若夫婦が高級リゾートホテルのような大豪邸に住んでいる点もおかしいし、それほどの金持ちのくせに妻がケーキ店でアルバイトをしている点も変です。
 
 さらには、過度の潔癖症でいつも手袋をしている妻の友人が突然、不潔な行為を平気でしてしまいます。その他もディテールがムチャクチャで、違和感だらけでした。要するに、ザ・ご都合主義! 作品としても詰め込みすぎで、テーマとして何を描きたかったがわからないような印象です。また、エンドロールに「アキラ100%」の名前を見つけたので、「あ、彼がTHIS MANを演じたのか!」と思って調べたら違いました。アキラ100%が演じたのはケーキ店の植松という男でした。「では、THIS MANを演じたのは誰?」と調べましたが、キャストが明かされていません。どうも秘密にしているようですが、余計にフラストレーションが溜まりましたね!
 
 最初は30人ほどの夢の中に現れていたTHIS MANでしたが、次第に多くの日本人の夢に出てくるようになります。結果、1万人がTHIS MANが原因で死亡するようになり、日本中の火葬場が機能不全になります。しかし、このへんの「1万人死んで火葬場がパンク」という流れがどうにも安易で、数字の根拠もいいかげん過ぎて、失笑しました。そのうち、「尊厳ある死を」とのことで、政府が自殺ピルを配布するようになり、死者は1日1万人(笑)にまで増えます。「どこまで1万人が好きなんだよ!」と突っ込みたくなりました。あと、映画全体の進行はユルイくせに、突然、犠牲者の酷い姿が大写しになる場面が多々あり、不愉快でした。なんだか、「ホラー映画にしなければ!」という焦りのようなものを感じましたね。
 
 愛する一人娘を亡くした夫婦が「悲しみは消せない。だったら一緒に生きていく」と急に言ってみたり、亡くなった子どもを「ずっと家族」「忘れないようにしよう」といった言葉も出てきましたが、グリーフケアを単なる演出として使われたようで不愉快な気分になりました。夫婦が一人娘を亡くした原因もじつは呪術にあったのですが、登場する呪術師がまたショボくて笑わせてくれました。祈祷の場面では「なうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かん まん」と不動明王の真言を唱えていたので真言密教系の呪術師なのでしょうが、呪術師とその弟子の人間関係もよくわかりませんでしたし、窮地に陥った呪術師を助ける昔のライバルみたいな人物との年齢差が離れすぎていてモヤッとしましたね。とにかく、ディテールがいいかげんすぎます!
 
 呪術のシーンがあまりにもいいかげんだったので、「天野監督は宗教に詳しくないのかな?」とも思いましたが、じつは、一条真也の映画館「わたしの魔境」で紹介したオウム真理教をモデルにした宗教映画の監督さんでした。「わたしの魔境」は、「もし今、オウム真理教に類似したカルトがあったらどうなる?」をテーマに普通のOLがカルト教団に洗脳される過程を描いた問題作です。どこにでもいる普通の新卒OLの湯川華(近藤里奈)は、騙されてマルチ商法企業に入社してしまい、上司から理不尽な叱責を受ける毎日を送ります。ある日、人気YouTuberの紹介動画をきっかけに、カルト宗教「ニルヴァーナ」に心の救いを求め、のめり込んでいくのでした。カルト宗教の危険性を訴え、Z世代へ警鐘を鳴らした作品です。カルト宗教の問題については、ブログ「島薗進先生と対談しました」ブログ「島薗進先生と二度目の対談」で紹介したように、日本を代表する宗教学者である島薗先生と徹底的に語り合いました。その内容は『今ここにある宗教~現代日本人の死生観を問う』(仮題)として、近いうちに弘文堂から刊行されます。どうぞ、お楽しみに! 宗教学者の島薗進先生との対談のようす